Orange girl Lemon boy「ビアガーデンのバイトしない?」
自分には滅多に見せないお愛想笑いを浮かべながら、可愛らしく両手を前に組んで叔母が何かを言ってくる時は、ろくな話ではない事を経験上知っている美鶴は無言のままソファから立ち上がって自分の部屋に行こうとした。
「こらっ!待ちなさい!あんたね、麗しの叔母を無視してどこ行く気?」
「何が麗しだ?耳を掴むの止めろよっ!・・・どうせろくな話じゃない事は聞くまでも無いだろ?貴重な夏休みをろくでもない事でダメにされてたまるか!!」
叔母は引っ張っていた美鶴の耳をパッと離すと、かすかにため息をついて呟いた。
「・・・ショックだわ。一緒に暮らし始めて三年。お互い家族以上の繋がりになったと思ってたのに・・・。やっぱり、あたしみたいに若くて美麗な叔母には甥っ子を育てるなんて無理な事なのかしら・・」
頬に手を当てて涙目になりウルウルしはじめた叔母に美鶴は動じるどころか、冷めた目線を投げつけてぴしゃりと言った。
「おっと待った!そのまま悲劇の叔母モードで、亘に電話なんかかけて同情を買おうとか言うのは通用しないからな」
美鶴は自宅電話の前に立ちはだかり、そしてどこから取り出したか叔母のケータイを高々とかざしながら勝ち誇ったように言った。
「いつのまに?・・・チッ!やるわね。・・・さすがにあたしの甥だわ」
「伊達に三年一緒に暮らしてないからな」
傍から見ればどっちもどっち。と、いうかむしろ他人から見れば微笑ましい限りじゃないですか?叔母甥喧嘩の図とも言える。
しかしお互いに微妙な距離がそこには保たれながら、叔母は今度は大きく息を吐き出すと、あきらめたように言った。
「・・・わかったわよ。あんたに小細工は通用しないって事ね。じゃあとりあえず話だけでも聞いてよ。決して悪い話じゃないんだから」
戦いはとりあえず、ドローの判定が下りた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「と、言う訳。どう?Did you understand ?」
「英語をつかってごまかすなー!・・・わか、・・・って、たまるかーっ!なんだそれ?要するに自分の会社の派閥争いだろう?身内を巻き込むなよっ?!」
「人聞きの悪い事言わないでよ?まぁ、確かに社長と部長がビールの銘柄でどっちがうまい、いやこっちが美味しいなんてくだらない争いをはじめたのが発端ではあるわ。
そしてそれで会社を一日休みにして、じゃあ、お互いの気に入りのビールのビアガーデンを開いて社員全員に判定させようなんて、本とに馬鹿げてるわよ。・・・だから社長はすまなさそうにこう言ったわ。
『芦川くん、すまないね。私だって大事な社員をこんな事に巻き込むのは本意ではない。だからこそ早々に決着をつけなくては。勝ちを優勢にして手伝ってくれるなら、今度のボーナスは是非、期待してくれ給え』」
「ボーナス」の単語の部分に一際力を込めて拳を握り締める叔母に美鶴は目を吊り上げて叫んだ。
「・・・・金に目がくらんだな?」
「人聞きの悪い事言わないでちょうだい!正規の仕事以外の正当な報酬と言ってよ。まぁ、とにかくそんな訳でそのビアガーデン自体の仕切りをあたしが全権任された訳。やるからにはあたしは勝ちに行くわ。半端はしない!」
美鶴は顔を俯けて、肩を震わせていたが次の瞬間、バッと顔をあげて渾身の叫びを上げた。
「だから、なんでそのビアの手伝いで俺やアヤや亘や、ましてや宮原や小村がかり出されなきゃいけないんだよ?し、しかも・・・アヤにビアガールのカッコさせるって・・・?ふざけるなっ!」
「だからそれはあたしもやるんだからいいじゃない?可愛い子(亘含む)と美人がビール進めて断るおじさんがいると思う?それに実家が店やってる小村くんに、頭の回る宮原くんがいれば百人力なの!勝ちに行くためなら半端はしないって言ってるでしょ?!」
「小学生女子と中学生男子に酒を飲む場の手伝いなんかさせるなっ!児童福祉法に抵触するぞ」
「あんたこそ、そんな硬い事言ってどこのおっさんよ?まったく昨今の中学生男子とは思えないわね。
まぁ、いいわ・・・。それならあんたの手伝いはあきらめるわよ。あたしたちだけで見事、勝ちを取って祝勝の温泉に行くから」
「・・・・・・・・・・・・・・温泉?」
「そう、もうそれを見越して豪華温泉旅館予約してあるの!そこの旅館の浴衣、すっごく可愛いので有名なのよねー」
「待てよ、まさか・・・・」
「アヤも宮原くんも小村くんも・・・・トーゼン、亘くんも一緒に行く予定よ?残念ね、あんただけ留守番なんて」
輝くような微笑を浮かべている叔母のバックには、いまおそらく深紅のバラが100本は勝ち誇ったように咲いている。
美鶴は唇をかみ締めて、敗北を受け止めるしかなかった。
「と、言う事で、何か質問はあるー?」
「あのよー、芦川の叔母さん。ビアジョッキはアヤちゃんには持たせるのちょっと無理だぜ?宮原と一緒にチケット売りさせた方がいいんじゃねぇ?ジョッキってのは冷たいうちに飲まないとよ。運ぶスピードが命だからさ」
「あ、そうね。さすが、小村くん!普段自分ちのお店手伝ってるだけあるわー!やっぱ、呼んで正解。
うん、じゃ、そうしましょ。アヤ、宮原くんとチケット売りやってくれる?」
「うん!」
アヤがニコニコと全開の笑顔を浮かべながら、宮原の方に駆け寄っていく。
残暑の日差しが眩しい問題の本日晴天快晴まごう事無き絶好のビアガーデン日和。
叔母の会社の広い屋上で、一部の上司の思惑で起きたイベントとは思えない規模のビアガーデンが二つ開催されていた。
叔母は全権取り仕切る主任として、テキパキと自分たちのビアガーデンのスタッフに指示を出している。
やるとなったら徹底しなければ気がすまない叔母は、椅子や机の配置からビールのつまみに至るまで完璧な作戦を立てているようだった。その中にはビアガーデンの売上を左右すると言っても過言ではない、ビアガールの制服のデザインまで当然、含まれていた。
それは───全体が目の覚めるような真オレンジで。
やたらと胸のところが強調された革のベストに、超膝上のミニスカート。足にはウェスタンブーツ。そして頭にはカウボーイハットの───ええ、もうとてつもなく可愛らしく、愛らし過ぎる!のカウガールスタイル。
どこから持ってきたのか腰のベルトにはモデルガンまで装備されていて。
まぁ、これでウィンクなんかされて心臓をBANG!とかやられたら、要するにもうひとたまりもありませんから。───と、言う感じ。
叔母も含むスタッフの女性は、全てこのベリープリティカウガールスタイルをさせられていたのであった。
「ア、アヤッ?」
「あ、お兄ちゃん」
叔母が社内から選りすぐった美女ビアカウガールの中でも、小学生女子でありながらその美少女ぶりが一際輝きを放っているアヤには、すでに社内の男性群(一部マニアックで危ないおじ様の集まりとも言う)の熱い視線が向けられていた。
「何だ、その格好は?」
「えへへ~可愛いでしょ?アヤ、こんな格好したことないし、叔母さんともおそろいなんて初めてだからとっても嬉しいの。これで宮原くんとビールのチケット売るんだって」
周りから来るアヤへの不埒な視線をどす黒い暗黒オーラで跳ね返しながら、美鶴は更に眉をしかめると噛み付くように聞いた。
「宮原とっ?!」
「うん、そうー。宮原くんもお兄ちゃんと同じ真っ白なYシャツに黄色い蝶ネクタイでね・・・さっき見たけど・・・カッコ良かった」
ちなみに男性スタッフは皆、無難なウェイタースタイルではあったが、黒の蝶ネクタイはつまらないと叔母がどこから見つけてきたのか、これまた鮮やかなレモンイエローの蝶ネクタイで統一した格好をさせられていた。カッちゃんはともかく(失礼)、美鶴と宮原はそのスタイルがはまりすぎていると言っても過言ではなく、すでに相当の女子社員の目を引いていたのであった。
しかし最後は少し頬を染めながらそういうアヤに美鶴の暗黒台風は最大風速。
身を翻すと無言のまま、叔母の方へとかけて行き、叫んだ。
「おいっ!」
「・・・で、いざとなって椅子が足りなくなったらシート敷いて、そこにもお客を座れるようにすると。なるほどねー、そうよね。せっかくきたお客スペース無いからって逃しちゃ損だもんね。うん、やっぱり小村くんに声かけて正解だった。助かるわ。ありがとう!」
「や、それほどでも無いッスよ。芦川の叔母さん喜んでくれると俺も嬉しいし・・・」
「おいっ!」
「あら、嬉しい。そんな事、美鶴なんて全然言ってくれないわよ」
「こらっ!無視するな!おいっ!」
なにやら幸せほのぼのムードを撒き散らして会話していた叔母とカッちゃんが、いつの間にいたんだ?という顔をして美鶴の方を振り返る。
「あら?美鶴。何よどうしたの?持ち場を離れちゃダメでしょ?」
「知るかっ!それより何だ?アヤのあの格好は?!それと宮原と組んで仕事させるって?そんな話は聞いてないぞ?!」
「小村くんのアドバイスの元、さっき決めたのよ。あんた、こんな時までシスコン発揮すんの止めなさいよね?今日はあんたはあくまでバイトなんだから。もっとビジネスライクに行きなさい」
「いけるかっ!ふざけるな!あ、あんな派手な格好アヤにさせて・・・・変なオトコが声でもかけてきたらどうする気だっ?」
「ちょっとー、客は全てウチの社員なのよ?あたしの勤めてる会社にそんな変なのいるわけないでしょ?まったく失礼ね。信用しなさい」
叔母がそう言っている傍にいかにも、今年入社しましたと言う感じの若い男性社員が2~3人でなにやらオズオズと顔を赤らめながらやって来た。
「あ、あの芦川さん・・・」
「はーい?あら、営業部の・・なぁに?」
「しゃ・・・写メ撮っていいですか?今日の芦川さんのビアガール姿最高です!」
「あら、やだそう?」
はにかみながらもそういってポーズをとり始めた美鶴の叔母を、まるでレースクイーンを写すカメラ小僧(しかもあっという間に人数が倍以上に増えた)の如き勢いで、囲み始めた男性社員達をあっけに取られて見つめながら美鶴は怒鳴る。
「出来るかぁっ!」
「何怒ってンの?美鶴?」
用事があるからみんなより少し遅れて来る、と言っていた亘(やっと出て来ました・・・)の声がして、美鶴はハッと、一瞬我に返って声のした自分の背後のほうを振り返った。
そして。
「こんなの持つの小さい時以来だなぁ。バン!・・・なんちゃって」
美鶴の胸に可愛らしくモデルガンを当ててきて、ぺロリと愛らしく舌を出して。
ついでに小首をかしげてカウボーイハットの下から覗く瞳は上目遣いで。
真オレンジのベストとウェスタンブーツは変わらないが、さすがの叔母もこういう場所で亘にミニスカを穿かせる訳には行かなかったのかモデルガンをぶら下げている腰に穿かれているそれは。
まぁ、正しい中学生男子の年ならそろそろ穿かないだろうなぁ。て、言うかそもそもショートパンツとは微妙に違うんだから、男の子は穿かないんじゃ?でも亘には何でかやたら似合っちゃうんだよなぁ、そうなんだよなぁ、の。
ホットパンツ。
下手すればミニスカよりモロにヒップが強調され、太腿見えまくり。いや、男の子なんだからそこは問題ないでしょうと言いたいとこだが、ええまぁ、三谷亘くんが穿くと何でかボーイッシュなオンナノコが穿いてるみたいに見えまくって、なんだか却ってものすごく危ない感じがするのはきっと美鶴の気のせいだけではないのです。
「わ、わたわたっ・・亘?・・・そのカッコ・・・!」
「え?なんかね。ビアガールさんの数一人足りなくなったから、やってって言われてさ・・・別に美鶴達みたいにYシャツとネクタイのカッコでもいいような気したんだけど。男の子用にホットパンツもあるからって言われたから・・・」
イヤ、だからそこでいくら男の子でもホットパンツは穿かないと思うが、三谷亘くん。
おそらくあらかじめすでに叔母が、用意周到に罠を張っていたのであろう事を美鶴はすぐに察知し、そして亘は気づく由も無い、ハイ、いつもの相関図───であった。
「うわ、三谷、似合ってるなー・・・恐ろしいほどに」
ウェイター姿の宮原がビールのチケットの束を片手に、感心したように目を瞠ってやって来た。そのすぐ後ろからアヤもひょいと顔を出し、弾んだ声を上げた。
「え?亘お兄ちゃん?やー、かわいいーー!!ねーねー!叔母さん叔母さーん来て来て見て見てー!」
「なに?どうしたの・・・あらっ!亘くん?きゃぁぁぁっ、ナイス!予想通り!似合いすぎっ!そのホットパンツ選んで正解!(・・・)可愛いいいーー!」
叔母のセリフに多少疑問を感じ、多少苦笑しながらも、亘はこの二人のこう言った行動にもう慣れてしまっていたので、ニコニコと笑顔になるとそのまま違和感無く、今日は頑張ろうね、などと言いつつアヤと叔母と手を取ってきゃあきゃあと3人で輪になって楽しそうに話し始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その3人が集まった、まるでひまわりの花の咲いてるが如くの眩しく可憐な姿から、目を離せなくなっているウェイター姿の中学生男子二人はどちらとも無くポツリと呟いた。
「宮原・・・」
「ああ。芦川・・・言わなくても言いたい事は大体わかる。確かにちょっとあの3人は可愛すぎるよな・・・」
こんな時だけ以心伝心。美鶴と宮原の間に正直、お互いものすごくシャク!と言う雰囲気が漂う。
が、しかし!すでにひまわり3人組がそろっているところに、若い男性社員を中心にゾクゾクとオトコ共が目をキラキラさせて集まって来ている状況を見逃す事が出来ましょうか!
美鶴は超絶対零度の視線を集まってくるオトコ共に投げつけると、低い声で言った。
「今日ばかりはお互い冷戦は無しだ。・・・アヤと亘と、ついでに(おい)叔母の身の安全優先。どんな手を使っても守れよ・・・?」
「言われなくても」
二人が悲壮な決意をして(大げさ)顔を上げると亘と目が合い、亘はニッコリと微笑んできた。次いでアヤと叔母と3人でほぼ抱きしめあうように腕を組みながらお花ちゃんスマイル全開。
美鶴と宮原は日差しの暑さのせいではなく、倒れそうになった。
残暑の日差しが眩しい問題の本日晴天快晴まごう事無き絶好のビアガーデン日和。
なんだかよくわからないバトルが始まろうとしています。
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