New Year Lucky Kiss!
お気に入りのマグカップを割ってしまった。
買ったばかりのシューズの紐がちぎれてしまった。
貰ったばかりのお年玉を落してなくしてしまった。
亘はその日の朝、得体の知れない嫌な予感に背筋を震わせた。
「あけおめ~!よっ!亘、今年もよろしくー!」
三橋神社の鳥居の前。一緒に初詣をしようと亘達は待ち合わせをしていた。
ボーっと待ち合わせ場所に立っていた亘にカッちゃんが元気よく声をかける。
「何だよ。宮原と芦川はまだ来てないのか?新年早々たるんでんなぁ~・・・って・・どしたんだよ?亘。元気ないじゃん?」
「え?そ、そう?そんなことないよ」
「そうかぁ~?」
「おめでとう。今年もよろしく・・・ん?どうしたんだよ?」
そこにコートのポケットに両手を突っ込んで颯爽と宮原がやってきた。なんだか元気のない亘を見て問い掛ける。
「知らねーよ。なんか会った時からこうだゼ・・・」
何も言わない亘の代わりにカッちゃんが答える。二人して顔を見合わせて首を傾げていたら俯いてた亘がキッと顔を上げ、決意表明するような大声で叫んだ。
「ごめん!ぼく帰る!」
「え?」
「なんかものすごく嫌な予感がするんだっ!こういう時は本とに嫌な事が起きるんだっ。その前にうちに帰るっ!!」
そう言って走り出そうとする亘を宮原達が慌てて引きとめる。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「やだっ!帰る!!」
必死の亘の姿に宮原はたじたじとなりながらもある一点の理由の為こちらも負けじと必死で叫んだ。
「わ、わかった!三谷!でも頼むから芦川が来てからにしてくれっ!お前がいないのがわかって不機嫌オーラを爆散させる芦川を置いてかれても困るっっ!!」
宮原祐太郎くん。まさに今年最初の心の叫び。
「何やってんだ。お前ら」
3人でジタバタやってるところに悠然と美鶴は現れた。「あ、芦川」
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
「いや、なんか・・三谷がさ。嫌な事が起きそうな予感がするから帰るっていい始めて・・・」
「え?」
美鶴は亘に近づくと俯いてる顔を心配そうに覗き込む。
「亘?」
「美鶴・・・」
亘は少し半泣きになりながら顔を上げる。そして美鶴に向かって訴えるように言った。
「なんかヘンなんだよ。朝からやな事ばっかり起きるし・・・嫌な感じが止らないんだ・・」
そう言って美鶴の腕にすがり付こうとした瞬間。
ヒュルルルッ!パシィッ!
長いロープのような物が伸びてきて亘の腰に絡みついた。「わぁっ?」
亘はそのまま引っ張られロープの先にいる人物の腕の中に倒れこむ。その人物はまたそのロープを一振りすると自分の手の中に収めた。頭から紅いマントをすっぽりかぶっている。あれは・・・
そう。ロープなんかじゃない。亘を捕らえたのは鞭。そしてそれを操る人物は・・・
「カッツさん?!」
「久し振りだねぇ。ワタル」
マントのフードをふわりとよけると艶やかな微笑の美女が現れた。
宮原とカッちゃんはいきなり現れた年上の美女にあ然呆然。只一人美鶴だけが次の行動に素早く打って出た。
カッツに捕らえられてる亘にすかさず手を伸ばしてこちらに引き戻そうとする。
「おーっと!」
カッツは亘を軽々抱き上げると疾風のように駆け出した。
「さすがだねぇ。幻界で最強の魔導師だっただけあるよ。ミツル」
「何のつもりだ。亘を返せっ!」
「ちょっとした理由があってね。そういうわけにはいかないんだ。少しの間ワタルを借りるよ」
そして投げキッスと共に何かを投げてよこしたと思ったとたんボン!と周りに白い煙が立ち込める。
─煙幕─
だてに幻界でハイランダーを名乗っちゃいない女戦士。美鶴は舌打ちすると事の成り行きを呆然と見ていた宮原とカッちゃんを後にしてとある場所に向かって走り出した。
「ラウ導師さま。出て来てください!ラウ導師!出て来いっ!!」
ここは神社の中で美鶴が嘗て神域と呼んだ場所。その場のある一点に向かって美鶴は素早く呪文を唱えた。
すると周りの景色が揺らめいて穴らしきものが現れた。そしてそこからある人影が現れる。
真っ白な長いあごひげに長い杖。まごうことなき幻界の旅人の案内人。ラウ導師その人だった。
実を言うと三橋神社のこの美鶴が呼んだ神域という場所には幻界と通ずる通路が存在していて、美鶴だけが呪文でそれを開く事が出来るのだ。(・・て、以前にもこの設定使いましたがそういう事にしといてください)
「ミツルかの?久し振りじゃのぅ。元気にやっとったか?」
「挨拶なんかどうでもいい!今度はなに企んでるんです?亘をどうするつもりです?」
美鶴は噛み付くようにラウ導師に尋ねる。一歩間違えば胸倉を掴みそうな勢いだった。
「ワタルがどうかしたかの?」
「幻界のあの女戦士に連れてかれましたよ!」
「カッツか?ありゃりゃ。もう現れおったか。早いのぅ」
「やっぱり訳を知ってるんですね?」
「ああ、まぁ実はのぅって・・・ウグッ・・こりゃ!ミツル!く、苦しい・・落ち着かんかい!」
美鶴は今度は本当に胸倉をつかみながら詰め寄っていた。
「落ちついてられるかっ!亘がさらわれたんだぞ!」
「し、心配せんでも大丈夫じゃ。別に危害を加えられる事はない!・・・どっちかって言うと、まぁお遊びというか、賭け事のようなもんというか・・・」
亘に危害を加えられるわけではないと聞いて美鶴の手の力が少し緩む。ラウ導師をまっすぐ睨むと話の続きを促した。
「どういうことです?」
ドサァッ!
神社の森の奥深く。大きな木の根本に乱暴に亘は放り出された。「イテー・・・」
ぶつけた頭に手をやりながらカッツに抗議の声をあげようとして顔を上げた亘は思わずどきりとする。
思いがけずカッツの顔がものすごく近くにあったのだ。亘は心臓が跳ね上がった。
「以前よりずいぶん男らしい顔つきになったじゃないか」「え・・・」
亘は一気に顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「うん。悪くないね。いまのあんたとならキスするのも悪くない」
「は?」
え?なに?・・・キス・・・キスッッッーー?!!亘は思い切り目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。
カッツの表情から冗談を言ってるのではないということがわかる。肩に手をおかれて紅いルビーのような唇がまっすぐ近づいてきた。
わぁぁぁぁ!!「カカカカッツ!カッツ!カッツさんっっ!!」
「カッツさん!!」
カッツの後ろから今度は優しく懐かしい声が聞こえてきた。半泣きになってる亘の前にその声の主はすかさず滑り込むと柔らかいフワフワの毛がある両手で亘を抱きしめ、かばいながら叫んだ。
「もうっ!ワタルを助けに行くとかいいながら・・・嫌な予感がして来て見れば!ずるいっ!何やってるのよ!」
後半の「ずるい」はともかくとして。亘は驚きと喜びの両方の声をあげた。「ミーナッ!!」
ミーナはふわりと笑うと亘をギュッと抱きしめた。「ワタル!久し振り!元気だった?」
「うん。ミーナこそ・・どうして?え?え?・・ひょっとして・・・」「ワァタァルゥゥ~~!!」
更に更に懐かしい野太い声が聞こえてきた。・・と思ったと同時に亘は高々と抱え上げられていた。
「キ・キーマ!!」
「久し振り~久し振り~!元気だったかぁ~」
泣きながらこれでもかという力で亘をキ・キーマは抱きしめた。
「・・ったく!もうちょっとだったのに。邪魔してくれたね」
ミーナを睨みながらカッツはいった。ミーナも負けずに睨み返し言い返す。
「何いってるのよ!ワタルのキスを狙って幻界の住人達がこっちに来て悪さをしたら大変だから様子を見に行くとか言っておいて。・・・そういうのをこっちでは火事場泥棒って言うのよ!」
「ちょっと位いいだろ。あたしだって少しは旅人の幸運のキスにあやかりたいさ」
「幸運のキスは旅人の今年最初のキスだけなのよ。だからみんな躍起になって・・・ともすればワタルが危険だからっていってたくせに」
キ・キーマに抱きしめられながら呆然と二人の会話を聞いていた亘はポツリと呟いた。
「幸運の・・・キス?・・」
「おうよ。実は幻界ではなぁー。新年に女神様から願いを叶えて貰った旅人からキスをして貰うと一年幸福に過ごせるって言い伝えがあるんだ」
キ・キーマの言葉を聞いて亘はまさにハトが豆鉄砲食らったような顔をして叫んだ。
「・・・え・・・・え・・・・・えええぇぇっっーー?!!」
新年早々なぜわざわざ三段論法で驚かねばならない事態に遭遇するのであろうか。亘は思いきり眩暈がする。
「そんな訳でワタル~キスしてくれー!」
「あ?何やってるのよ!キ・キーマ!」「そう。抜け駆けはなしだよ」「カッツさん!人のこと言えるの?」
喧々諤々とやりはじめた3人をまだ事の成り行きが把握できず亘は呆然と見ていたがいきなり誰かに腕を引かれた。「あっ?」
「あれ?ワタル?・・ワタルッ?!」急に消えた亘に今度はカッツ達3人が呆然とその場に佇んでいた。
「キスッッ?!!!」
「そうじゃよ。だからわしは現世の住人にあんまり迷惑をかけんようこの神社内でけりがつくよう結界を張ろうとおもっとたんじゃがちょっと遅かったようじゃの・・・って、こりゃ!ミツルー!」
「それを先にいえっーー!!」
ラウ導師の話を聞き終わるまでもなく美鶴はまさに猪の如く叫びながら走り出していた。
何が危害は加えられないだっ!!メガトン級の最大危機だろうがっ!亘があんなに怯えてたのも納得できる。事は亘の貞操に関わる問題だ。
美鶴はふと立ち止まると素早く口の中で何かを唱えた。美鶴の背後から光が立ち昇り辺りに飛散した。
神社内に初詣に来ていた人々の動きが静止画像のようにぴたりと止った。
(結界を張ったんだね。亘を狙うやつらがここから出られないように、そして他の人間が邪魔にならないように)
ふいに真横から声がした。美鶴はそちらを振り返る。
「お前・・・」
(へへへー・・誰だかわかるよね?)おどけたように美鶴の首に腕を絡ませながら黒いワタルがそこにいた。
(良かったー。なんせ今、僕の本体大変な事になってるからさ。早く美鶴に助けに行ってもらわないと)
「お前も現れてるって事は・・・・」
(ハーイ。お察しの通りー!美鶴の分身も現れてるよー。ある意味幻界のメンバーよりもたち悪いかもね?)
ワタルはパッと離れるとニッコリ笑いながら言った。
(今年最初のキスどころか、人生最初のキスだもん。不本意な相手とはしたくないけど・・)
そしてクスクス笑いながら美鶴の唇に手をあてる。(美鶴と・・ミツルなら・・どっちがいいかなぁ?)
そう言ってパッと消えた。美鶴の額にかすかに冷や汗が浮かんだ。
「わぁっ!」
さっきのカッツよりも乱暴に亘は地面に押し倒されていた。
顔を上げるとそこにいたのは黒いミツルだった。
「ミツル?」(久し振りだな。亘)
すでに亘の上にのしかかるようにして両手を組み敷きながらミツルはニヤリと笑った。
「な、なにするんだよっ!離せっ」亘はジタバタと暴れる。けれどミツルはビクともしない。
(なにするって・・・わかってるんだろ?さっき聞いただろ?・・・なんで皆がお前を狙ってるのか)
亘の顔からサァァーッと血の気が引いていく。や、やっぱり・・やっぱり・・ミツルの狙いもそれなのか。
「や、やだやだやだっ!バカバカやめろっ!」
顎を掴み自分の方に向かせようとするミツルに亘は半泣きになりながら抵抗する。
(なんでだよ?分身かもしれないけどオレだってミツルだよ。・・・オレの事好きだろ?・・ならいいだろ。それともさっきのやつらの誰かの方がいいのか?)
「やだよっ!・・ミーナも・・カッツさんも・・キ・キーマも・・みんな大好きだけど・・・そういうのと違うっ!!」ジタバタジタバタ。思い切り暴れながら亘は叫んだ。
(・・・・ふーん。まぁいいさ。どっちにしろ今ここでオレがお前にキスしちゃえばこの事態にもけり付くんだからさ)
そして見惚れるような妖艶な笑みを浮かべて耳元でそっと囁いた。
(初めてなんだろ?・・だったら優しくしてやるから・・)
ミツルがゆっくりと顔を近づけてきた。思わず力の抜けかけていた亘が真っ赤になってハッと我にかえる。
「わっ・・わっ!わー!やだやだやだってばぁ!」
ガカッ、ピシャァーン!
鋭く細い雷がミツルめがけて落ちて来た。ミツルは亘から離れると素早く飛びのく。そして雷の飛んできた方を向くと不敵に微笑んだ。
(思ったより早い登場だな)
息を切らせ、額に汗を浮かべながら美鶴が立っていた。
「美鶴っ!」
亘は起き上がると素早く美鶴の方に駆け寄る。美鶴は亘の肩に手を伸ばし自分の片腕の中に包むようにかばうとミツルを睨みつけた。
「殺されないうちに消えろ」
(怖いこというなぁ。オレはお前だぜ?)
「やかましい!かまうかっ!亘のキスを狙うような奴は例え自分だろうと俺は殺すぞっ!」
亘は目をパチクリさせた。さすがの美鶴もどうやら亘のキスが今にも奪われそうになるという現場を目撃した為己を失っているらしく思い切り冷静さを欠いていた。言ってる事が波乱万丈。
「あー!いたいた。ワタル~!大変よ。大変よ。逃げてー!!」
そしてこの修羅場(?)の最中。声のするほうを振り向けばミーナを始めとしてカッツやキ・キーマどころの騒ぎではない。
どうやってやってきたのか幻界で見かけた住人達がそろってドドドッとこっちにやってくる。ドサクサ紛れなのかラウ導師とおためし鳥まで加わっていた。
ブツッッ!!
辺りの空気を震わせるような暗黒オーラが美鶴の背後からただよい始めた。
(あ~あ・・・)黒いミツルがため息をつく。そして残念そうに亘にウィンクすると一言のこして消えた。
(またな。セカンドキスはオレに取っといてくれよ)
美鶴が小声でブツブツと何かを呟き始めた。亘はそれを聞いて真っ青になると思わず美鶴を抱きしめ懸命に叫んでしまった。
「・・・出でよ!暗黒の娘・・・」「わっ・・ダ、ダメーー!!美鶴っっ!それはやめてっ!」
グオオォォーー!
美鶴がバルバローネの召喚呪文を唱え終わるか終わらないかの内に亘たちと迫ってきていた幻界の住人達の間に大きな紅い鋭い炎が走った。一同さすがに驚きのあまりその場でフリーズ。
「・・キュア・・・キュアァー!」
パタパタパタタ。小さな紅い可愛らしい翼をはためかせて亘の目の前に嬉しそうに飛んできたもの。それは・・
「ジョゾッ!」
亘は両手を広げてジョゾを受け止める。ジョゾは嬉しそうに可愛い声をたてるとポンと亘の腕の中に飛び込んできた。
そして・・
「え?」 え? エ?
ちゅっ・・・!
さっき炎を吐いてたせいかな。・・・ちょっとあっついや・・・って・・・・
「「「「あああああーーーーー!!!!!」」」」
その場にいたおそらく全員の心の叫び。
事態はこれにてめでたくゲームオーバー。
・・・旅人の幸運のキスは見事小さなファイアドラゴンがゲットしたです。
「美鶴・・・」
あの後てんやわんやの騒動をラウ導師がうまくまとめて全員を幻界に帰して。事が落ち着いて。
ミーナやキ・キーマと改めて話をしてそしてちょっと涙ぐみながらお別れをして。
そして・・・全てが終わってみればこの世の終わりのように落ち込んでる美鶴がそこにいて。
「あのさ・・」なんと声をかければいいのか亘はとても困っていた。
自分を心配して助けに来てくれた事はすごくすごく嬉しかったのだけれど事の内容が内容だっただけになんだかお礼を言うのも恥ずかしかった。だって、僕のファーストキスの心配してくれて有難う、何てどう考えたってヘンじゃないか。
美鶴の落ち込みの原因も必要以上に取り乱した姿を亘に見られたことらしいし。
取り乱した・・・そう、何時もは氷のように冷静な美鶴が。
・・本とビックリした。・・・あんな美鶴はじめて見たもんね・・・亘はフッと目を細める。
そして膝を抱えてしゃがみこむ美鶴の側に自分も腰掛けて美鶴に声をかける。
「さっき帰り際ミーナがいったんだけど・・旅人の幸運のキスって、本当は旅人の方から本当にしたい相手にするものなんだって。・・・そうでなきゃ相手に幸運はもたらされないんだってさ」
膝に顔を埋めていた美鶴がピクッと動きゆっくり顔を上げる。
「だからさっきの僕のキスは・・・まぁ、相手はなんせジョゾだったし・・・本当の幸運のキスじゃなかったことになるんだ」
─ワタルがね。その年、本当に幸せになって欲しい相手に本当に大切な相手にするのが幸運のキスよ─
ミーナは微笑みながらそう言ったんだ。だったらね。僕はね。誰よりも誰よりも幸せになって欲しい相手は一人。只一人だから。
真っ赤になりながら。
それでも今年最初の眩しい亘の笑顔を美鶴は今まで見たことないくらい間近に感じて・・・・亘の体温を間近に感じて。
その瞳に自分が大きく映ってるのをはっきりと見た。
その後やっとの思いで亘と美鶴を見つけて声をかけようとしたそういえばの宮原とカッちゃんは、二人のあるシーンに揃って顔を赤くして思わず側の大きな木の裏に隠れてしまい声をかけるにかけられず、美鶴と亘の前に出るに出られず。
・・・新年早々深いため息をついてたことですよ。
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