今年最後の小説になります。カウントダウン小説。タイトルはまたもや大好きな4コマ漫画「らい○デイズ」よりそのまんま貰ってしまいました。(すみません!)
今年最後に君の声
もう後、半日もしないうちに今年も終わる。
その後数時間の今日。今年最後の一日に。芦川美鶴は今年最大の不運を感じていた。
思えばクリスマスを過ぎてからは何やかにやとバタバタしてろくに亘と連絡をとっていなかった。
ドタバタの原因の大半は美鶴の叔母の気まぐれの為だった。
やれ、スキーに行こうだとかやっぱり温泉にしようだとか土壇場まで正月休みをどう使うかをあれこれ思案していたのである。
美鶴達はそれに振り回された挙句、結局今時期からはどこも予約なんか取れないということがわかり何時も通り祖父母のうちに行く事になると決まったのは昨日の事だ。
そのための切符の手配などを叔母に代わってこのギリギリの時期に美鶴がやっていた為亘に連絡を取るどころではなかった。
そして今日である。
それでも最後の最後に連絡が取れればいいと思っていたのだ。
そう。さっきまでは。
「亘くんね。お正月の間、千葉の伯父さんのところに行くんだって。今さっき挨拶にきたわよ」
「・・・・・・」
買い物を頼まれ自分のマンションに戻ったとたん叔母が美鶴にそう告げた。
「お母さんは自分の実家に行ったらしいんだけど。亘くんは伯父さんのとこで過ごすんだって。
ええ?いまから一人で行くの大変ねって言ったらなんかお母さんを少しでも休ませてあげたいから急に決めたんですって。伯父さんも来いって言ってくれてるしって。」
亘がお世話になりましたと持ってきたらしい手作りのクッキーを頬張りながら叔母は続けた。
「いい子よね~!亘くん!うらやましいわ。亘くんのお母さん!」
「・・・続きを話せよ」
叔母はわざとらしいため息をつきながら言った。
「最後に美鶴に会いたかったけど残念ですって。よろしく言ってくれって。向こうについたら連絡するって言ってたわよ」
「・・・何時に向こうにつくんだ?」
「んー?確か・・・夜中になるって言ってたかな・・だから連絡よこすとしても明日じゃない?」
美鶴はしらずに声に出していた。
「・・じゃあ・・今年が終わっちゃうじゃないか・・・」
「え?」
「亘は何時頃来たんだ?」
「美鶴が買い物に出てすぐだから一時間くらい前かな?そのまま駅にいくって言ってたから」
「それを早く言えよっ!」
美鶴は舌打ちした。もう一時間も経っているなら駅に行ったところでもう亘は列車の中だろう。
亘のは母もう自分の実家に行ってると言ったので連絡先をもう聞くことはできない。
いくら仲のいい小村だって伯父の家の連絡先まで知らないだろう。
つまりそうなると文字通り亘が伯父さんのうちについて自分から連絡をよこすまで美鶴からは連絡のつけようがないという事だった。
それはつまり・・・
美鶴はしばらく何か思いつめたように考え込んでいたがハッと顔を上げるとコートとマフラーを持って外に飛び出していった。
「美鶴っ?」
ビックリした叔母の声が後ろから聞こえた。
ガタンがタンと列車に揺られながら亘はボンヤリと窓の外の景色を見ていた。
夜の闇に所々町の明かりが浮かび上がりキラキラと瞬いている。もう後少しで目的の駅につく。
亘はさすがに眠くなってきた目をこすりながらあくびをした。
何せ急に決めた事だったので出発の準備もあわただしかったしやっと取れた列車の時間は向こうに真夜中につく時間帯の切符しかなかった。
そこまで無理していかなくていい、と亘のは母言ったけれど正月休みくらい母をゆっくり休ませて上げたかったしルゥ伯父さんやおばぁちゃんにも会いたかったのは本当だからそれは別によかった。
ただ・・・
(美鶴には会えないできちゃったなぁ・・・)
頬杖をつき外を見ながら亘はちょっとため息をつく。駅に行く前に美鶴のマンションを訪ねて会って事の次第を話してそして来年もよろしく、と挨拶してこちらに来る予定でいた。だが予定という物は往々にしてそのとおりに行ってくれない物なのだ。
美鶴は買い物に出かけていなくて自分はもう列車の時間が迫っていた。
(今年最後に会いたかったんだけど・・・仕方ないよね・・)
向こうについたらすぐ連絡すればいい。亘はそう思って気を取り直した。
真夜中のもう後20分ほどで今年が終わるという時間に亘は目的の駅に着いた。
ルゥ伯父さんが迎えにきているはずなのだが見当たらない。
亘は駅のベンチに腰掛けて伯父さんを待つことにした。
真夜中だというのに駅にはたくさんの人がまだごった返していた。それぞれ家族連れ立ったりカップルだったり、どこへ向かうのかわからないけれど今年の最後の最後の一瞬を自分にとって大切な人と過ごすのだと亘は思った。
ふと目の前を見るといまはもうほとんど見かけなくなってきた緑色の公衆電話があった。
「・・・・・」
亘は時計を見た。後10分ほどで今年が終わる。
(美鶴に・・・かけてみようかな・・)
公衆電話の前に立ちながら少し考え込む。
迷惑かな・・もう寝ちゃったかな・・わざわざこんな時間にかけなくても明日でもいいかなぁ・・
悩みながら受話器に手を伸ばそうとして次の瞬間。亘は驚きのあまり心臓が口から飛び出すかと思った。
ジリリリン!
目の前の公衆電話が鳴ったのだ。亘は大きく目を見開いた。公衆電話が鳴ってるとこなんて映画やTVでは観たことあるけど実際に見たのは初めてだった。周りの人も何事だろうとこっちを見ている。
ジリリリン!ジリリリン!ジリリリン!
(あ・・・?)
考えるより先に手が動いていた。鳴り続ける公衆電話を見ながら何か予感がした。
亘に呼びかけているような訴えかけているようなその音色に亘は受話器をとって耳に当てていた。
「・・・・亘?」
一瞬の間の後、聞こえてきたのは美鶴の声だった。亘は目を瞬かせながらしばらく言葉が出てこない。
「み、つる?・・・・」
そして次の瞬間には言葉が弾丸のようにあらわれ次々と美鶴に驚きの質問をしていた。
「え?・・えええーー?!!なななんでっ?!・・どうしてっ?どうやって?どっからかけてるの?美鶴っ!!」
「・・・落ち着けよ。全部話してたら長くなるから。いま駅にいるんだろ?」
「う、うん」
「伯父さんは?一緒じゃないのか?」
「まだ迎えに来てないんだ」
「そうか」
そこで美鶴が少しホッと息をついたのが亘にはわかった。
「急にそっち行くって聞いたから・・・」
「・・うん。ごめん。美鶴に会って話してから行くつもりだったんだけど・・・」
「仕方ないよ」
「うん・・・」
少しの沈黙。受話器の向こうで美鶴がゆっくりと息を吸い込み話し始めた。
「亘・・・」
「うん?」
「今年は・・・その・・いろいろ・・ありがとう・・・」
亘は思わず受話器を耳に思い切り当てる。照れくさそうな・・ちょっと躊躇いがちな・・・美鶴の優しい声を・・聞き逃さないように。
「美鶴・・・」
「どうしても・・・それだけ・・今年中に言いたかったんだ」
そのために?それだけのために?どういう手段を使ったのか亘には見当もつかなかったけれどただ今年中に自分にその言葉を伝えたい為だけに美鶴はいま電話をくれたのか。
「うん・・・」
亘の頬に暖かい滴が一粒転がり落ちる。嬉しかった。今年最後の最後で・・・こんな嬉しい言葉が聞けるなんて思ってなかった。
「亘・・?・・だいじょぶ?・・どした?」
黙り込んだ亘に美鶴は心配そうに声をかける。亘は微笑むと元気よく言った。
「大丈夫だよ!美鶴、聞こえる?ホラ!」亘は受話器を外に向け、周りの声を美鶴に聞かせた。
残すところ今年もいよいよ後数十秒となっていた。駅にいた誰かから何時の間にかカウントダウンの声があがりそれが回りの人達にも伝染して駅の時計を見ながらみなで数字を大合唱している。
亘も一緒に声を合わせた。
「・・3」
「・・2」
「1!!」
時計の長針と短針が合わさり大きな音色で新年がきた事を告げる。喚声と共にあちこちでおめでとう!ハッピーニューイヤー!と叫ぶ声が聞こえた。新しい年が始まったのだ。
亘は再び受話器を耳に当てると静かに告げた。
「明けましておめでとう。美鶴」
受話器の向こうで美鶴が微笑むのがわかった。
「明けましておめでとう。亘」
「今年も・・・」二人の声が重なった。囁きあう言葉が同じ響きを奏でる。
想いが言葉がシンクロして目の前に例え相手がいなくても今、自分達は共にいるのだと感じた。
・・・よろしく・・・
「じゃあな・・」
「うん」
亘はそっと受話器を置いた。振り向くとルゥ伯父さんが慌てながらこっちに向かってくるのが見えた。
「伯父さん!」
亘は満面の笑顔で手を振った。
カチャン。
受話器を置いて悴んだ手に白い息を吐きかけながら美鶴は電話ボックスから出てきた。
美鶴は家を飛び出した後、何とか今年中に亘に連絡をとるべくあらゆる手段を検討していたのだ。
そして亘が目的の駅に着く時間が判明した段階でひとつの賭けに出ることにした。
─その駅の公衆電話に電話をかける─
その側に亘がいるかなんてわからない。いたって出てくれるかなんてわからない。
それでも美鶴はその手段に賭けた。もう思いつく方法はそれしかなかったから。
正直小学生がそんな裏わざ使っていいのか?という方法で駅の公衆電話の番号を割り出すと祈る気持ちで電話をかけた。
幻界では運命の女神に見離された美鶴もどうやら現世の運命の女神は味方してくれたらしい。
亘の声を聞いたとき。良かったという想いと、やっぱりという想いが交差した。
ああ・・・やっぱり・・
やっぱり・・・自分の想いが向く方に・・亘はいてくれるのだ、と。
すっかり冷え切った体を自分でさすりながらそれでも微笑みながら美鶴はそっと呟く。
「・・ありがとう・・これからも・・よろしく・・」
今年だけじゃなく・・また来年も・・そしてそのまた来年もずっとずっとずっと・・・
もう今年が終わるというその瞬間には電話しよう。
そして声を聞こう。
必ず君の声を聞こう・・・
・・どうぞ君の一年が大切な人の微笑と共にはじまりますように。・・・Happy New Year!!
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