今夜はハッピーラッキー!〈前編〉
元来、クリスマスというものは厳かにやるべきものなのだから、どんちゃん騒ぎは良くない。
ただ、一年の中で特別で自分にとっての一番大切な人と過ごす日だというのは、その通りだと思うのでそういう意味では大切にしたい。
それにプレゼントを上げたりして、大好きな人の喜ぶ顔は見たいから。嬉しそうな楽しそうな顔は見たいから。
だから、亘と美鶴のクリスマスは大抵がどちらかの家に両方の家族が揃って、皆でケーキやチキンを食べたりして、その後プレゼントを交換したりするという、割合おとなしめで素朴なものだった。
でも、それでもアヤあたりは大勢が集まるのが嬉しいらしくて、クリスマスまでの間、叔母さんにはプレゼントを何にしよう、亘お兄ちゃんと邦子お母さんには何がいいだろうと、それはもう人生の一大事のようなはしゃぎ方をするので、美鶴はいつもそのテンションにしばらくつき合わされるのに苦労する。
「毎年、毎年そんなに凝らなくたっていいだろ?」
「お兄ちゃんたら!!毎年ただ一度の日のことだから、真剣に考えなきゃいけないんじゃない!
一年分の気持ちをこめなきゃいけないのよ?」
美鶴はどう考えたって、この店は俺がこうして一緒にくるべき店じゃないし、プレゼントをここで用意してもらうのは正直勘弁してくれ!という、キラキラフワフワピカピカした店内を見渡しながら密かにため息をついた。
「え、と・・・どうしよどうしよ。決めた!亘お兄ちゃんにはこれで・・・叔母さんにはこれで、邦子お母さんはこれで・・・」
アヤの小さな手に抱えきれなくなってくる荷物を、美鶴は横から半分持ってやる。アヤがこれはダメ!と言って自分で持った方の荷物に、どうやら美鶴のプレゼントも混じっているようだ。チラリとしか見えなかったが予想通り、それはどう考えても高校生男子が持つにはいかがなものか、という代物だった。
「何時もより一つ多いんじゃないか?」
素早く隠したものの、アヤが何時もの年より多くプレゼントを用意している事に、目ざとく気づいた美鶴が問い掛ける。アヤが少しだけ困った顔でそれでもほのかに頬を染めながら、俯きポツリと呟いた。
「え・・あ、え、と・・宮原くんの・・・」
可憐な恋する少女が瞳を潤ませ、想い人の為にバックに花を散らしている横で、思い切りどす黒い暗黒星雲を背負っている美形青年がおりました。
「じゃあ、今回はアヤちゃんと宮原のデートがあるから皆でやるクリスマスは、イブじゃなくて25日にするって事だね」
放課後。自販機で熱い缶コーヒを買って近くの公園のベンチでそれを飲みながら、亘は言った。
面白そうにことさら「デート」の単語を強調する亘を軽く睨みつけながら、ものすごく不機嫌な顔で美鶴は頷いた。
「もう、アヤちゃんだって中学生だし、クリスマスを好きな相手と過ごしたいのは当たり前じゃん。
美鶴もそろそろ妹離れしなよ。宮原が相手なら、全然心配ないだろ?」
「アイツのどこをどう見て、その確信が生まれる?!俺の知らないうちにクリスマスの約束なんか取り付けたりする奴のどこがっ!しかも最初、待ち合わせを夕方からするっていってたんだぞ?
ふざけんな!うちの門限は5時だっ!て言って、時間もずらさせたんだ。アヤはまだ13だぞ?何かあったら只じゃおかない」
「・・・・・・・」
・・・・・門限5時って・・・。小学生が友達の家に行って遊んで帰ってくるんじゃないんだから。
しかも、何かあったらって・・・・。どの口がそんな事を言えるのであろうか。
「・・・自分は6年の時、僕に無理やり・・・た、くせに・・」
「え?」
「何でもないよ!・・でも、丁度良かった。実を言うと僕も25日の方が都合良いんだ。24日の日はボランティア部の手伝いで託児所のクリスマスに誘われてたからさ。おかげでそっちにも顔出せるよ」
只でさえつり上がっていた美鶴の眉がさらにつり上がる。
「・・・託児所って言うと、もしかして・・」
「うん。前、美鶴にも手伝ってもらった事のあるとこ。ホラ、トオルくんて元気な男の子がいただろ?忘れた?」
誰が忘れられようか!!
齢5歳の幼児のくせに亘にプロポーズをかましたあのガキの事を!!そいつのいるところか。
「・・・行くのか?」
「うん。男手が足りないからサンタさん役をやって欲しいって頼まれてるんだ。子供たちにプレゼント配るんだよ」
ニコニコと嬉しそうにそういう亘に、美鶴は今度は苦悩で眉をしかめさせる。
24日はアヤと宮原がデートという事で、思い切り面白くない美鶴は実は密かにデートをサッサと切り上げさせてやろうと、影から邪魔する気満々でいたのだ。(オイ。芦川美鶴)
しかしいまの亘の話ではその日亘を託児所にやれば、亘を自分の嫁にする気満々の幼児トオルと二人きりにさせる事にもなる。(正確には全然二人きりじゃないのだが、美鶴にとっては同義である)
───どちらを取るべきか?!
思わず持っていた缶コーヒーを握りつぶす勢いで、美鶴は今までの人生中3番目くらいの無駄なグルグル思考回路を廻らせていた。
「いいか?明日はアヤの半径、2メートル以内には寄るな触るな近寄るな手も伸ばすな!!3秒以上見るのも禁止だ!」
「・・・・物理的にそれをどうやったら実行できるのか、具体的にレクチャーしてくれるならな。
・・・あのなぁ、芦川。無茶言うなよ。そんなの無理に決まってるだろ?」
「お前がアヤをデートなんかに誘うからだ!・・・いまいましい!」
結局のところ悩みに悩んだ末、美鶴は24日は亘について託児所に行くことに決めた。
しかし更にその前日に密かに宮原を呼び出して、脅しとも取れる・・・と、いうか実際脅し以外の何物でもないのだが──念押しを宮原にしていた。宮原はあきれたように肩を落としながら、ため息をついていった。
「デートたって・・・二人でちょっと街中行って、お昼食べてプレゼント交換しようっていってるだけなんだからさ。そんなに心配しなくたって、まだ中学生の女の子にヘンな事なんかしないよ・・・」
「最初は夕飯食べようとかいって夕方に誘ってたくせによく言うな?
・・・当たり前だ!アヤに何かおかしなことして見ろ。・・・その首が飛ぶと思え?!」
睨みつけてくる美鶴の視線をそれでも宮原は、真っ向から睨み返しながら対抗する。恋に障害はつき物。狂信的な兄に怯えて、アヤをあきらめるほど宮原の想いもヤワではない。美鶴を見返しながらふてぶてしく言い放った。
「・・・どうせ、首が飛ぶならキスくらいしてもいいかもな?」
「・・・なんだと?!」
二人の背後に巨大な雷が轟きそうになったところで、宮原がまたかすかなため息をついて目を逸らしながら大きな紙袋を差し出してきた。
「・・・冗談に決まってるだろ?それより、これ三谷に渡してくれよ」
「・・・なんだ?」
「サンタの衣装。頼まれてたんだ。使うんだろ?うちで前、買ったのがあったからさ」
ガサガサと音を立てるそれを美鶴は受け取る。宮原は観念したような態度で大げさに腕を組むと、真面目に慎重な声で続けた。
「アヤちゃんにおかしなことなんか絶対しない。聖夜に掛けて誓う。約束するよ」
美鶴は紙袋を抱えたまま、チラリと宮原を見た。そしてギラリと目を光らせながら一言ポツリと呟いてその場を去った。
「門限を一分でも過ぎたら、承知しないからな?」
ラジャーというように宮原は微笑みながら、ヒラヒラと手を振る。その眼光を密かにするどく光らせながら。
・・・・・・・・用意周到に張り巡らされた宮原のトラップに、美鶴が気づくのは明日の話。
「いってきまーす!」
そして24日当日。可愛らしい真っ白なダウンコートを羽織って、アヤは飛ぶような足取りで宮原とのデートに出かけた。
美鶴が口をすっぱいくして門限時間の念を押したので、アヤはしぶしぶ承知したのだが本当は有名デートコースの夜からのイルミネーションを二人で見に行く予定だったのに。と、しばらくガッカリした顔をしていた。
美鶴はそれを聞き、案の定夕方から誘ったのには裏があったのか!!宮原の奴!と、その場で宮原ワラ人形を作って五寸くぎを打ち込みそうな勢いになっていた。
そして傍らでそれを見ていた美鶴の叔母は、ため息をつきながら美鶴へのクリスマスプレゼントは頭を冷やす為の、冷却スプレーにしてやろうと決めたりしていた。
それぞれの思惑をのせたクリスマスが着実に進行しています。
「わたるせんせー!」
その日の午後。託児所に付くなり、5歳幼児トオルは亘に飛びつきながら抱きついて来る。
そして一緒に来ていた美鶴のほうには、5歳児とは思えないゲキを飛ばして来た。
「・・・何しに来たんだよ。お前」
「・・・相変わらず口の聞き方のなってないガキだな」
真っ向対抗ガチンコ勝負を今にもはじめそうな二人を、亘は慣れた調子でたしなめながらクリスマスの準備に駆り出していく。
「ホラホラ、美鶴もトオルくんもケンカなんかしてる暇ないだろ?やる事いっぱいあるんだからね!」
メッといった感じで自分達を軽く睨みつけてくる亘の仕草にKOされた二人は、とりあえず休戦状態に入る。トオルは子供たち皆で作るケーキ作りの輪の中に行き、美鶴は部屋に用意されていた大きなクリスマスツリーの飾り付けを亘とやる事になった。
「今頃は宮原とアヤちゃんも楽しくやってるかな?」
少しだけ意地悪そうに楽しそうに亘はポツリと呟いた。美鶴の肩がピクリと揺れる。
亘はそれを見てクスリと笑うとツリーに飾りをつけていきながら、更に嬉しそうに続けた。
「でも、美鶴も何だかんだいっても良く許してあげたじゃん。アヤちゃん、きっと喜ぶよ。
あそこのイルミネーションてすごく綺麗で、女の子なら一度は絶対好きな相手と見に行きたいって言うモンね」
美鶴の肩が亘の言葉を聞いて、更に大きく不穏に揺れた。
「・・・・・だから、俺はそれを許してないぞ?・・5時には帰るように言ったんだから」
「え・・?だって、ついさっき僕のケータイに宮原からメールが来てこれから見に行ってくるって・・・」
美鶴がバッと顔を上げて、途端に険しい顔になる。アヤと宮原が行った場所から推測すればどう考えても、もう帰り始めてもいい時間のはずだった。美鶴もそれに間に合うようには家に帰るつもりだったのだ。
それなのに今から見に行く?しかもわざわざ、亘にメールを寄越して宣言してるってことは・・・?!
「あ、え、えーと・・そ、そうだ!もうサンタに着替えとかなきゃ。美鶴、後宜しく!」
良からぬ妄想に支配されて、ゴゴゴ・・と音を立てそうなほどものすごい勢いで暗黒化していく美鶴に亘はごまかすように慌てた声で、サンタの服の入った紙袋を掴んで素早く別室に消えた。
もうこうなったら、さすがの美鶴もアヤの方が気がかりで居ても立っても居られない。
幸い、今日トオルは何時もよりはおとなしめのようだし、後は亘がサンタの格好をして子供たちにプレゼントを渡すだけのはずだ。
なら今日はここで帰っても大丈夫だろう。最愛の妹を宮原の毒牙(そこまで言うか)にかけてたまるものか!!
美鶴は立ち上がると玄関に向かおうとした。そこで・・・
「えーーーーー?!な、なに・・これぇっ?!」
ドア越しにもハッキリと聞き取れる亘の絶叫が響いて来た。美鶴は思わず体を反転させて引き返してくると、亘の居る部屋のドアを叩きながら、呼びかけた。
「亘?どうしたんだ?!」
「え・・あ、あの、その・・・わっ!ダ、ダメ、美鶴、開けちゃだめ!!」
ガチャガチャとドアノブをまわす美鶴に亘が向こうから、必死に阻止をはじめた。
何事が起きたのかと他の保育士や子供たちも、その場に集まってくる。声はすれども姿を見せようとしない亘に美鶴は痺れを切らし、思い切りよくドアを開けた。
「わぁっっーー!!やだっ!ダ、ダメッ!ダメだってばぁーーーっ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・沈黙の空白推定10秒。
その一瞬後。芦川美鶴の体温心音急上昇。そう、思わずアヤのことまでも脳内消失するほどに。
そしていつも亘の前では振り子の如く危うげな美鶴の自制心は、今まさにトナカイが引くサンタのソリの如きスピードで、北極の彼方に飛び去って行こうとしていた。
ドアを勢い良く開けられた反動でその場に尻餅をついたらしい亘が、必死に膝上にくるスカートを引っ張りながら大きな瞳をウルウルさせて、上目遣いにこちらを見ていた。
頭の上にはポインセチアの飾りがついた、真っ赤な大き目の帽子を被って。
多分ワンピースになっているのであろう、その服の上の方はフカフカフワフワの白い毛が襟と袖口にあしらわれ、胸には不必要なくらい大きなボタンがキラキラ光っていて。
そして何よりもかによりも、黒いベルトで止められたすぐ下にあるそれは。
同じく裾に白い毛がフワフワあしらわれたそれは。
高校生女子ならともかく、高校生男子はどう考えたって着ないでしょう!!のミニミニスカート!!
ミニスカートのサンタ姿!!
「・・・美鶴のばかぁ・・・ダメって言ったのに・・・」
頬を染め、叱られた子犬のように泣きそうな声でかすかに呟く亘の前で、今すぐその場で亘を押し倒したい衝動を必死に押さえている芦川美鶴17歳。
───波乱万丈クリスマスイブの夕暮れです。
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