愛歌恋歌青春篇『アイウタコイウタセイシュンヘン』─前編─2度あることは3度ある。3度あることは4度ある・・・か、どうかは知らないがことの始まりはこう。
「あらー?今年の連休は亘くんが風邪引いちゃったわけ?」
最近おしゃれで凝ってやっているのか両眼1,5の視力を持つくせに、なぜかピンクの縁取りメガネをかけている美鶴の叔母は、人差し指でクイッとそれを上げながら言った。
「そんな伊達メガネつけたからって賢そうには見える訳じゃないって事、わかってるよな?」
「うるさいわね!これはそういうのを狙ってるんじゃなくて、ネコ騙しならぬ男騙しよ。世の男どもってのは単純だからいわゆるメガネッ娘にトータルで弱いものなの。
あまりに美貌過ぎる元の顔より、一般男子は寄って来やすい訳よ。美しすぎるのも苦労する物なんだからって・・・今はそんな話じゃないでしょ!じゃあ、なに?亘くん風邪引いたのに連休中、一人な訳?」
美鶴は無言で頷いた。
そもそも今回の連休、亘は母が久しぶりに休みを貰えたから一緒に旅行するのだ、とたいそう喜んで楽しみにしていた。
中学生にもなって母と旅行というのも傍から見れば苦笑されそうだが、父が家を出て行ってしまって二人きりになってから、代わりに働き始めた母とはここしばらくゆっくり過ごす時間もなかったのだ。
だからたまにはお母さんにのんびりして貰いたいんだ、と亘は本当に嬉しそうに笑っていた。
美鶴は連休中亘に会えない事は、正直キツイなどという物ではないフラストレーションを自分に架す事をわかっていたけれど、亘のその嬉しそうな笑顔に自分も微笑みながらあきらめのため息をついたのだ。
けれど現実という物はそうやって何かを楽しみにしていればいるほど、なぜか斜め45度くらいの角度でずれていったりしてしまう。
いよいよ連休という前々の日、亘は学校で盛大なくしゃみをした。
その場にいた美鶴と思わず顔を見合わせながら、よもやまさかこんなここに来てそんな事・・・大丈夫、これはきっと只のくしゃみだよ!と、いう亘の強がり笑顔はしかし今回は通用しなかった。
連休の前の日。
三谷亘くん14歳、しっかりかっきり発熱悪寒38度で一足早く休みに突入。
涙乍らの家族水入らず旅行を断念するはめになりました。
「・・・っていうのに、アイツ。邦子母さんには自分は良いから、旅行行けって言ってるんだ」
「あ~・・・・亘くんならいいそうねぇ。だって邦子さんも連休なんてそうそうとれないものね・・・」
気持ちは痛いほどわかるが、病気の我が子を置いて母が自分一人だけ旅行になどいけるわけが無い。しかし亘はもう、自分は中学生で風邪くらいなら一人で大丈夫なんだから、と言い張って結局親子喧嘩を勃発させているらしかった。意外に頑固な亘はこういう時はガンとして譲らない為、周りも閉口して困り果てる。
さすがの美鶴もこういったことの打開策は見つける事が出来なくて、珍しくこうやって叔母の前でため息と共に事の成り行きを話したのだった。
「そういうことね。成る程わかったわ。この容姿端麗頭脳明晰な叔母に任せなさい!」
美鶴の叔母は少女のように目をキラキラさせながら、ケータイを取り出したと思ったら素早くどこかに電話をかける。美鶴がいぶかしげに見ていると、弾丸のような勢いでケータイに向かって話しはじめた。
「あ、もしもし?邦子さん?・・・・ええ、美鶴から聞きました。亘くん風邪なんですってねぇ。はい?あー・・・でも、うん、亘くんのその気持ちわかるわぁ。だって普段は邦子さんほんと忙しいもの!ほんと邦子さん優しい息子持って幸せよ!だからその気持ち汲んであげません?
実は今回の連休、私丁度暇だったんですよー。そうそう、そうなの!だってキャンセルするなんてもったいないじゃないですか。ええ、もちろん代金は払いますよ。そう、そしてアヤも一緒にいいかしら・・・・え?アヤみたいな女の子と一度旅行してみたかった?娘みたい?良かった!アヤも邦子さん大好きだから喜ぶわ!ええ、じゃあ女だけの旅って事で寛いで来ましょ!
ええ、ええ、安心してください。もちろん!亘くんの面倒は美鶴に見させるわ。当然よ!(おそらくこのセリフ美鶴叔母的に思い切り太字)」
叔母のその会話の内容をあっけに取られながら、ポカンと大きく目を見開いて聞いていた美鶴に叔母はまだケータイを耳に当てたまま、ニッコリと微笑むと大きくVサインをした。
そう言った訳で。
2度或る事は3度あるの例えどうり、今年の連休は風邪を引いた亘を美鶴が泊り込みで面倒を見る事とあいなった。
連休中、亘補給が出来なくなるのを回避できたとは言え、いきなりなこの状況に喜んで良いんだか戸惑えば良いんだか美鶴が呆然としていると、叔母が振り返り更にニコニコ笑顔を浮かべながら美鶴に追い討ちをかけた。
「て、ことで今回はあんたが亘くんのお嫁さんよ。頑張って新妻してらっしゃい!あ、それでね。亘くん、まだ熱がけっこう高くてあまり起きられないらしいから、面倒はほとんど『ベットの上』(なぜかカギカッコつき)で見る事になりそうよ?」
意味ありげに微笑みながらそう言って去っていく叔母の背中に向けて、高らかに叫んだ美鶴の抗議の声は、しかしすでに旅行に心が飛んでいる叔母には届かなかった。
かくして───美鶴新妻なのに何故かあいも変わらず、自制心耐久レースをする羽目になるのが目に見えてるぞ連休───が幕を開けることとなる。
「美鶴・・・無理しないでいいんだよ?せっかくの連休なんだし。気持ちは嬉しいけど・・・」
「どうせ家に帰ったって一人なんだ。さっき叔母さんたちは張り切って出かけたからな。それなら亘の面倒見てるほうがいい」
「それは・・・うん、おかげでお母さん旅行いけたから感謝してるけどさ・・・」
亘に体温計を渡して熱を測らせてる横で、美鶴は自分の泊まり用の荷物をドサリと置く。
布団を顎の下まで引っ張って、体をベットに埋めている亘は申し訳なさそうに美鶴をみてポツリと言った。
「美鶴も一緒に行ければ良かったのにね」
「女だらけの中に俺一人行ってどうするんだよ。邪魔にされるだけだ」
「そうかなぁ・・・はい」
ピピッと体温を測り終わった体温計を美鶴に渡しながら、まだ亘はすまなそうに首を竦めていた。
美鶴は体温計の数字を見ながら同時に亘のおでこに手を当てる。亘がくすぐったそうに目を瞑った。
「・・・・まだ、高いな」
「うん、なかなか下がんないんだ・・・」
「今日は何か食べたのか?」
「え、とまだ。・・・あんまり食べたくなくて・・・」
「それじゃ、治んないだろ?何か作ってやるからとにかく食え」
「うーん・・・・でも・・・」
「でもじゃない、ハイだ。ちゃんと言う事聞かなきゃダメだろ?」
「はい・・・わかりま、した。・・・何か美鶴お母さんみたいだね」
亘はそう言って嬉しそうに笑った。美鶴は持ってきた荷物の中からエプロンが入ってる袋を取り出すと、少しだけ苦笑しながら亘の部屋を出て行った。
まぁ、亘が元々そんな言葉使うとも思えないけど、新妻やお嫁さんと言われないだけマシなのか。
お母さんといわれるのも正直、どうかと言う感じだが。
美鶴はキッチンについて袋からエプロンを取り出そうとする。亘の家に来たら亘のエプロンを借りれば良いだろうと、用意もしないで行こうとしたら叔母が、何いってんの。ちゃんと持っていきなさい!これ貸してあげるから!と、渡してくれた物だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
取り出して手にしてそれを凝視する事数分。
美鶴は持たされた袋の中をもう一度、覗き込む。そして中に他に何もない事を把握してしまいながらも、袋を逆さにして思わず振ってみてしまった。
「─────これ、着ろってのかっっ?!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・してやられたしてやられたしてやられた!!!!!
何だ何だ何だこの────ショッキングピンクのハート付きどう考えても新妻仕様風エプロンはっっ!!!
「ふざけるなーーーーーー!!!!!」
美鶴は思い切りそのエプロンを床に投げつけると叫んだ。
叔母のどう考えても邪な(笑)目論見にはまってたまるものか。美鶴はキッチンに向かうと亘のエプロンを探す。けれどいつも置いてあるはずの場所に何故か無い。
いぶかしみながらも仕方なく亘に聞きに行くと、「あれ?ない?おかしいな」と、起き上がって探そうとするもんだから美鶴は慌てて押しとめた。
しばらくあちこちを探したが亘のエプロンどころか、亘の母のも見つける事が出来なくてそれならいっそ、着けずにキッチンに立とうかとも思ったが食べる物を作るのにやっぱりどう考えてもそれは気分的にも良くない。
美鶴は歯噛みしながら、亘に見られなきゃいいかと、とうとう仕方なくそれを着る。
ついでにヘアゴムで髪を後ろに縛る。美鶴は家事をする時は、邪魔にならないようにいつもそうするのだ。
結局どこからどう見ても幸せ新婚ピンクのラブリーエプロン装着新妻(ちょい、ツンデレ風味)美鶴が出来上がってしまったのであった。
小鍋や卵を出してお粥を作りながら、途中スーパーで買ってきた林檎をむく。
両親が無く叔母やアヤと3人で暮らしている美鶴は、日々の家事も否応なく行わなければならないので、何だかんだ言っても亘ほどではないにしてもそれなりに何でもこなした。
ただ、全体的に家事に対してはとても大雑把なので、料理でもなんでもお世辞にも上手とは言えるレベルではなかった。そしてそれは叔母も同様で料理だけに関して言うなら、実は最年少のアヤが一番上手かったりする。
美鶴は皮をむいた林檎をしばらく眺めていたが、すりおろし器を出すと全部すりおろす事にした。
亘の雰囲気を見た感じでは、その方が良さそうな気がしたのだ。
全て用意が整って、それらをトレイに乗せて運ぶ前にまずこの忌まわしいエプロンを脱ごうと振り向くと・・・・・。
「美鶴・・・・?」
「!?」
いつの間に来ていたのか亘がパジャマの上にカーディガンを羽織ながら、頬を紅潮させて目を思い切り真ん丸くさせて自分を凝視していた。美鶴は解こうとしていたエプロンの紐に手をかけたまま、思わずピシッと凝固してしまう。
亘はまじまじと美鶴を見ながら不思議そうな不可解そうな、何とも言えない表情をしていたが更に顔を赤らめるとつと一歩後ずさり、熱があるというのに踵を返すように自分の部屋に走って行ってしまった。
「亘?!」
固まっていた美鶴も驚いて、エプロンを脱ぐのも忘れて後を追う。
亘の事だから自分のこの格好を見たら、思い切り笑いとばすか「可愛い、美鶴!」とか言って喜んで抱きついてくるかなどの反応をするとばかり美鶴は思っていた。
だから今の亘の反応は正直想定外なので美鶴も慌ててしまう。
─────可愛くなかったんだろうか。いや、そう言う問題じゃなくて。
「亘・・・?」
そっと亘の部屋に入ると亘は、隠れるように頭までスッポリと布団を被っていた。
美鶴はそれを見て更にいぶかしげに声をかけた。
「亘・・・その、どうした・・・?ゴメン。俺がこんな変な格好してるからか?
・・・・・でも言い訳する分けじゃないけど、これは俺がしたくてしたんじゃなくて!叔母さんが・・・」
そう言って布団の上から手を伸ばしてくる美鶴に亘は布団の中でピクリとしながら、フルフルと首を振ったようだった。
「ちが、うよ・・・・」
「え?」
少しだけ、布団をはぐると亘は顔だけ出して来た。そしてはずみで覗き込んで来た美鶴にそっと熱のある熱い指を伸ばして来て、その頬に触れる。熱のせいで潤んだ瞳でジッと美鶴を見つめたまま。
美鶴は思わぬ亘のその行為に目を見開いて動けないでいた。すると・・・・。
チュッ・・・・。
美鶴は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
亘の大きな潤んだ瞳がこれ以上ないくらい自分に近づいて来たと思ったら、次に唇にまるで小鳥が啄ばむようなかする程度のほんのかすかな温度を感じたからだ。
それは本当にほんの一瞬の出来事だったけれど、亘はどう考えても熱だけのせいではなく顔をさらに真っ赤にさせると、恥かしそうに叫んだ。
「み、美鶴、可愛すぎるんだもん・・・!」
そう言ってまた布団を頭まで引き上げて、隠れようとする亘の腕を美鶴は慌ててホールドする。
「亘・・・」
「わっ?わ・・・や、やだ!ダ、ダメ・・美鶴!あんまり近づいちゃダメ!
し、心臓バクバク言い過ぎて壊れるよっ・・・・!」
亘は自分の手で顔を覆うようにしながら、美鶴を見ないように必死に目を瞑りながらジタバタした。
美鶴はその亘の今まで見た事のないようなキョドリ方があんまり可愛くて、おもいきり今すぐあわやの状況に雪崩れ込みたくなりはじめていた。
しかしさすがに病人相手にそんなことする訳には行かない。
必死に理性と戦いながら、とにかく何とか亘を落ち着かせようとしていたが、ふとエプロンのポケットに何かが入っている事に気づいた。
「亘、亘!いいから落ち着け!目を開けて・・・ほら?」
「ダ、ダメ!また美鶴みたら・・・・な、何しちゃうかわかんないもん・・・」
「・・・・(本来なら望むところなのが口惜しい)大丈夫だから、いいからホラ!目をあけろ」
美鶴の優しい説得に亘は恐る恐るやっと目をあける。すぐ間近に美鶴の笑う瞳が見えた。けれど・・・。
「あれ・・・?」
「叔母さんが最近使ってる伊達眼鏡だ。どう・・・?これならまたちょっと雰囲気変わるだろ?」
そこには幸せ新婚ピンクのラブリーエプロン装着新妻さらにプラスのメガネッ子(ツンデレ風味一割増し)美鶴が、胸を抑えている亘の手に自分の手のひらをそっと乗せながら、小首を傾けて微笑んでいた。
「どう、ダメ・・?まだドキドキする・・?」
少しは落ち着きを取り戻したものの、また別な意味で亘は自分の鼓動が音を立て始めるのがわかる。
そしてそれを見ながら、要するにそのエプロンを今すぐ脱げば良いだけだろう芦川美鶴───は、滅多に見られない発熱桜色頬潤み目のこれ以上ないくらい可愛いキョドリ亘を逃すものかと密かに何かを企て初めておりました。
どうやら三谷亘くんの熱はそうそう下がりそうにない予感の連休初日。
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