今夜はハッピーラッキー!〈後編〉
「亘・・・可愛い」
「わたるせんせー・・・かわいいっっ!!」
少しだけ理性の戻った美鶴が呟くのと同時に、トオルが飛び出してきて亘に思い切り抱きついた。
続いて我にかえった女性保育士が一斉に黄色い声を上げ、亘をとり囲んだ。
託児所内は一瞬で、なにやらピンクのトキメキがかった異空間と化してしまった。
「やだ~。亘くん可愛い、似合ってるーー!!似合いすぎーー!!」
「ウンウン。その辺によくいるバイトのサンタギャルなんか目じゃないわ!!すっごくすっごく可愛いーー!」
きゃあきゃあと取り囲まれ、トオルに抱きつかれながら亘はもう、どうしたらいいのか半泣きになっていた。
着替えながら亘自身も何かおかしいなぁと思ったのだが、宮原の貸してくれるものがヘンなものな訳ないしなぁ・・・と、とりあえず最後まで着てみたのだ。着てみてしまったのだ。
それがまさか・・・・・何がどうしてミニスカーーーーーー?!
本泣きになりそうなのを亘が必死に堪えていると、自分にしがみついて喜んでいたトオルがグイッと引っ張られ引き剥がされた。美鶴がトオルの襟首を掴んで持ち上げると、その場の雰囲気を一時で落ち着かせるような、抜群の美声を出して言った。
「とりあえず、クリスマスを進めませんか?プレゼントを待っている子供たちが可哀想です」
その一言でハッとした女性保育士たちは、恥かしそうに再び我に返ると慌てながら子供たちの元に戻る。
「そ、そうよね。亘くん、じゃあプレゼントを配ってくれる?こっちにあるから」
「え・・え?こ、このままでですか?」
「いいじゃない!!サンタに変わりはないんだし。抜群に可愛いんだから!」
拳を握りこんで力説する女性保育士の勢いに押されて、亘は泣く泣くミニスカサンタの姿で子供たちにプレゼントを配る事となった。子供たちは大喜びでプレゼントを受け取っていく。いまだ美鶴に襟首をつかまれていたトオルは暴れながら叫んだ。
「いいかげん離せよっ!わたるせんせいからプレゼント貰うんだ!」
美鶴がパッと手を離す。勢い込んでいたトオルはその場にゴン!と、転んだがすぐに立ち上がると、美鶴を睨みつけながら言った。
「ふーんだ!どうせ、お前なんかプレゼント貰えないんだろ?サンタさんはいい子にしかプレゼントくれないんだからな!」
「・・・・物のプレゼントなんかより、欲しいと思うものが大人になるとあるんだよ。お前みたいなガキに言ってもわからないだろうけどな」
何言ってんだ、という顔をしてトオルは美鶴にアカンベをすると、亘の方へ駆けて行く。
トオルはプレゼントを受け取ると同時に、またまたピョンと亘に抱きついてその頬にチュッとキスをした。亘が真っ赤になって恐る恐るミツルのほうを見たが、美鶴は平静に腕を組みながら黙ってこちらを見ていた。その後もどんなにトオルがベタベタして来ても、美鶴は何も言わずにひたすらおとなしかった。
ようやく一通りのことが終わり、子供たちはそれぞれ親が迎えに来て帰っていった。トオルは最後の最後まで亘にくっついていたが最後は力尽きて寝てしまい、迎えに来た父にそのまま連れて行かれた。
スタッフ一同が息をつきながら、それでも浮き足立ってさぁ!じゃあこれからは大人の打ち上げでもはじめようと、亘たちにも張り切って声をかけてくる。
「亘くん!お疲れ様!今日は本当にありがとう。これから保育士みんなでちょっと打ち上げするけど是非、美鶴くんと一緒に参加して!」
「あ、はい。え、と・・じゃあ、まず着替えま・・」
「申し訳ないんですが、今日はこれから家族でクリスマスをするのでここで失礼します」
美鶴がそう言うと、亘の腕を掴んで電光石火の勢いで引っ張っていく。
亘は目をパチクリさせてあまりの素早さに挨拶する間もなく、ポカンとしている託児所の人たちの小さくなっていく姿を見ていた。
気がつけば自分を引っ張りながら、ずんずん外を歩いていく美鶴に慌てて声をかける。
「ちょ・・ちょっと、美鶴?ど、どうしたのさ?待ってよ。このまま帰れる訳ないだろっ?!
どこかで着替えないと・・・!美鶴、美鶴ってば?!」
美鶴はまだ無言のまま、亘の方を見ずに足早に歩いていた。
───そう。美鶴はもう気がついていた。
今夜のことは全て、宮原が仕組んだトラップだ。
おそらく宮原の中には初めから、アヤとイルミネーションを見に行く計画が組み込まれてたに違いない。その邪魔をさせない為に亘のミニスカサンタを仕込んだに違いないのだ!
亘のミニスカサンタ姿プラス5歳幼児トオルの妨害があるとすれば、美鶴だって早々素早く立ち回ることは困難だ。宮原はそこまで考えて、わざとサンタの衣装を用意していたに違いないのだ。
思惑にはまって、アヤに手を出されてたまるかっ!!!
美鶴はそれに気づいたからこそ、己の理性を奮い立たせて無駄な時間が過ぎないようにジッと我慢したのだ。ここで暴れて帰りが遅くなれば宮原の思う壺だ。
今からなら少なくても急いで追いかければ、宮原とアヤがイルミネーションを見ているところにぶち当たる事が出来る筈だ。
・・・・・・おのれ、宮原・・・どうしてくれようか!!
聖夜に相応しくないどす黒い雲を撒き散らしながら、美鶴が更にスピードを上げると亘が小さく悲鳴を上げた。
「イタッ・・!美鶴、そんなに手、引っ張ったら痛いってば!・・・・バカッ!」
背中を軽く叩かれて美鶴が仕方なさそうにようやく足を止めた。振り返ると目尻を手の甲でコシコシやりながら、亘が悲しそうに俯いていた。美鶴は目を瞬く。
「亘・・」
「・・・何、怒ってるのさ?・・何にも言わないし、僕の言う事も聞かないでどんどん引っ張ってくし。・・・いやだよ」
亘は俯いていた顔を上げる。目尻をこすっていた手の甲にかすかに光る雫が見えた。
とっくに日は落ちてきていて、街灯がなければ月明かりでしか相手の顔を見れない中、白い吐息を吐きながら、半分濡れている瞳を上目遣いにして頬を上気させた赤いサンタ姿の亘の上に、チラリと白い雪が舞い落ちて来た。
・・・・・・・これは何の演出効果なのだろうか。
「ごめん・・・つい、アヤのことが気がかりで・・」
「・・・それは、わかるけど・・でも」
亘は潤んだままの瞳で真っ直ぐ美鶴を見つめると、消え入るような小さな声でポツリと呟く。
「そんな怖い美鶴・・・やだ・・・・」
美鶴は最大限の努力を払って奮い立たせていた自分の理性が、今まさに淡雪の如く溶けて消えていくのがわかった。
「・・・あっ?」
掴まれていた手をいきなりグイ、と引かれて亘はバランスを崩し、そのまま美鶴の腕の中に倒れこむ。
そして背中に手を回されたかと思うと、強い力でそのままギュッと抱きしめられた。亘は突然の行為に、驚いて大きく目を見開く。
街灯のあまり無い人気のない道を歩いていたとはいえ、すぐ向こうの通りに行けばたくさんの人がひしめいているというのに。
抗議しようと顔を上げればもう、すぐ吐息のかかる距離に美鶴の熱を帯びた瞳があった。亘の鼓動がドクン!と、大きく跳ねる。
「え・・・」
美鶴の熱い唇がそっと額に降りて来た。そして瞳を閉じる間もなく、その唇は亘の顔のあちこちにその熱を落としていく。
「わ、わ・・・!!」
時折舞い落ちてくる雪の冷たさと、美鶴の唇の熱さとが交互に亘を襲って亘は一気に何が何だかわからなくなる。顎をつかまれ、自分の唇に美鶴の唇が触れそうになった瞬間我にかえって、慌てて美鶴を押し止めた。
「や、やだ・・・!ダダダメッ!!」
「・・・亘」
「だ、だってだって・・・こ、ここ、そそそ外だし・・っ!こここんなヘンなカッコだし・・・や、やだよ!」
「ヘンじゃない。・・・可愛い」
「・・・バ、バババカ!何いってんのさ?そんな訳無いだろ・・!」
「本当だ。可愛い。・・・かわいいかわいいかわいい・・・」
「みつ・・・」
耳元で呪文のように何度も何度も熱く囁かれて、亘は今度こそ本当に身動きが取れなくなってしまった。美鶴は顎に軽くキスを落とすと、亘をジッと見て静かに告げる。
「・・・好きだ」
その言葉と同時に亘は自分の吐息が奪われたのがわかる。瞬きをする間もなく、唇からその暖かさが自分の全てを包んだのがわかる。ゆっくりと。優しく。でも苦しいくらいの激しさで。
───噛むように食むように甘く甘く。・・・・・何度も何度も。
「ん・・ふ、あ・・・」
長いキスに苦しくなり亘が息をつごうとして口を開くと、そのまま熱い舌を入れられ絡められた。亘がビクッと身を竦ませる。
美鶴は更に深く深く舌を絡めると同時に、亘の後頭部と背中にきつく手を回して来てお互いの体を密着させる。お互いの心音も体温も重なりすぎて、どんどん熱くなっていく体はもう、どちらがどちらのものなのかもわからない。
舞い散る白くて冷たい雪の欠片だけが、時折ほてった頬に落ちてきてその瞬間、我に帰るだけだった。
「は・・・」
目尻にうっすら涙を浮かべた亘は、すっかり全身から力が抜けてしまい、美鶴が支えていなければもう立っている事も出来なかった。
「美・・鶴の・・・バカ・・」
「ごめん。我慢できなかった・・」
顔を上気させ、息を上げながら美鶴の肩にすがり付いてそれでもかすかな声で抗議してくる亘を、美鶴は苦笑しながらそっと抱きしめる。
そして次の瞬間、美鶴はそれが幻聴かと疑ってしまったほど、いまだかつて亘の口から聞いたことの無い言葉を聞いて、思わず固まってしまった。
「・・・美鶴・・あ、あの・・・え、と・・あの、今日・・・お母さんいない・・」
美鶴の肩に顔を埋めたまま、それでも耳とうなじを真っ赤に染めながら亘はやっとの事で美鶴の耳元で囁いた。
「・・だ、から・・あの、来ても二人だけ・・・だから・・・だから」
亘は意を決したように顔を上げると、泣きそうなくらい切なそうな瞳で美鶴を見つめながら乞うように告げる。美鶴はその瞳から目を離せないまま、自分の体温が急上昇していくのを感じた。
「・・・僕の、部屋に・・・来て・・?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クリスマスマジック・・・・・?!
いまだ嘗て、亘からこんな風にお誘いの言葉をかけられたことがあっただろうか。いや、ない!!と、思わず自分で反語突っ込みをしてしまうほど、美鶴は驚愕してしまった。
これまでそう言った事と云えば(どういう事)美鶴から、亘を何とかかんとかその気にさせてでしか、──まあ、早い話亘からのお許しが無ければ絶対不可能な行為だったからだ。
でも今、目の前にいて恥かしそうに真っ赤になって俯いている亘はどう見てもこう見てもその気!でしょう。
「わっ?!」
「すぐ、帰ろう!!」
美鶴は亘の手を引くと、韋駄天の如く駆け出しはじめた。こんな滅多にあるかないかの大チャンスを、棒に振るほど美鶴だってバカではない。いつ亘の気が変わるかも判らないのだからと、ものすごい勢いで帰りを急ぎはじめた。
「み、美鶴・・!!そんな、急がなくたって。・・・そ、それにアヤちゃんはいいの?」
亘のその問いかけに美鶴の動きがピタリと止まる。
あまりのラッキーチャンスに思わず忘れていたが、そういえばアヤはいまだ宮原と一緒のはずなのだ。
美鶴は思い切り舌打ちをするとイライラとした感じで、自分のケータイを出して素早く開くとまずアヤのケータイにかけた。
予想通りと言うべきか、ふざけるな!というべきか、繋がらない。美鶴は次に自宅にかける。すぐに叔母が出て、アヤはまだ帰ってきていないことを、どちらかというと楽しそうに美鶴に告げた。
───・・・・・・宮原ぁぁぁぁっっっ・・・・・!!!!!!
滅多にあるかないかの大チャンスとこれ以上ないくらいの危機感のせめぎ合い。
正直どちらを取るか、さすがの美鶴も即断できないほど自分にとっては重要問題だった。
美鶴は大きく息を吐くと再び、亘の手を取ってさっきよりは落ち着いた足取りで、それでもかなりの早足で急ぎながら亘に言った。
「亘。今日おばさんいないんなら、いますぐに自分のうちに帰らなくても大丈夫だよな?」
「え?う、うん。ちゃんと戸締りはしてるし。別に平気だけど」
「だったら俺が帰るまで俺のうちで待っててくれ」
「え?・・・美鶴ンちで・・?」
「そう。その格好のまま待ってて」
「・・・わかった、って・・はぁっっ?!ええええ?な、なんで?やだよ!!」
「ダメだ。必ずその格好で待ってて」
なおも抗議しようとする亘の声に美鶴はその後一切耳を貸さず、自分の家まで送り届けると叔母にミニスカサンタ亘を託してアヤたちのいる場へと急いだ。
叔母には亘を着替えさせるなという事をしつこいくらい厳重に言ったので、───と、いうか亘に関してのマニア振りは叔母もある意味美鶴に負けず劣らずなので、亘の姿を見てキャアキャアはしゃいでいたあの様子を見れば、大丈夫だろう。
そうなのだ。下手に亘に先に自分のうちに帰られて、あの一年に一度見られるか見られないかの可愛い姿を解除されてたまるものか!しかも滅多にない「亘のその気」オプション付だというのに!!
宮原への怒りが更にボルテージアップしていくのを、美鶴は感じながら目的地に着いた。
けれど・・・結果的にその例のイルミネーションのある所で美鶴は、アヤと宮原をみつける事は出来なかった。
すれ違いが起きないように美鶴はかなり慎重に目端を利かせて歩いて来た。行くのも帰るのも通る道はひとつしかない場所なので、見逃さない限り見つけられないという事は在り得ないはずだった。
・・・・それなのに見つけられない。
まさか宮原の奴・・・イルミネーションまでもがトラップで、もっと怪しげな場所にアヤを連れて行った訳じゃないだろうな・・・・?!
華やかなイルミネーションと幸せそうなカップルがひしめく中で、どう考えてもその場に相応しくないブラックビッグバンを爆発させそうになっている美鶴に寸でのところで、ケータイの着信音がなった。
開くと亘からメールが届いていた。その内容に美鶴は愕然とする。
───美鶴、アヤちゃん家にいるよ?
「もう、お兄ちゃんたら!宮原くんがそんなヘンなことする訳ないでしょっ?!確かにイルミネーションは見に行ったけど・・・門限もちょっと過ぎちゃったけど・・・。6時にはもう、ちゃんと宮原くんが送ってくれて家に着いてたんだから!!」
美鶴の顔を見るなり、即行お説教口調でそう窘めてくるアヤの姿を見て美鶴はホッとすると同時に、口をポカンと開けて叔母を振り返り、睨みつける。叔母はそれを軽く受け流し、微笑みながらさらりと言った。
「だって、あんた家に着くなり亘くんの事だけ人にお願いしてサッサと行っちゃったじゃないの?
私、あの時点でアヤが帰ってきてないなんて一言もいってないわよ?」
「・・・・謀ったな?」
なおも睨みつけてくる美鶴に、叔母は更に悠然とした微笑を浮かべると少女のように楽しそうにキッパリ言った。
「だって私、宮原くんも実は気に入ってるんだもん!」
・・・・・要するに今回、美鶴は完璧に宮原(プラス叔母)にしてやられたのだ。怒りの矛先をどこに向ければいいのかわからず、いまいましい思いを美鶴がかみ締めていると──
「まぁ、あんたもこれを機に少しはシスコンを卒業しなさい。ハイ!それじゃこれに着替えて」
「・・・なんだよ?」
「アヤや亘くんを騒がせた罰として今夜はあんたがサンタ役をして私たちをもてなしなさい!
大体アヤの門限をそんなに早くするんなら今日、やったってよかったじゃない?まぁ、邦子さんは明日じゃないとダメだったからいいけど。予行演習ね」
「ふざけるなよ!俺は今から亘のうちに・・・・」
「え?亘くん、きっともう今日帰れないと思うわよ?」
叔母が指差す方をババッと振り返れば、手にシャンパングラスを持って顔を真っ赤に染め、目の焦点が合わなくなっている亘が居た。美鶴が慌てて駆け寄っていく。
「相変わらず、亘くんお酒弱いわよね~。シャンパン何口かで酔っちゃった」
「高校生にアルコールを飲ませるなって、言ってるだろっっ?!・・・亘っ!オイッっ!!」
「・・・あ、美鶴だ~・・・お帰りー!・・・じゃ、僕ンちいこ・・・か?」
バッタン!!
すっかり出来上がった赤い顔で、美鶴を見て手を伸ばしてきたと思ったら、亘はそのままソファの上に倒れこむ。次いですぐにスヤスヤと安らかな寝息を立てはじめた。
・・・・・可愛い可愛いミニスカサンタは完璧完全熟睡です。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ホラホラ!じゃ美鶴、着替えて着替えて!!会社のビンゴで当って亘くんに絶対着せようと思ってたら、亘くんたらもう着てるんだもん。それならせっかくだし、あんたにも着せてペアで写メ撮って皆に見せびらかそうと思って!」
そう言って叔母が嬉々として美鶴の手に渡して来たサンタの衣装が、どういうものなのかチラリとそれを一目見て察した美鶴はこれ以上ないくらいやりきれない叫びを上げ、それは聖夜に高く木霊した。
「ふざけるなぁっーーーーーーー!!!どいつもこいつもいいかげんにしろ!滅多にない俺のラッキーチャンスを返せっっっーーー!!!」
波乱万丈クリスマスイブの夜は厳かに更けて行きます。
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