おひなさまオヒメサマ春爛漫。3月3日桃の節句。女の子のお祭り。雛祭り。
「ハイ。亘お兄ちゃん!」
妖精の輝き。天使の微笑み。清華可憐。まさしく花の咲いたような芦川アヤ7歳の笑顔は、見るもの全てを幸福にする。
そして例にもれずアヤのその笑顔に心をポカポカさせながら、亘は渡された封筒を見て言った。
「え・・・これなに?アヤちゃん」
「あのね。お雛様とアヤの誕生日の招待状!叔母さんがパーティしてくれるの。お祝いしてくれるの。絶対、来てね。亘お兄ちゃん!」
「へぇ?アヤちゃんの誕生日ってお雛様と同じ日だったんだ?おめでとう!うん、絶対行くよ!じゃあさ、僕ケーキ焼いていくからね」
バックにかすみ草と菜の花なんか散らせて、きゃっきゃっと盛り上がるお花ちゃんズ。
ふと見るとアヤの手にはもう一つ封筒がしっかり握り締められていた。
それに気づいた亘がアヤに問い掛ける。
「アヤちゃん、それは誰にあげるの?」
それを聞いた瞬間、齢7歳でありながらあきらかに恋する乙女の瞳になって頬を染めながら、でもさっきよりも更に眩しいキラキラした微笑を浮かべながらアヤは言った。
「宮原くんも呼ぶの!」
そして次の瞬間。いつ近づいてきていたのか(亘とアヤのお花ちゃん振りを隠れて見ていたらしい。通りすがりの目撃者小村克美談)前身を真っ黒く染めながら、瞳だけはギラギラ光らせた美鶴が亘の後ろでこれでもかとマグマを放出させていた。
「美鶴の分からずやっーーー!!」
「うるさい、お前がお人よし過ぎるんだ!」
ポキキン!(カッちゃん、ポッキー5本目をかじる音)
学校帰りの公園ジャングルジム上。小学生男子の正しい口論の場で亘と美鶴は言い合っていた。(傍観者小村克美)
「うるさくないよ!なんだよ!アヤちゃん、あんなに楽しみにしてるのに・・・宮原は呼んじゃダメってどういう事さ?カッちゃんだって来るんだから宮原が来たっていいじゃないか!かわいそうに。アヤちゃん泣きそうだったじゃないかぁ?!」
「小村は亘が言ったから500歩ゆずっての妥協のおまけだ!でも宮原はダメだ!アイツは亘がいくら言おうが絶対呼ばない!」
「だからなんでさっ?!」
「芦川妹が宮原を好きだからだろ」
ポッキン!カッちゃんは7本目のポッキーを口に入れながら、さらりと言った。美鶴がピキキと音を立てて固まる。
亘は大きな目をリスのようにさらに真ん丸くして呆れたように言った。
「・・・・要するに焼きもちやいてるわけ?」
「一目瞭然じゃん」
「おまえが偉そうに四字熟語なんか使うな小村!いまいましい!」
ズバリ核心を指摘された美鶴がカッちゃんに向けて、足蹴りを繰り出す。カッちゃんはジャングルジムの上ながらポッキーをくわえたまま華麗にひらりとそれを避けた。
「・・・・普段、僕のことお子様お子様って言うくせにお子様はどっちだよ。
全く美鶴って本とにシスコンだよね・・・・(ため息)とにかくそんな勝手な理由でアヤちゃん悲しませるのはダメだからね?!ちゃんと宮原も呼ぶんだよ、美鶴?」
「いやだ」
「美鶴っ!」
「いくら亘の頼みでもいやなものはいやだ!こればっかりはいやだ。絶対いやだ!」
美鶴は駄々をこねた小さな子供のように繰り返した。亘は口をむうっととがらせると、ジャングルジムの上で身を乗り出して怒ったように言った。
「そんな事ばっかり言うんなら、もう昼寝する時膝枕もしたげないし、美鶴んち泊まった時添い寝もしてあげないからねーーっっ!」
「何だと?!それとこれとは全然関係ないだろっ?!」
「美鶴が我儘ばっかり言うからじゃん?妹が可愛くないの?」
「可愛いに決まってるだろ?最大級に可愛いに決まってるからこそ、害虫をやすやすと近づけてたまるか!」
「何それ?何で宮原が害虫なのさ?美鶴!言っていいことと悪い事があるだろ?いいかげんにしなさいーーー!」
不毛な二人の言い合いはしばらく続いた。
カラスがカァカァと帰り時刻を告げる頃、言い合いに疲れてハァハァと肩で息をつく亘と美鶴の横でカッちゃんが最後のポッキーをポキン、と齧る音がした。そしてなれたようにポツリと一言呟いた。
「夫婦喧嘩、終わったのか?」
「ゴメンね、カッちゃん。・・・・・美鶴ってなんでああなんだろ」
「アイツの亘と芦川妹に対しての異常な執着振りは今に始まった事じゃないだろよ」
さりげないけれど思わず頬を赤らめるカッちゃんの発言に、亘は俯く。結局話し合いは何の効力もなさず、美鶴は振り切るように帰っていってしまった。
カッちゃんと二人で家路につきながら、亘はどうしたものかとため息ばかりついていた。
「に、しても最強切り札の亘の膝枕と添い寝を出してもダメだったんだから、今回の芦川は相当手強いぜ」
「うん・・そうだよね。僕もあれでもダメだとは思わなかった・・・。もう!美鶴のバカ!本とに絶対しばらくしてやらないんだから!」
憤る亘をチラリと見ながら、もともと小学生男子同士で膝枕や添い寝はしないのです。という、大変常識的な言葉をカッちゃんはキチンと飲み込んだ。
「でもこのままじゃ、あんまりアヤちゃんがかわいそ過ぎるよ。・・・・どうすればいいのかなぁ」
気分はすでに自分の大事な娘が将来を約束した相手を連れてこようとしてるのにそんな奴と会ってたまるか家になんか上がってきたら只じゃおかない殺されたくなければサッサと帰れ!の娘溺愛の頑固親父の妻である。
「方法はあるけどな」
「え?ほんと、カッちゃん?どうするの?」
あまりにサラリと言われたその一言に亘は、顔を上げてマジマジとカッちゃんを見ながら畳み掛けるように問い掛けた。
カッちゃんはニヤリと笑うと、どこに隠し持っていたのかまだ残っていたらしいポッキーを一本取り出して齧りながら言った。
「お姫様大作戦!」
元来、雛祭りと言うのは女の子の健やかな成長を祝う物なのだ。
美しく優しくそして幸福に。そんな願いを込める日なのだ。
だから雛祭りに祝ってもらう当事者の少女は、言い換えればその日はその家のお姫様のようなものである。
そんな喜びに満ち溢れたはずの日を悲しみに暮れさせてどうするのだ。
・・・・などという、まっとうな意見を聞き入れる相手ならここまで苦労はしないのである。
アヤは結局、美鶴があまりにいうので宮原への誘いは断念していた。ものすごく残念ではあったけれどまだ7歳。お兄ちゃんの言う事は絶対なのだ。
そして宮原はといえば、今回の件を小耳に挟んですでに把握してはいた。アヤが自分を誘いたがってるという話を聞いて純粋にものすごく嬉しかった。
けれど同時に美鶴がそれをものすごく妨害にかかってるという事もわかっていたので──宮原的には美鶴と対決する事は少しも躊躇しなかったけれど──下手に対立なんかしたら、ケンカの嫌いなアヤがどんなに悲しむだろうと思うと出来なかったのだ。
お雛様を前にしたアヤはどんなに輝いてるだろう。
───今までこんなにがっかりした事あったかな。宮原は肩を落としてため息をついた。
「宮原」
「・・・三谷」
昼休みの図書室。目の前に本を広げながらも内容はまるきり頭に入っていなかった宮原は、呼びかけられて顔を上げた。
「明日のアヤちゃんのお雛祭りと誕生日の事なんだけど」
ニコニコしながら自分を見てそう言う亘に、宮原は顔をしかめた。
「三谷、俺はそれ誘われてないから・・・」
「うん。知ってる。でもアヤちゃんは本当は来て欲しいんだよ。宮原だって本とは行きたいよね?」
「それは・・・そりゃあ・・」
「美鶴も今回ばかりはやり過ぎだもん!だからさ、一つ提案があるんだ」
「提案?」
「したのはカッちゃんなんだけどね。ナイスプラン!なんだ。カッちゃんてこういう事思いつかせたら本とすごいよね。これならきっと美鶴だって宮原が来ることに文句言えないよ!」
亘は力強く拳を握り締めてそう言うと、そっと宮原に近づいて何事かを耳打ちする。それを聞いて宮原はパチパチと目を瞬かせ、思わず大きく頷いてしまった。
「ハッピーバースディ&お雛様おめでとう!アヤちゃん!」
「ありがとう!亘お兄ちゃん、カッちゃん!」
華やかな親王雛が部屋の真中に飾られ、亘手作りのバースディケーキにろうそくを立てて、それを吹き消した後、アヤの小さな手に抱えきれないようなプレゼントを渡されて、アヤは嬉しそうにそれを受け取る。美鶴と叔母はその傍らで微笑みながらそれを見守っていた。
「亘くん、小村くんありがとうね!さ、遠慮しないで今日はどんどん食べてね!」
そう言ってキッチンからごちそうを運ぼうとする叔母に亘が言った。
「あ、叔母さんすみません。まだもう一つプレゼントがあるんだ」
亘はそう言って素早くアヤの手を取ると、玄関に向かう。美鶴が目をパチクリさせながら後を追おうとした。
するとカッちゃんがサッとその前に立ちふさがって手を広げて静止した。
「なんのつもりだ小村?」
「まぁまぁ芦川。悪いようにはしないからさ。10分ほど待ってくれよ」
美鶴が眉を寄せて、不可思議な顔をしていると玄関の方からアヤの嬌声が聞こえて来た。「宮原くん!」
美鶴は聞こえて来たその名に、瞬時にして顔を強ばらせる。
「宮原だと?!」
「あっちゃ~!亘の奴・・・気づかせないようにやれって言ったのによ」
「どけ小村!」
「わりぃ。どけるわけにはいかないな。ちょっとの辛抱だからさ」
「ふざけるな!」
何とか玄関に行こうとする美鶴をカッちゃんが押し止める。実は日頃から店を切り盛りしてる両親に、ことあるごとに小突かれたりして鍛えられているカッちゃんは意外に頑丈で強いのだ。
その為、さすがの美鶴もなかなかその場を突破できなかった。
やっとの思いでカッちゃんを振り切り、玄関に続くドアに手をかける。
ガチャ!
けれど美鶴が開けるより早く、ドアは開いた。そして開いたドアの向こうから中に入ってきたのは・・・。
「あら!やだっーー!アヤ、可愛い!」
事の成り行きを興味深そうに見守っていた叔母が、両手を合わせて嬉しそうに叫ぶ。そして美鶴は自分の前に現れた最愛の妹のその姿を、しばし絶句して息を呑み凝視した。
そうそこには・・・。
「えへ・・・お兄ちゃん似合う・・?」
恥かしそうにほんのり頬を桜色に染めながら、同じく艶やかな桜色の──
生地さえもがサクラの花びらのように、フワリと軽やかに舞い上がりそうな見事なドレスを身に纏ったアヤがいた。
首元には上品なパールのネックレスをして、普段ツインに縛られている髪はほどかれ何本もの愛らしい春の花で飾られていた。そして手にはスイートピーの小さな花束まで持っている。
どこからどうみても。どう眺めても。
今のアヤはその場にもし、本物がいたとしてもそれに負けないくらいの、素敵な素敵な・・・
「お姫様みたいでしょ?」
亘がアヤの後ろからニコニコしながらヒョコッと現れて言った。
たっぷり5分はアヤに見とれていた美鶴がその声で我に帰り、顔を上げる。
「亘・・・これ」
「あのね・・・このドレス宮原くん、のプレゼントなの・・」
花束で顔を半分隠すようにして、オズオズとアヤが言った。
「宮原?」
美鶴がその名を叫ぶと同時にアヤと亘の後ろから、宮原が現れた。
現れた宮原に美鶴が顔をしかめると、亘はすばやく美鶴に近づきその腕を取って、宥めるような甘えたような声で美鶴をジッと見て言った。
「ダメだよ、美鶴!アヤちゃんこんなに喜んでるんだから!・・・それにこのドレス宮原がくれたんだよ?宮原、追い返すんならこのドレスだって返さなきゃいけないよ?アヤちゃんのこんな可愛い格好見れなくなっていいの?」
なんとも絶妙な亘のアクションとそのセリフに美鶴は、思い切り苦々しい顔をしながらもグッと口を引き結ぶ。そして自分を心配そうに見つめて瞳を潤ませているアヤを見た。
・・・・・こんなかわいいダブルお花ちゃんにこんな風に懇願されたら、美鶴はもうホールドアップするしかないではないか。
美鶴は大きく息を吐くとあきらめたように、それでも宮原にはひと睨みをくれながら口惜しそうにポツリと小さく一言だけ呟く。
「・・・・今日だけだからな」
「ありがとう!お兄ちゃん!」
アヤは飛びつくように美鶴に抱きついた。亘とカッちゃんはそれを見て、作戦大成功!とばかりに隠れてガッツポーズを取る。そして宮原を振り返ると背中を押してアヤの方へ行かせる。
「ほらほら、宮原!」
「あ・・うん」
状況が落ち着くのを待っていたというより、どうにもこうにもアヤの華やかで可憐なプリンセススタイルから目を離せず、ボーッとしていた宮原が促されて慌ててアヤの前に立つ。
アヤがまぶしいくらいの微笑を浮かべて嬉しそうに自分を見ていた。その姿にまたもや宮原がクラクラして、まるで普段の宮原からは考えられないくらい固まっていると、美鶴がそっぽを向きながらも宮原に向かって怒鳴った。
「席までエスコートくらいしろ!今日だけ良いって言ってんだろ?」
その言葉を聞いて宮原はハッとしてポカンと美鶴を見たが、美鶴は相変わらず向こうを向いていた。宮原は何だかおかしくなって肩をすくめる。そして軽く息をつくとアヤを振り返りそっと片手を差し出して言った。
「・・・では、お言葉に甘えて。どうぞお姫様」
アヤはこれ以上ないくらい嬉しそうな笑顔を浮かべると、小さな手を差し出し宮原の手の上に乗せる。
「おめでとう・・・アヤちゃん」
「ありがとう・・宮原くん」
幸せそうな二人の横で亘もまた、幸せそうに笑っていた。それを見ながら正直悔しさを、腕を組みつつ堪えていた美鶴も思わず微笑んでしまう。
そんな自分に舌打ちしているとカッちゃんがスッと近づいて来た。美鶴がそれに気づき、睨みながら問い掛ける。
「・・・・おまえの仕業か小村?」
「まあな~。ちょーど母ちゃんの知り合いでこういうドレス作ってるって人いてさ。でも俺はそれプレゼントすれば芦川も文句言えないんじゃないか?って宮原に言ってみただけだぜ?その後それに本気になって、バイトしてまで芦川妹にあんな高いモン、本とに買うっていったのは宮原だし」
「・・・・・・・・・・」
「あんなに喜んでるんだから、いいじゃんかよ」
「・・・・ふん。どっちにしろ後で覚えてろ」
「そう来ると思ってたから頭のいい克美くんは保険も忘れてません」
「何訳わからない事言ってんだよ?」
「まぁまぁ、芦川くんちょっと耳を貸したまえ。・・・誰がドレスは一着しかないといったかね?」
そう言ってカッちゃんが含み笑いをしながら、亘に見られないようにそっと美鶴に耳打ちをして、その後一転、なにやら妙に美鶴が上機嫌になってしまったのに亘は大いに不思議ながらも、結果オーライで喜んでいた。
春爛漫。3月3日桃の節句。女の子のお祭り。雛祭り。そしてアヤの誕生日。
大好きな人と。大切な人と。笑顔一杯で───そう、その日女の子はみんな晴れやかなお姫様だから。
ところでその後皆で写した記念写真には、なぜかドレスを着た可愛い子がアヤの他にもう一人写っていたそうです。
PR