Best Friend「芦川美鶴」
「はい」
中学の制服を来た美鶴が、壇上にあがって卒業証書を受け取る。
呼ばれるのはアイウエオ順なので、卒業生の全生徒の中で一番目だ。
受け取って振り返りざま、美鶴が密かに亘の方に目配せをしたのに気づいて亘は少しこそばゆい気分になる。
自分の番が来て呼ばれて壇上に上がって、亘は緊張しながらも父母席を見渡せば、真正面の席に母と美鶴の叔母が見えた。
二人とも目元にハンカチを当てていて、───と、いうよりも叔母の方はすでに顔中涙でグシャグシャにしており───亘は思わず苦笑してしまった。
在校生の席を見るとこっそり自分に向かって手を振っているアヤがいた。
亘は瞬きする事でそれに答えながら、ゆっくり自分の席に戻る。
椅子に腰掛けた瞬間、ああ、小学校を卒業するんだなと急に実感が湧いて来た。
「女子はけっこう泣いてるね」
式が終了して、クラスでの最後の挨拶をして在校生に見送られながら玄関を出て。
女の子達は泣きながらグループで写真を取り合ったり、メルアドを交換したりしていた。
「たってよー。同じ中学に行く奴も多いし、会おうと思えば何時だって会えるじゃん?女は大げさだよなー」
「カッちゃんはあっさりしすぎなんだよ」
「だって、本当じゃん!実際俺も亘もまた中学も一緒だしよ。余計なことに芦川もさ。アイツ、宮原よりも頭良いくせに何で私立行かなかったんだよー」
「宮原とは離れちゃうね・・・」
「宮原が一緒の方がまだ良かったぜ」
カッちゃんはわざとらしく、あ~あとため息をつく。その実目は笑っているので、実際のところはそれほど嫌がっていないのがわかる。
「悪かったな」
「おわっ!芦川!いつのまに」
女子につかまって写真攻めに会っていた美鶴が、やっとの事で解放されて傍に来ていた。
カッちゃんはごまかすように笑いながら、ポンポンと卒業証書で肩を叩きながら言った。
「まあ、これからもよろしく頼むぜって事だよ。気にすんな」
「さっきの話がどうやったらそう言う解釈になるんだ。言って見ろ」
「美鶴。叔母さんは?」
カッちゃんに軽い足蹴りを食らわせながら美鶴は亘を振り返る。
「化粧が落ちてとてもじゃないけど亘には見せられないから、先に帰るそうだ」
「あはは。叔母さんスッゴク泣いてたもんね」
「ついては邦子お母さんを借りるとの事だ。二人でどこかで今日の感動を語り合うとか言ってた」
亘は吹き出した。大方、お母さんだって化粧が崩れた顔を美鶴やカッちゃんに見られたくないのだろう。そこまで嬉し泣きするほどのものなんだろうかと、正直思うけれど自分達の成長を喜んでくれているのは単純に嬉しかった。
「そっかー・・・じゃあ、どうしよ。二人とも僕んちにでも来る?」
「いや、俺は帰るぜ。かあちゃんが赤飯作ってくれてんだ」
「そうなんだ。わかった。じゃあ、カッちゃんまたね!」
「おう!またな!」
走っていくカッちゃんを見送りながら美鶴が言った。
「宮原は?」
「玄関を出た途端、迎えに来ていた大勢のチビちゃんに連れ去られて行ったよ。お祝いにご飯食べに行くんだってさ」
「感慨も何もあったもんじゃないな。俺らの保護者は自分たちで好きにやってるし」
「いいじゃん。二人でのんびり帰ろうよ」
まだ騒ぎ合っているクラスメイトを後にして、二人は歩き始める。
亘は校舎を振り返った。もうこの先ここに美鶴と来る事は無い。
美鶴とは5年の中からしか過ごさなかった場所だけど、なんだか一番多くの時間を共にしたような感じがする。
「亘?」
歩みを止めてジッと学校を見ている亘に、美鶴が声をかけた。
「ここだったんだよね」
「え?」
亘がゆっくり顔を美鶴の方に戻すと、真っ直ぐ視線を投げかけながら呟くように言った。
「また、美鶴と会えたの」
その言葉に美鶴が震わせるように瞳を瞬かせた。亘の言った言葉が何を意味するかすぐに理解して静かに肯く。亘は微笑んで続けた。
「・・・僕にとっては大切な場所だよ」
美鶴はまた歩き始めた亘に自分も歩調を合わせると、自分の肩と亘の肩をそっと触れ合わせる。
そして亘にしか聞こえないような小さな声で呟いた。
「俺にとっても大切な場所だ」
意外そうに自分を見返す亘に、美鶴は少しだけ照れくさそうに言った。
「亘の笑顔を何度も何度も見れた場所だ」
美鶴のその言葉に亘は不意に胸が熱くなる。
共に過ごした時が。今まで共に過ごした時間が体の中を駆け巡る。
「あれ・・・?」
「・・・・何、今ごろ泣いてんだ」
「だ、だって・・・だって!・・・・美鶴がっ・・そんな、こと言うから・・・」
もう、戻らない時間。思い出に変わる時間。時は過ぎていく。
でも、無条件に笑えた時。無条件に微笑み合えた場所。
───そこに残る想いはきっとずっとそこから消えない。
「忘れないんだ」
いつか亘の手を取り、優しく握り締めながら美鶴は囁くように言った。
「うん・・・」
何を、と聞かなくても美鶴のその一言が何を言いたいのか、亘は繋ぐ手のひらから伝わるような気がした。
(僕達の時間。僕らのすごした瞬間─とき─・・・笑いあった時間)
「忘れないんだ」
美鶴はもう1度繰り返す。
亘は美鶴の手をそっと握り返した。
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