まずは一本。笑ってる美鶴が書きたかったのです。手をつなぐ二人が書きたかったのです。以前一人語りのそっとおはなしに書いた逆Ver。Aqua Timezの「いつもいっしょ」がBGMでした。
手をつなごう
手をつなごう 手をつなごう
そうすれば離れないですむよ。
寂しくても辛くても つないだ手はあったかいでしょう
バンッ!!
「思い知ったかよ。おまえ生意気なんだよ。ヒトゴロシの子のくせに」
切れた口の端の血をぬぐいながら美鶴は顔を上げた。無言で相手を睨む。
「なんだよ・・・その目、まだ懲りないのかよ・・」
「・・たかが小学校二年生相手にこんなに人数集めてる相手にいわれたくないね」
相手の少年がカッと顔を赤くした。
美鶴は5人の少年達に囲まれていた。少年達はそれぞれ年も背格好もばらばらだ。
率先して美鶴に食って掛かっている少年はどう見ても美鶴より年上の高学年だった。
「俺があんたよりサッカーうまかったのそんなに気に入らなかったのかよ。だったら練習してうまくなりゃいいだけの話だろ。・・・まったく頭の悪い奴ってのはお門違いの事をするよな」
相手は更に顔を赤くして震えだした。
ここは小さな森のある事で有名な公園の中だった。
美鶴はその中のめったに人の来ない昼でもちょっと薄暗い森の中に連れ込まれていた。
突き飛ばされ蹴飛ばされた為、泥のついた服をほろいながら美鶴は立ち上がる。
「俺に文句つけたいならせめてリフティングくらい完璧に出来るようになってからにしろよ」
周りの子達が止める間もなかった。相手は体ごとぶつけるように美鶴につかみかかるとしゃにむに殴り始める。
一緒にいた低学年の子は青い顔をして逃げていき、何人かの高学年と思われる子は最初戸惑っていたもののそのうち仲間の子の加勢をはじめ美鶴を押さえつけた。押さえつけられた美鶴は泣くどころか更にきつい目で相手を睨みつけ悪態をつく。
「ふざけんじゃねェよ!!ヒトゴロシのくせに!てめぇの親なんかサツジンシャじゃねェかっ!偉そうにすんじゃねえよ!」
「バカの一つ覚えみたいにそれしか言えないのかよ?!」
頭にすっかり血が昇った相手は近くにあった木の枝を持ち出し振りかざして美鶴に襲い掛かってきた。
その勢いにさすがに加勢をしていた少年達も泡を食い、美鶴から手を離して止めようとした時。
「おまわりさーん!!こっちで喧嘩してますよ!ほらっ!こっちこっち!!」
子供の叫ぶ声が聞こえてきた。ついで木々の向こうからガサガサと人がやってくる足音がした。
「え?やばっ・・・誰か来るぜ」
少年のうちの一人が顔を青くして他の少年達におたおたと呼びかける。
「も、もういいよ!行こうぜ。お、俺たちもう知らないからな!関係ないからなっ」
そういってクモの子を散らすようにあっという間に逃げていった。
一人だけ残った首謀者の少年も木の枝を投げ捨て口惜しそうに美鶴を睨むと捨て台詞をはいて去った。
「お前なんか親とおんなじに将来はサツジンキになるに決まってるからな!ヒトゴロシ!ヒトゴロシ!」
美鶴は近くの木に寄りかかりながらさすがにもうボロボロにやられた為、反論する気力もなく舌打ちしながらその言葉を聞くしかなかった。
「チッ・・・」
殴られた体のあちこちをさすりながら美鶴はうずくまっていた。すぐには立てそうもない。
夕暮れに差し掛かる寸前のやさしい風がひと筋流れてきて美鶴の頬を撫でる。不意に鼻の奥がツン、として来た。
誰が泣くか。誰が泣くもんか。あんな奴にいわれたくらいで誰が泣いてなどやるものか。
膝を抱え痛む箇所をさすりながら美鶴は切れた唇をかみ締め俯いていた。
「・・・だいじょうぶ?」
おそるおそると言った感じでその声は美鶴の頭の上から聞こえて来た。
不意にかけられた声に美鶴は反射的に顔を上げる。目の前にまるで子犬のようにくりくりとした大きな瞳があった。
一人の少年が膝に手を当てかがみながら美鶴を覗き込んでいた。
自分をじっと心配そうに見つめているその瞳を美鶴も思わずじっと見詰めてしまった。
「ね、だいじょうぶ?・・」
もう一度かけられた声に美鶴はやっとハッとする。そして目の前にいるのがどうやら自分と同じ小学生らしいと気付く。
でもすごく子供っぽい感じがするから自分より間違いなく年下だと美鶴は思った。
・・・てことは一年生か・・・一年に心配されてたまるかよ。
美鶴はわざと強ぶりながらそっけなく言った。「平気だよ。あっちいけよ」
少年は小首をカクンとかしげると大きな目を更に見開いてパチクリさせながら聞いてきた。
「でも・・・怪我してるよ」
「平気だって言ってるだろ。いいからあっち行けよ!」
追い払うように手を振りながらその手を押さえて美鶴は顔をしかめる。思ったよりダメージを受けた体が悲鳴をあげたのだ。
少年が心配そうにそっとしゃがんで美鶴の側によって来た。
美鶴は苦々しい顔をしてそっぽを向く。けれども向こうを向きながらボソッと呟いた。「・・・さっきの声・・・お前か?」
少年は顔を上げるとじっと美鶴を見つめた。そしてニッコリ微笑んだ。「うん!」
余計なことしやがってといおうとした美鶴はその笑顔に思わずカクンと肩の力が抜けてしまった。
そしてその笑顔がまるで合図だったかのように少年は堰を切ったようにしゃべり始めた。
「ぼく、伯父さんと来たんだけどね。一人ではしゃいでたらはぐれちゃってさ。それで森の中をうろうろしてたの。そしたらなんか喧嘩してるような声がたくさん聞こえてきて・・・こっち来てみたら君がボコボコやられてるんだもん!もう、ビックリしちゃった!!」
一気にそこまでしゃべり終わるとその少年はちょっと息をついた。そしてまたすぐにしゃべり出す。
「どうしよう、どうしようって思ったんだけど・・・その時伯父さんに言われたことを思い出したんだ。あのね。伯父さんこう言ってたの。
いいかい、もし悪い奴らに囲まれていじめられそうになったらこう叫べ!って・・・」
そして言葉を切りスゥゥーと息を吸い込み握りこぶしを作って大きな声で叫んだ。
「おまわりさーーん!!」
あまりの大声に美鶴は咄嗟に耳を塞いでしまった。少年は握りこぶしを解いてフゥ、と息をついた。
「・・・ってね。でもはじめてやってみたけど本とに効果あるんだね。よかったぁ!」
そして今度は満面の笑みを美鶴に向けた。
その笑顔を見たとき・・・その嬉しそうな微笑を見たとき・・美鶴はささくれ立っていた自分の心が・・・激しい悲しみと憤りを感じて凍っていた自分の心がサァッと溶けていくのを感じた。
そして知らず思わず・・・声を出していた。
「・・・ヘンな奴・・・」そして体の痛みも忘れて声を立てて笑った。笑っていた。
「ヘンな奴・・ははっ・・お前ってヘンな奴だな」
そうやって美鶴が笑っているのを見てその少年もえへへ、と笑い声を立てた。
「あはは・・ははっ」
二人はそうやってしばらく笑いあっていた。日が暮れ始め、風にその葉を静かに揺らしている森の木々だけが黙って包み込むように二人を見ていた。
・・・ああ、久しぶりだな。笑ったのなんて。
・・・誰かと笑いあったのなんて・・・久しぶりだなぁ。
傷ついた体を自分で包むように美鶴はそっと自分を抱きしめた。幸せそうに穏やかな顔で。
その後美鶴は少年にいつも母に持たされているんだというバンソウコウをあちこちに貼られた。そして本格的に暗くなって来た森を抜け公園の出口へと向かった。まだダメージが抜けていない為、時々顔をしかめて立ち止まる美鶴を少年は心配そうに見ていた。
「いたい?・・・だいじょうぶ?」
「何回聞けば気がすむんだよ。大丈夫だってば」
強がりながらも美鶴の足元は正直危なっかしい。もう辺りだって暗いのだ。少年は意を決したようにそしてちょっと恥ずかしそうに言った。
「・・ね、手・・つなごうよ」
そういって美鶴の目の前にそっと手を差し出した。美鶴は目をパチクリとさせた。
「はぁ?・・・」
「もう暗いし・・・手、つないでればもし転びそうになっても支えて上げれるし・・・ね?つなごう」
馬鹿言うな、と言おうとして美鶴は口をつぐんだ。少年の顔がものすごく真剣だったため反論するのが躊躇われたのだ。
まるで今ここで手をつながないと二人は永遠に離れ離れになってしまう・・・そんなのはダメだというような思いつめたような表情だった。
「・・・・」
美鶴は黙ってその手を取った。少年はホッとして顔をほころばせた。
そしてつないだその手に力を込めて嬉しそうに歩きはじめた。そしてふと立ち止まりしばらく首をかしげていたがクルリと美鶴の方を振り返り、今ごろ気付いたというように今度はオズオズと美鶴に尋ねた。
「・・・なまえ、なんていうの?」
その唐突な問いに美鶴はポカンとして次に吹き出した。「なんだよ。今ごろ。」
「聞いてなかったから・・・」
「今さらだろ」美鶴はそういって先に歩き始めようとしたがつないだ手がクン、と引かれた。美鶴はため息をついた。ああもう!
「・・・・ミツル・・ミツルだよ」照れくさそうに美鶴はポツリと答える。
「ミツル・・」少年は嬉しそうにその名前を復唱した。
「・・・おまえは?」ちら、と少年を見ながら美鶴は小声で尋ねた。
「僕はね・・えへへ・・僕もおんなじ『ル』がつくんだよ。・・・あのね」
はにかみながら嬉しそうに少年が話しはじめた時。
「美鶴!」
二人して声の方を向くと一人の少女がこちらに走ってくるのが見えた。「叔母さん・・・」
少女は息せき切って美鶴に近づくと肩をつかんで早口でまくし立てた。
「もう、何やってたのよ!何処行ってたのよ・・・・そのキズどうしたの?・・」
「なんでもない。転んだんだ」
「嘘おっしゃい!・・・転んでできるような傷じゃないじゃない・・・きみは?」
美鶴の手をつかんで離さない小さな少年がいることに「叔母」と呼ばれた少女は気づいた。
「・・・美鶴の友達?」
「違うよ・・・こいつは・・」
「あっ?もしかして君、オジサンとこの公園に来た子じゃないの?」
少女の言葉に美鶴の後ろに隠れるようにいたその少年はそっと顔を上げた。
「むこうで必死に小学生の男の子を探してるオジサンがいたのよ。ね?君そうでしよう?美鶴と同じ二年生って言ってたし・・・すごく心配してたわよ。すぐあっちにいるから急いでいった方がいいわよ」
少年は美鶴の顔を見た。どうしよう。いってもいいのだろうかと言う顔をしていた。美鶴はつないだその手をそっとほどくと言った。
「いけよ。・・・サンキュ」
少年は少しだけ悲しそうな顔をした。でもそう遠くなさそうな公園の出口近くから伯父の声らしきものが聞こえてきてそちらを振り返る。
「・・・・ル・・・ル」
その声は風にかき消されて良く聞こえなかった。
けれど伯父の声とその少年は確信したらしく声のほうに歩き始めた。
「ほら!早く行ったほうがいいわよ」
少年は肯きながらそれでも何度も何度も美鶴の方を振り返りそして・・・やがて、見えなくなった。
美鶴はその姿が見えなくなるまでじっと見ていた。そして本当に小さな声でポツリと呟いた。
「・・・ワタル・・」
「え?なに?今の子の名前?」
叔母の声に美鶴は我にかえって顔を上げる。驚いた顔で逆に叔母に聞き返していた。
「なに?いまオレなんか言った?」
「・・・違ったの?・・・まぁいいわ。とにかく帰るわよ」
叔母は美鶴の手を掴み歩き始めた。
美鶴は叔母と手をつなぎながら少年の手のぬくもりを思い出していた。
・・・アイツ。あったことある気がする。
・・・アイツ。また会うような気がする。
空には星が散らばり始めゆっくり歩く美鶴達を照らしていた。美鶴はその星々に向かいそっとまた呟いていた。
・・・ワタル・・・
まだ知るはずのない名前を。これから知るはずのその名前を・・・そっと呟いていた。
手をつなごう 手をつなごう
そうすれば離れないですむよ。
寂しくても辛くても つないだ手はあったかいでしょう
たとえ離れていても つないだその手に
きっと ぬくもりは残っているでしょう・・・
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