りとる あくありうむ(美鶴編)
プクン・・ポコッ・・カポカポ・・・
たくさんの水槽のろ過装置の音が響く。
ほとんど人の来ない小さな小さな水族館(アクアリウム)。
薄い照明だけが水の中ひらひらと泳ぐ魚たちを照らしている。
その水槽のキラキラした光を受けながら亘とアヤは手をつなぎ歩いていた。
時折気になる魚のいた水槽の前で二人立ち止まりながら微笑みあう。
まるで二人、海の中にいるみたいだ。
亘とアヤを見ながら俺はそう思った。
「水族館に行こう!」
手作り弁当を持参して亘は日曜日の朝にいきなりやってきた。
バスに乗ってすぐのところに小さな水族館があることは知っていた。
自分とアヤと俺と3人でそこに行こうという。
亘の唐突さはいつもの事とはいえ、俺はやっぱり少し面食らって
大喜びするアヤに見られないようそっと亘に耳打ちする。
「いきなりどうしたんだよ?」
「いいじゃん。何か用事でもあるの?」
「いや、別に・・・」
「じゃ、いいだろ。美鶴・・・」
今度は亘が俺の耳にそっと口を寄せて囁いた。
「だって、アヤちゃん。行った事無いんだろ?この前寂しそうにそう言ってたから・・・」
・・・ああ。
そうか。そういうことか・・・
両親のいない俺たちは普通家族で行くような所にほとんどいったことが無い。
「それでか・・」
「あと、僕が行きたかっただけだよ!単純にね」
亘はそう言ってペロッと舌を出した。俺は微笑む。
まるで本当の兄妹のように手をつないで歩くアヤと亘を見ながら
俺はこのままこのAquaの中に3人で溶けることが出来ればいいのにと
半ば本気で思っていた。
水槽の中舞い泳ぐ、魚たちのように時折岩陰に隠れて誰に知られることも無く
ただ3人で水の中漂っていられればいいのにと
そう思った。
りとる あくありうむ (亘編)
バスに乗って30分くらいのところにある小さな水族館。
日曜日、そこに行こうと僕は朝早くに美鶴の家にいった。
美鶴は驚いた顔をしてたけど喜ぶアヤちゃんを見て直ぐに準備をはじめてくれた。
アヤちゃんがものすごく嬉しそうに出かける準備をするのを見ながら
僕はおとついのことを思い出す。
アヤちゃんが友達と歩いて帰ってくるとこにたまたま通りかかって
お友達がこの前パパとママと一緒に水族館にいったんだよって嬉しそうに話すのを
黙って寂しそうに聞いてるアヤちゃんを見ちゃったんだ。
アヤは行った事無いの、と寂しそうにいうのを
見ちゃったんだ。
パパとママとは行けないけど・・・でも3人で行こう。
そう思ったんだ。
アヤちゃんと手をつないで歩きながら少し後ろを歩く美鶴を振り返る。
振り返った僕に気づいて美鶴はそっと微笑んだ。
水槽のキラキラ光る水面が美鶴を照らす。僕は眩しくて目を細めた。
あれ?・・・
一瞬自分たちが水槽の中にいるような気になった。
魚たちの代わりに水の中にいるのは僕たち3人で。
水槽の外を魚たちがまるで鳥のように飛び交っているような
そんな錯覚を・・・覚えた。
僕は頭をちょっと振ってまた美鶴を見た。
美鶴はいつのまにか直ぐ傍まできていて僕の手を優しく取ると言った。
「3人で水の中に溶けれればいいのにな・・」
え・・・?
本気で言ったのか冗談で言ったのか
美鶴はもう横を向いて素知らぬ顔をしてたけど。
つないだ手のぬくもりが美鶴の思いを伝えてくる。
もし叶うのなら
3人でこのまま水の中で溶け合ってしまうのも悪くないかもしれないなぁ、と
そっと思った。
りとる あくありうむ (アヤ編)
たくさんの水槽の中に見たことのない綺麗なお魚がたくさんいて
アヤはわくわくして思わず走り出したら、亘お兄ちゃんが
「アヤちゃん、あぶないよ。手をつなごう」ってアヤの手をそっと握ってくれました。
「ごめんなさぁい・・」そういうと亘お兄ちゃんは笑って謝らなくていいよと言いました。
手をつなぎながら一緒にお魚を見ていくととても綺麗なお魚がいて名前を見ると
─エンゼルフィッシュ─て、書いてあったの。
「エンゼルフィッシュってどういう意味?」
顔を上げて亘お兄ちゃんに聞くとかがんでお魚を覗きながら言いました。
「えっと・・・そのまんま天使みたいな魚ってことじゃないのかな?」
自信がなさそうに美鶴お兄ちゃんを見ると美鶴お兄ちゃんは笑いながら言いました。
「そうだよ。その優雅な姿が天使のようだからそう言われてる・・・
もっと有力な説もあるらしいけどな・・俺はそれでいいと思うからいいんじゃないか?」
「ふぅん?」
アヤはなんとなくわかったようなわからないような気がしたからもうひとつ聞いたの。
「天使ってなぁに?」
「亘やアヤのことだ」
直ぐに美鶴お兄ちゃんの答える声が聞こえて振り向くと真っ赤になってる亘お兄ちゃんに
笑いを堪えてる美鶴お兄ちゃんがいました。
「・・・美鶴はっ・・どうしてそう・・恥ずかしいことをスラッと言うかなぁ?
アヤちゃんはともかく・・ぼ、僕って・・」
「いいだろ。ほんとの事なんだから。少なくとも俺にとってはな・・」
最近、アヤはちょっと気づいたことがあるの。
美鶴お兄ちゃんがすごくすごく優しい眼で亘お兄ちゃんを見ると、それに気づいた
亘お兄ちゃんは顔を真っ赤にして困ったような感じになります。
どうしてなのかな?
「じゃあ、このお魚はアヤと亘お兄ちゃん?・・そしたらちょうど仲良くくっついて
泳いでるこの2匹がそうね」
「俺はどうなるんだ?」
ちょっと怒ったような美鶴お兄ちゃんの声が聞こえてアヤが少し慌てると
「まぁ、いいさ・・・じゃあ俺はその2匹を自分の水槽に入れてずっとずっと離さないから」
また真っ赤になった亘お兄ちゃんの手を美鶴お兄ちゃんがしっかり握っていることに
アヤはその時気づきました。
りとる あくありうむ(そして3人で)
その小さなあくありうむは今、美鶴とアヤと亘の3人だけの小さな箱庭のようだった。
天も地も無く溶け合うような静かな水流の音(ね)の中、
たくさんの水槽が小さな照明の光にキラキラと、反射光を放って亘達を照らしている。
お互いの手をやさしく握り合っている美鶴たちを照らしてる。
コポッ・・・コポッ・・・カポポ・・・
3人の微笑がそのまま水の中溶け合って、ひとつの幸福な色を紡ぎ出す。
時を止めるように。
幸せを閉じ込めた一枚の絵のように。
そのあまりの可愛らしさと幸福そうな3人の姿に、海神の女神が嫉妬して現れ、
この小さな箱庭をどうぞ壊したりしませんようにと・・・・。
───そう、水槽の中のエンゼルフィッシュがそっと祈ってくれていたことを
・・・美鶴と亘とアヤは・・・知らない。
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