愛歌恋歌青春篇『アイウタコイウタセイシュンヘン』─後編─チラ。
亘は横になっているベッドの中で、ずっとそわそわしながら何度も美鶴を盗み見る。
「なに?」
美鶴が優しく微笑みながら、読んでいた本から顔を上げて言った。
途端亘は、雷に打たれた子猫みたいにピャッという感じに飛び上がり、顔を真っ赤にしてベッドの中に潜り込む。
「な、なんでもない!!」
亘のその可愛い慌てぶりに美鶴も平静を装いながらも内心、It's raining cats and dogs (大慌てと言いたいらしい)
結局次の日も美鶴は例のエプロンをつけて亘の面倒を見ていた。
メガネをプラスした事で、亘は多少は美鶴に目を向けられるようだったけれど、それでもやっぱり落ち着かないらしく美鶴がちょっと近づくたびに、好きな男の子に初めて手を握られた女の子みたいにアワアワしていた。
美鶴は正直亘のこんな反応が見られると思ってなかったので、自分としては不本意この上ないこの新妻スタイルだったが、今現在はこれを仕組んでくれた我が叔母に感謝状を贈りたい心持である。
それに亘はまだちょっと熱はあったけれど、だいぶ起き上がられるようにもなって来ていて、この分なら連休全てを使わなくても、回復しそうな気配だった。
つまりそうなれば貴重な連休の残り、誰にも邪魔されず亘と二人きりで過ごせる大チャンスを美鶴はもっと有意義に(主に美鶴にとって)使う事が出来るわけである。
まぁ、ようするに早い話が病人の状態なら気が引けるが、そうでなければ手を出してもいいでしょう?運命の女神様!で、ある。
「そろそろ昼飯の時間になるけど・・・・何、食べたい?」
ベッドの中に潜り込んでいる亘に向かって、美鶴は問い掛けた。亘がそっと布団から顔半分を出して返事を返す。
「え・・?もうそんな時間?」
「朝はお粥しか食ってないんだから、もうそろそろ腹へって来ただろ?」
ぐうう~。
美鶴が言った傍から亘のお腹が音を立てた。亘は少し照れながらも体を半分起こして、甘えるように美鶴に言った。
「うん・・・じゃ、うどんが良いな。玉子入ってるの」
「わかった」
「・・・・・美鶴、あの・・・」
「何?」
「ずっと・・・その、格好してる、の・・?」
「・・・イヤ?」
美鶴はわざと甘えたような拗ねたような声を出した。亘が困ったように慌てて首を振る。落ち着いてきた熱がまた跳ね上がりそうな気がした。美鶴はそっと亘に近づくと耳元に顔を寄せた。
「え・・・」
「この格好、可愛いって言ってくれたよね・・・?ね、亘くん?」
ベッドの端ににじり寄り、いきなり声を女の子のように高くして囁く美鶴に、亘は瞬間でフリーズした。
「み、み、美鶴・・・っ!」
「汗かいてるし・・・・ご飯食べたら、着替えよね?それから薬飲んで・・・あとは。後は・・・何して欲しい?」
まるで本との女の子のように、病気になった旦那様をかいがいしく世話する若妻のように。
美鶴はそうする事で亘がこれ以上ないくらい、自分を意識して慌てる事を知っていながら、わざとそうしていた。
そうする時の亘の反応が一々楽しいからもあったが、美鶴的には最終的にそれをする事で別の目的があったのだ。
お互いを非常に意識するこういう状態というのは、実は作れそうでなかなか作れるものではない。
亘に至ってはなにせ天然無自覚な上、友情恋愛いっしょくた亘が好きだうんボクもだよ美鶴大好き!あっさりニッコリハイ終わり!!
・・・・・・・・・・・・・・・などと言う事が幾千あったことかっ!!
昨日だって思わず美鶴にチューをしてくれた訳だけど、亘の事だから美鶴があんまり可愛かったからと言うその理由が、うわかわいいーーー!ミニチュアダックスフンドだー!ギュー!ちゅっ!
・・・・・・・・・・・・・・・などというのと、おそらくたいして変わらないであろうぐらい、イヤと言うほど想像つくのだっ!
芦川美鶴くん14歳。今まで亘の無自覚天然から受けた傷はかなり深いのです。
まぁ。そんな訳で。
───せっかく亘が常に無いくらい自分を意識してるのに、(それがこんな格好をしてるからだとしても)それだけで先にも進まずに終わらせてたまるかっ!
・・・と、まれに見るくらいの美少女新妻スタイルの影で、実はかなり不穏、邪まなことを考えている美鶴であった。
「だ、大丈夫・・・!大丈夫!もう、だいぶ良くなって来てるし・・・もう、そんなに美鶴に面倒かけないから・・・だ、だから・・・だから」
亘は顔を真っ赤にしながら、すでに至近距離にいる美鶴がそれ以上近づかないように、美鶴の胸を両手で突っ張りながら叫んだ。美鶴はその手を掴むとそっと自分の唇に持っていく。亘が驚いて目を瞠った。
「うん、・・・だいぶ熱くなくなってきてる・・・ね」
片手を美鶴の両手に包まれるように握られて、そしてまるで赤ん坊に口付けるようにそっとその手にキスされて。
亘はせっかく下がりかかっていた筈の熱がまた体の中で一気に上昇して、とてつもない速さで胸の鼓動が音を立てはじめて頭がボーとして何がなんだかわからなくなった。
気がつくと。
「え・・・」
それは美鶴がさすがにそれ以上は自粛しようと亘から手を離し、夕飯を作る為キッチンに行こうとベッドから立ち上がると同時だった。
「亘・・・」
亘が美鶴の肩口に顔を埋めて、背後から思い切り美鶴を抱きすくめていた。おそらく熱のせいではなく、少しだけ指先を震わせながら。
こういう展開を望んで自分から仕掛けていたはずの美鶴も、亘のこの行為はさすがに想定外で思わず息を呑んでしまった。
「変・・・・」
「・・・え?」
「ボク・・・変だよ。ドキドキが止まんない・・・美鶴見てるとドキドキして・・・心臓壊れそうで。
なんか涙が出そうで・・・・変。変な、んだ・・・・なんで?」
亘はゆっくり、美鶴から顔を上げると熱と戸惑いですっかり潤みきった瞳で、美鶴をジッと見つめてきた。
今度は美鶴の心臓が跳ね上がる。美鶴は自分の体温が急上昇するのを感じながら、自分を抱きしめてきていた亘の手を静かに解くと、亘の方に向き直って優しい声で聞いた。
「・・・・ドキドキしてる?」
「・・・うん・・・ずっと。昨日からずっと・・・変だ、よ・・」
「変じゃない・・ほら」
美鶴は亘の片手を取ると、自分の胸の方に持っていく。そしてエプロンの横から亘の手をスッと滑り込ませて、自分の胸にあてた。亘が驚いてピクリと身をすくませる。
「あ・・・・・」
「ドキドキしてるだろ・・・?亘だけじゃない・・・」
そのまま亘の手を自分の胸にあてたまま、美鶴はかけていたメガネをはずした。
美鶴の琥珀の瞳をさえぎるものが無くなって、亘はまともに美鶴の顔をすぐ間近にして今度はびくりと大きく体を震わせた。
そして知らず知らずのうちにまるで美鶴の瞳に吸い寄せられるように、亘は自分から美鶴との距離を縮めていた。
そして気がつけばお互いの吐息が交わる距離にいた。熱を帯びたお互いの瞳が互いを映して震えていた。
美鶴は亘の片手を自分の胸の上で抑えたまま、反動をつけてポスン、とベッドに倒れこんだ。亘は少し驚きながらもすぐにもう片方の手をついて、美鶴の上で体勢を保つ。そうでなければ伸し掛かってしまいそうになった。美鶴を見下ろす形になって、亘はどうすれば良いのかわからない表情を浮かべて息を呑んだ。
「亘・・・」
美鶴はゆっくり目を閉じる。正直このまま先に進むことには、亘の体調を考えるとかなり躊躇するものがあったけれど───どうしたってこうしたって、やっぱり絶対こんなチャンスは逃せない!
「キスして・・・?」
手を亘の頬に当て、美鶴は亘の耳元にそっと囁いた。亘がかすかに肩を震わせたのがわかる。
今、美鶴が亘に要求している行為は、昨日亘が思わず美鶴にしてしまったものとは明らかに意味合いが違う。さすがに亘もそれに気づいたけれど───わかったけれど───。
熱のせいなのだろうか。亘は美鶴の言葉に促されるまま、フラリと美鶴に顔を近づけて・・・
風邪引きの旦那様に抱擁を要求するとんでもない(または正直な)新妻の手にあわや、亘が落ちそうになったその時───
「わったるーーー!!(ドアのバッターーン!と言う思い切り大きな擬音つき)見舞いに来ったゼーーー!!!熱出たときは果物だって、母ちゃんがイチ・・・ゴ・・・」
勢いよく亘の部屋のドアを開けたかと思うと、目の前の光景を目にするや、瞬間でその場にフリーザーパックされたカッちゃんの後ろから、少し遅れてひょいと宮原も顔を出す。
そしてベッドの上に固まっている美鶴と亘をまじまじと見て、意外そうに更にその場の全員が固まるような一言を呟いた。
「あれ?ポジション換えたのかい?」
すぐさま美鶴の手から枕が光速の勢いで飛んできて、素早くそれをよけた宮原の変わりにカッちゃんの顔面に、ハイ、命中。
突如現れた、亘にとっては救いの(?)友人2名のおかげで美鶴新妻誘惑作戦は散りあえず中断と相成った。
「・・・・だったらエプロンの代わりに使い古したTシャツでもなんでも、使えば良いのに。芦川もそういうとこ融通利かないんだな。・・・て、いうか、さっきを見る限り意図的か?確かに見た目、そんなにかわいけりゃいくら天然三谷でも落ちるよね」
「その口これでふさいでやろうか・・・?」
ギラリと包丁を持ち出しながらキッチンから睨みつけてくる美鶴を、宮原はわざとらしく肩をすくめて怯えて見せながら言った。
「おお、こわ!三谷がせっかくの連休、風邪引いて家に引きこもってるって言うから、小村とわざわざ見舞いに来て見ればこの扱いかい?」
「何が見舞いだ!お前等のやった事は完全なデバガメ行為だろうがっ!」
「・・・・とりあえずその可憐な美少女スタイルでそういう言葉使うの止めてくれ・・・・こっちが赤面する」
美鶴はイライラとしながら、キッチンで夕飯を作っていた。
もうちょっとで目的到達と言うところにまたもや要らぬ邪魔が入って、気分は不機嫌などと言うものを通り越して、ほとんど邪悪一歩手前。
その上宮原とカッちゃんが来た事で、あっという間に我に帰ってしまった亘が決まり悪かったのを半分ごまかすように一緒に昼食食べようなどと、宮原達を誘ったもんだから尚の事。
しかも亘はフリーズしたカッちゃんを解凍すべく、自分の部屋で現在奮闘中。
「頼むから毒なんか盛らないでくれよ。・・・・まぁ、正直悪かったと思ってるんだからさ。芦川、別にあせらなくたってどうせこの後も三谷のとこいるんだろ?まだまだチャンスあるじゃん?」
「亘の場合、そのチャンスを作るためにどれだけの労力がいるかわかるかよ?」
「はぁ・・・まぁ・・・なるほどなぁ」
宮原は口元に手をやり考え込むようにしながら聞いて来る。
「ちなみに三谷が思わずポジション逆転するほど意識してんのは、やっぱどう見ても新妻風のそのエプロン姿のせいだよね?」
「逆転したわけじゃない!ただ亘から俺に触れてくるチャンスなんて、滅多に無いから堪能したかっただけだ!亘に俺のエプロン脱がさせた段階で(なぜそこか)主導権取り返すにきまってんだろ?だいたい・・・」
「落ち着け、わかった!・・・芦川の思惑はよくわかった!」
宮原はため息をつくと、掴みかからんばかりの勢いで自分に向かって叫んで来る美鶴を押しとめながら、静かに話し始める。
「だから、だったらその新妻姿をより有効活用すりゃいいだろうって、言いたいんだよ」
「・・・・どういう意味だよ?」
「新妻なら抑えるべきツボがあるだろ?可愛いエプロン姿の若奥様に言われたらどんな旦那さまでも必ず落ちるキーワードを言わなきゃ?」
怒りを多少抑えて怪訝な顔をしている美鶴に、宮原くんニッコリ笑うとどう考えてもからかい口調で、楽しそうにキッパリ言いました。
「あなた、ご飯にする?お風呂にする?それともワタシ?」
美鶴は包丁の代わりに、持っていたネギを思い切り宮原に投げつけた。
結局なんとかカッちゃんも解凍状態にして、その後美鶴の作った昼食(おせじにも上手いとは言えない)を4人で食べたあと、宮原とカッちゃんはほとんど美鶴に追い立てられるようにして帰らされた。
ちなみに帰り際カッちゃんは、美鶴のほうを睨みながら、亘、いいか?何かあったらすぐ俺んち来いよ、とかなりの念押しをしていたが。
風邪を引いて寝込んでいた筈の亘は、そんなあれやこれやの騒動に身を置いていたら風邪菌もどこかに行ってしまったのか、夕方、測ってみるとすっかり熱が下がってしまっていた。
「・・・・熱、ひいちゃった」
ちょっと、あっけにとられながら亘は体温計を見ながらポツリと言った。亘から体温計を受け取り、ケースに戻しながら美鶴が呟く。
「まぁ、なんにせよ、良かっただろ」
「うん、そうだね・・・もう、これで美鶴にも迷惑かけないですむし」
苦笑いを呈しながらも、亘は嬉しそうに言った。美鶴が注意するように言う。
「別に迷惑なんかかけてないぞ?」
「・・・・ん、でも・・・ほら、そんなかっこさせちゃったり・・・して。それに・・え、えと、ボク、美鶴に変な事言ったり、し、しちゃったりしたしさ・・・・ゴメン!」
俯いて真っ赤になりながら亘はゴニョゴニョと言った感じで、恥ずかしそうに呟いた。どうやら熱が引いた事でかなり判断力も戻ってしまったようだ。あいも変わらずエプロン新妻姿の美鶴を正視は出来ないようだったけれど、このままでは先ほどの様なドサクサなだれ込み状況を作るのは、さすがに困難になるかもしれない。
亘の風邪が治ったこと自体は嬉しいが、美鶴は内心焦ってしまう。亘が自分をここまで意識してくれる事などそうそうないというのに・・・。
「あの・・・だからさ、も、もうそのエプロンとっていい、よ・・・熱引いちゃえばご飯作るのだって家事だって、ボク全部自分でやれるからさ」
思わず思案気に俯いてしまった美鶴に亘はそう言って来た。美鶴は顔を上げると照れくさそうに、笑っている亘をジッと見つめた。
そしてリビングのソファに腰掛けていた亘の方にスッと近づくと、その前に静かに跪く。それからそっと亘の膝の上に両手を乗せてきた美鶴を亘はきょとんとした顔で見ていたが、その次の美鶴の行為にまたもや引いたはずの熱を沸騰させてしまった。
美鶴はゆっくり顔を亘の膝の上に伏せると、甘えるような乞うような声音でこう告げた。
「・・・・じゃあ、亘がぬがせ、て・・・?」
亘の膝の上に伏せている自分の頬に美鶴は亘の両手を持っていき、熱い吐息をかけながら、熱い唇を落としながらそう囁いた。亘は美鶴の言った言葉に目を大きく見開いて固まり、動けない。
美鶴は亘の膝から顔をあげ、立ち膝をしたまま後ろを向くと、肩口に振り返りながら亘に背中のリボンを解くように促した。
亘の手をそっと取ると、リボンの端を掴ませた。
「解いて・・・?」
亘は返事も出来ないまま、美鶴に言われたとおりスルリと、リボンを解く。次に美鶴は亘の方に向き直ると、熱がぶり返してしまったように瞳を潤ませて、どうすればいいのかわからなくなって震えている亘の両手を取って自分の首に回させた。
───もう、熱は引いたんだから。大丈夫なんだから。
・・・・・別に美鶴の言う事、聞かなくたって、いつもみたいにいつものように、美鶴に何いってんのさ!って・・・ふざけてばっかりいないでよって!・・・。言い返せばいいだけなのに。そのはずなのに。
亘はまるで魅入られたように、自分を見つめてくる美鶴の瞳から目が離せなくなって、美鶴の言われるままになってしまっていた。
「そのまま脱がせて・・・?」
リボンが解かれて緩んだエプロン肩紐の部分を美鶴は、自分の首に回した亘の手に掴ませる。同時に自分の手はやんわりと亘の背に回し、逃げられないよう腕の中に閉じ込める形を取った。
亘はそれに気づくとかすかに身じろいだが、抵抗らしい抵抗も出来ないのかぼんやりと潤んだ瞳のまま、上気した顔で促されるまま、エプロンを脱がせようと美鶴に近づいた。
泣きそうな顔でどうすれば良いのかわからない瞳で、自分の言うとおりにしようとしている亘に美鶴も次第に体が熱くなってくる。胸の動機が苦しいくらい速くなって来るのがわかる。
意を決したようにギュッと目を瞑った亘が、おもわずはずみで美鶴のおでこに自分のおでこをコツン、とくっつけた。
すると・・・・・
「・・・・あ、れ?」
はずみでくっつけてしまったおでこを、亘はそのまましばらく離さないで・・・・と、いうかむしろピッタリと言った感じでよりくっつけてくると、パチパチと目を瞬いた。そして次の瞬間、弾ける様に美鶴から体を離すと叫んだ。
「美鶴!熱あるよ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
恐ろしいくらいにスムーズに進んでいた展開がここに来て、いきなりひっくり返るような亘のセリフ美鶴はしばし何を言われたのか、理解する事が出来なくて呆然と固まってしまった。
亘は手を美鶴のおでこに当てると、さらに大きな心配そうな声で続ける。
「・・・ほらぁ、ちょ!すごい熱いよ?・・・ゴメン、僕のがうつったんだ!大変だよ。早く休まなきゃ!」
亘はそういうとテキパキとあっという間に、美鶴からエプロンを脱がせてしまった。
結局、何の色気も無く美鶴は新妻姿を解除されると、一気に看護される側から、看護します使命感モードに移行した亘にすばやくパジャマ姿にされ、ベッドに押し込められた。そして亘は自分はもう平気だから、美鶴の面倒見るのにいろいろ準備しなきゃ、とパタパタと慌しく準備に駆けて行く。
そして亘に計っておいてよ?と渡されて計った体温計は無常にも39度3分という高温を叩き出した。
・・・・・先ほど感じた熱さと動悸はときめき以外のものもあったってわけか?て、言うか熱に浮かされてるのも気付かないくらい亘攻略に夢中になってたわけか・・・・。
───なんだってかんだってこれからって時にっっ!!!
美鶴はベッドの中で無念のあまり、熱以外の眩暈を感じて歯噛みする。
「美鶴、大丈夫?熱計った?」
そうこうしているうちに顔を抑えて己の不幸に苦悩している美鶴の所に、亘がやって来る。美鶴が顔を上げて体温計を渡そうと亘を振り返ると。
「・・・・変だなぁ?やっぱり元々の僕のエプロンもお母さんのエプロンも、どこにも無いんだよね。
・・・・仕方ないから、美鶴の使ってたの貸してね?ちょっと恥ずかしいけど家事するのに、エプロン着けない訳いかないからさ」
少しだけ頬を赤らめてニッコリと。ベッドに横たわる美鶴を見下ろすように小首を傾けて。
ああ、確かに宮原くん、どんな旦那様だろうが可愛い若奥様に微笑みながらこう言われたら、落ちないわけにはいきません。
と、いうかすでに何度も何度もこの笑顔に落ちてる自分がいるのにこれ以上どうすればいいんですか。
「ね?お腹すいた?夕飯何食べたい?それとも汗拭く?・・・それより他に何かして欲しい事ある?何でもしてあげる。何でも言って・・・?」
亘のそのセリフはすでに美鶴の脳内では、先だって宮原が言った若奥様キーワードに即変換されて。
と、いうよりもおそらくこの先、亘の言うセリフは全てそのキーワードに変換されるであろうことは間違いなく。
───あなた、ご飯にする?お風呂にする?それとも・・・・・ワタシ?
かくして2度あることは3度ある。3度あることは・・・・・おそらくこの先まだまだある。
棚から牡丹餅だったはずの美鶴新妻作戦は、見事逆転。
そんな訳で美鶴の熱がこれ以上ないくらい高くなり、必要以上に長引いてしまうのは、お日さまが東から昇るより明らか。
・・・・・・・・仕方ないですませるにはあまりにもすまない出来事の連休連日二人きりとなってしまったのでありました。
さて、おまけ。
ちなみに旅行から帰ってきた亘の母の旅行鞄から、なぜか家中のエプロンが出てきたのを見て、亘が問い詰めるとお母さんは不思議そうな顔で、でもニコヤカにこう言ったそうです。
「美鶴くんの叔母さんに持ってくるよう言われたのよ?旅行がより楽しくなるおまじないですよって。おかげですごく楽しかったけど、どういう意味だったのかしらね?」
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