ヴェスナ・エスタ・ホリシア・・・
・・・どんな意味か、わかるか?・・・
再びあいまみえる時まで・・・と言う意味だよ・・・
「美鶴!待ってよ。美鶴!」
大きく手を振りながらこちらに駆けて来る。校舎から校門に至るまでの並木道。
まい散る落ち葉が周りを赤く彩ってまるでそれ自体が一枚の絵みたいだな、と美鶴は駆け寄る亘をみて思った。
「うう・・もう終わるからっていってんのに・・・何で先にスタスタ行くんだよ!」
「ゆっくり歩いてたつもりだけどな。コンパスの長さが違うんだろ」
「なんだよ、それ!背なんてほとんど変わらないじゃん!」
「だから足の長さの事だ」
亘は思いっきり、膨れっ面をする。美鶴はそれを見ながら苦笑して内心思う。
だからそういうところがまだまだ子供っぽいって言ってるんだ。
高校生になって二人の背の高さはほとんど変わらなくなってしまった。
美鶴と亘は今ともに17歳。亘は平均高校生の背の高さを若干抜くという背丈。
美鶴はそれを更に若干抜くという程度の違い。ただ美鶴は手足がすごくすらりと長いので
実際の身長より遥かに大きく見える。だから二人で並ぶと本当はたいした違いがないはずなのに
なんだか亘の方が小さい感じにみられてしまうのだ。亘はそれがすごく嫌なようだった。
「僕だって・・・まだ背、のびるよ。そしたら美鶴なんかこしてやるからな・・」
まだブスッとしたまま、亘はブツブツいっていた。
「いいだろ。別に背なんかどうだって」
「良くないよ!この間だって一緒に映画行ったとき僕だけ中学生に間違われたじゃないか!」
それは背のせいと言うよりどう見ても可愛らし過ぎるその童顔のせいだろうと美鶴は言いたかったが
また亘が怒り出しそうなのでやめておいた。これ以上この話題を続けて亘の機嫌を損ねるのも嫌だったので美鶴は話題を変えることにした。
「宮原がうちに来るって言ってたぞ」
ブツブツ言ってた亘の顔がパッと明るくなった。「ほんと?いつ?」「今日だ」
「じゃあ、僕も行く!いいだろ?」美鶴は肯いた。
「久し振りだなー!元気なのかな」亘はニコニコ微笑んでいた。
小学校を卒業して宮原は地元から少し離れた進学系の私立の中学に行った。もともと優等生だったので進学する事には何の問題もなかった。
経済的な面ではずいぶん悩んでいたようだが結局親が無理をしてくれたらしい。そしてそのままエスカレーター式の高校に進んでいた。
一方亘達は地元の公立高校に進学していた。家庭の状況と経済的なものが主な理由だったが、本来宮原よりも優秀だった美鶴には奨学制度などの方法がいくらもあったので、小学校の先生も中学の先生も何度もそれを進めた。
けれど美鶴はそれを受ける事はしなかった。奨学制度なんかで進学しても結局のところ先生方にいらぬ目をかけられるだけだという思いが美鶴にはあったし、何よりも亘から離れたくなかった。
・・・・というよりも、離れられないと、いったほうが正しい理由があったのだ。
「お邪魔しまーす!・・・あれ?アヤちゃんはまだ帰ってないの?」勝手しったる美鶴のマンションのドアを開けて中に入りながら亘は聞いてくる。
「最近クラブに入って帰りが少し遅いんだ」
「へぇー何のクラブ?」「料理」「いいな。アヤちゃんの手料理食べてみたいな」
ふわりと亘は微笑んだ。優しい優しい笑みだ。柔らかな柔らかなまわりの全てを包んでしまうような・・・そんな微笑だ。
高校生になっても・・・11歳のころからの亘のこの優しい笑みは変わらない。
「?わっ」
玄関のドアを閉めたと思ったら美鶴が背中から亘に抱きついてきた。
「美鶴?!」肩越しに美鶴を見ながら亘はあわてた声を出す。
「ちょ・・ちょっとタンマ・・美鶴この体勢は・・苦しいよ」
ほとんど羽交い絞めのような状態だった亘は苦しそうに肘で美鶴の胸をトントンと押しながら言った。
美鶴はフッとすばやく亘からはなれると亘の肩を掴んで自分の方に向かせる。そして優しく背中に両手を回して再び抱きしめた。亘は困ったもんだなぁという苦笑いを浮かべてまるで赤ちゃんをあやすように美鶴の背中をそっと撫でた。
「とりあえず一言いいですか?」
そしておどけたような声で囁いた。美鶴もそれに対して改まった口調で返す。
「なんでしょう」
「玄関先っていうのはいかがなものかと」
「どこならよろしいんですか」
「え~と・・やっぱり。ベットの上とか・・ソファの上とか・・・」
美鶴は吹き出す。おまえ、聞きようによってはそっちの方がよっぽど危ないだろう。
そしてゆっくり体をずらして膝を折り曲げ、頭を亘の胸の位置においた。
そして耳をそばだてる。亘の心音・・・亘の生命音に。
「・・・聞こえる?」美鶴の頭をそっと撫でながら亘は聞いた。
「・・・聞こえる」目を瞑り耳をすませて美鶴は亘の心音を聞く。
トクン・・トクン・・・トクン・・・
そして美鶴は同時に自分の心音にも耳をすませる。
トクン・・・トクン・・トク・・ン
二人の心音が重なってシンクロする・・・同じ響き・・・同じ音色。二人の生きている証の音がともに響きあう。
まるで風の囁きと森のざわめきがともに歌っているように。
「・・・安心しましたか?」亘は再びおどけたように問い掛けた。
「・・・しました」亘を抱きしめる手に更に力をこめて美鶴は返事を返した。
美鶴が亘から離れられない理由。いや、離れたくない理由だった。一日一度亘の心音を聞かないと美鶴は落ち着かない。
何時からこうなったのかは正直二人ともわからない。ただ、二人して幻界から戻る事が出来て・・・二人して現世で過ごし始めてしばらくのころだったように亘は思う。気が付いたときには美鶴は亘を抱きしめその胸に耳を当てていた。
はじめ、どうすればいいのか顔を真っ赤にして戸惑っていた亘も今ではすっかり慣れてしまった行為だ。
慣れてしまえば小さい子をあやすのと対して変わらないような感じだったし、何よりそれが出来なかった日の美鶴はものすごく不機嫌で情緒不安定になるのでそれくらいならこのくらい、まぁいいやと亘は思っていた。
「じゃぁ、そろそろ離れてよ。美鶴。もう宮原くるだろ。」
さすがにこんなとこ見られたら・・・と言いかけたところで。ピンポーン。絶妙のタイミングで呼び鈴が鳴った。
「わっ!ほら」亘があわてて美鶴を引き離そうとする。しかし美鶴は抱きしめる手を緩めずあまつさえドアの向こうに声をかけた。
「どうぞ。開いてるから」「わー!ちょ・・ちょっと!」
ガチャッ!
「お邪魔し・・・ま・・・す・・・」
ドアを開けかけながら目の前の光景に目を点にした宮原に亘は情けない顔で微笑んだ。
「み、宮原・・久し振り・・・」
「早かったな」亘を抱きしめたまま視線だけこちらによこして美鶴は言った。
ハァァー
宮原は久しく付いていなかったため息を大きくついてしまった。
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