初恋初春睦語り(ハツコイハツハルムツカタリ)~二人浴~
─5月5日(土)PM7:37─
「やだっ!絶対やだ!それだけは何があってもゼーーッタイ言う事聞かないからね!」
真っ赤になってクッションを投げつけながら、美鶴に向かって亘は叫んだ。
昨日。
亘は何が起きたのかまるでわからないまま、二人で買い物に行った後、やたらハイテンションになってしまった美鶴にあらゆる要求をされた。
まぁ、それでもご飯の支度をしている時にいきなり抱きつかれるとか、TVを観ているときに膝枕をするとか、夜寝るとき添い寝をするとか、亘の許容範囲内(それもどうなのか)の行為だったので恥ずかしかったけど我慢はしたのだ。
もともとこの連休は美鶴の面倒を見に来てる訳だし。
けれど!
いくらなんでもこれは。
お互い中学にもなって今更、それは。
亘はもう一つあったクッションを更に美鶴に投げつけながら叫んだ。
「絶対、絶対いやだから!い、い、い、一緒にお風呂になんか入んないからなーーー!!!」
それでなくとも今日も日中、あらゆる要求(皆様の想像にお任せ)をされたのだ。
そして実を言うと夕べも美鶴に同じ要求をされたのだが、亘は真っ赤になって首をブンブン横に振って断ったのだ。
その時は意外にあっさり引き下がってくれたので安心してたら、敵も然る者。
今夜もしつこく交渉してきた。
「何でそんなに嫌なんだよ?男同士なのに」
「それは・・・」
ここぞとばかりに男同士を強調する美鶴もどうなのかと思うが、確かに亘の恥ずかしがりようも普通ではない。
「理由を聞かせろよ」
腕を組みながら、ズイッと迫ってくる美鶴に亘は顔をしかめて口ごもる。
その顔が理由を言わなければこの事態を打開できないとわかっているけど、でも!言いたくない!と言った感じで途方にくれているのがわかった。
これでは先に進むのにどれだけ時間がかかるかわからない。
美鶴は少しため息をつくと、最終手段に出ることを決心する。
ツイ、といきなり亘から離れると無言のまま、美鶴はキッチンに向かった。
あれ?諦めてくれたのかな?と亘は美鶴の後姿に視線を送る。
程なく、美鶴は水差しとコップをもって現れた。
「喉が渇いた。亘も飲むか?」
コップを差し出されて、散々叫んだ後なだけに喉が渇いてることに気づき、亘は思わず頷いてそれを受けとろうと手を伸ばす。
「あ、ごめん」
バシャーン!・・・・・・・・・・・・・・え?
まるで、抑揚のない美鶴の声が聞こえたと思ったら、一瞬後には頭からずぶぬれになっている亘がいた。
「わっ・・・つ、つめた・・・え?わぁっっ?!」
「風邪引くぞ!風呂入ろう!!」
目的のためには手段を選ばない男、芦川美鶴。
気がつけば美鶴は自分にも水差しの水をかけたのか、亘と同じくびしょ濡れになっていた。
「わっ・・ちょっ・・い、いい!僕はいいよ!ひ、一人ではいるっっ!一人ではいるからーーー!!」
「二人してびしょ濡れになったんだから、二人で入ればいいだろ?風邪引くぞ」
有無を言わさず、亘の手を引き、美鶴はバスルームへと駆け込んだ。
バタン!
「わっ?!」
ドアが思い切り閉められ、勢いよく引っ張られていた亘はつんのめりそうになリ、壁に手をついた。
体勢を立て直し、顔を上げて美鶴に文句を言おうと思えば、ビックリするくらい間近に美鶴の顔があった。
「亘・・・」
美鶴は亘の左右に両手をついて、すでに亘の逃げ道をふさいでいた。
亘は大きく目を瞬かせながら、自分の鼓動が早くなっていくのがわかる。ポタポタと雫を零しながら濡れてしまった美鶴の綺麗な髪の毛が、白い美鶴の首筋にまとわりついてるのを見た時、亘はなぜだか居たたまれなくなって目を逸らしてしまった。
「どうしても嫌・・・?」
切なそうに、そう問う美鶴に亘は俯くと観念したようにポツリと言った。
「・・・・なら・・いい、よ・・・」
「え?」
「・・くれる、なら・・目、瞑っててくれるなら・・・いいよっ!!・・・で、でもそうでなきゃ、やだっ!」
美鶴は思い切りキョトンとしてしまった。
物理的にどう考えても無理のある条件を出されたのも、ともかくとして。その内容に激しく眩暈を感じてしまったから。
だって、言うか?
いまどき新婚の新妻だってそんなセリフ言うか?
──一緒にお風呂なんて!目瞑っててくれなきゃ、恥ずかしいからゼッタイ、や!
湯気が出そうなくらい真っ赤になって、恥ずかしそうに俯いてる亘に眩暈を起こしていた美鶴は頭を一振りすると、自分も次第に体温が上がってくるのを感じながら静かに言った。
「わかった・・目、瞑る」
─5月5日(土)PM8:12─
「・・・・・・・・・・・・・」
真っ白な湯気が立ち込める中、亘は湯船に浸かりながら思い切り落ち着かない気分でいた。
美鶴は約束どおり目を瞑ったままの状態で湯船の中にいる。
自分から言い出したことなのだが、なんだかいざそうやって目を瞑られた状態で一緒の湯船に浸かってる方が妙に気恥ずかしくて、照れくさい気がした。
でも、今さら目を開けていいよ、とも言えなくて亘は小さくため息をついた。
亘がなぜ、ここまで美鶴と風呂に入るのを嫌がったかと言うと、要するに恥ずかしいからなのだがそれにはそれなりの理由があった。
小学校を卒業して、中学に進んで二人の背の高さや体格は一見、ほとんど差がなくなったかのように見えた。
どちらかというと、美鶴の方がその中性的で綺麗な容姿を持っている分、ひ弱な雰囲気で見られることが多かったが実はそれは大間違いだったりする。
亘は中学に入ってからは違うクラスになったこともあって、美鶴の着替えや素肌を見ることはまれだった。
だから、たまにプールの合同授業があった時などに、細いけれど美鶴の均整のとれた男らしい体つきを見た時。
・・・ものすごいショックを受けたのだ。
亘だって成長してるわけだから程度の差こそあれ、それなりに男らしくなってはいる訳なのだが、美鶴に比べたらどうしても自分の体格はまだまだ子供っぽいような気がして、すごくガックリ来てしまったのだ。
だから一緒にお風呂なんか入って、至近距離で自分の体を見られるのがどうしても嫌だったのだ。
「何、ため息ついてんだよ?」
「え・・み、美鶴みてたの?!」
ボンヤリしていた亘は美鶴の言葉にハッとして顔を上げた。
「そんなの見なくたって雰囲気でわかる・・・どうしたんだよ?」
「な、なんでもない!」
「変なやつだな。じゃあそろそろ体洗わないか?逆上せそうだ」
「・・・あ、う、うん・・・え、と。でも・・」
「絶対、目は開けないから心配するなよ」
「わ、わかった・・・ごめん」
「その代わり手伝ってくれるだろ?」
「え?」
「見えないんだから」
「あ、・・・そうか。うん」
実のところ、亘はひとつの危機を回避したようでその実、更に大きな危機を自ら呼び込んでいる事に気づいていない。
見えない、周りがわからない、という事は・・・要するにどういう結果を招くかと言うと。
「え・・?」
自分のシャンプーを終わって、美鶴のシャンプーするのを手伝おうと亘が手にシャンプーをすくって泡立てたとき。
「・・・・!!!・・み、美鶴!・・・バッ・・ど、どこさわってるのさっ!?」
あらぬところに手を伸ばしてくる美鶴に亘は真っ赤になって叫んでいた。
美鶴は目を瞑ったまま、シレッと答えた。
「見えないんだから仕方ないだろ」
「だ、だからって・・・わっ!わっ・・・ちょ・・やだっ・・・」
抵抗しようにも手が泡だらけのため、どうすることも出来ない。亘は迫ってくる美鶴の手に半泣きになりながら必死に逃げを打つ。でも、狭い浴室。
逃げる場所などほとんどない。亘は目をギュッと閉じながら叫んだ。
「い、いいからっ!・・・め、目・・開けてもいいから、・・見てもいいから・・だから、やだぁっ!」
ピチャ・・・ン。
天上から落ちてくる滴の音が浴室に響いた。
目尻にほんの少し浮かんだ涙を、そっと拭われるのを感じて亘は恐る恐る目を開けた。
「亘・・」
美鶴の琥珀色の瞳の中心に、亘が映っていた。
白い湯気の向こうに綺麗な美鶴の笑顔が見えた。
美鶴は優しく微笑むと、シャワーの栓をひねって、亘の手の泡を流した。そして少し、決まり悪そうにポツリと言った。
「・・ごめん、ふざけすぎた・・後はもういい。自分でするから」
そして、再び目を閉じると静かに優しい声で・・・でもほんの少し切なそうな声で告げた。
「もう、亘の嫌がる事しない・・でも、もしもう嫌なら先に上がってろよ・・」
目を閉じて、更に亘の方を向かないように美鶴は向こうを向きながら、静かに言った。
・・・ピチャン。
また、天上から滴の落ちる音がひっそりと響いた。
なぜだろう。
さっきまであんなに恥ずかしくて、あんなに居たたまれなかった筈なのに亘は美鶴の今の態度を見て急に寂しくなった。急に切なくなってしまった。
連休は明日で終わる。
明日の昼にはアヤも叔母も帰ってくるのだ。二人だけで過ごせる時間はもう、後少ししかない。
そう、思った途端、それに気づいてしまった途端。亘はいつの間にかそうしてた。知らないうちに体が動いていた。
美鶴は背中に感じた感触に、大きく目を見開く。その背中からのぬくもりが信じられなくて何度も目を瞬かせた。
「ごめん・・・美鶴・・」
そっと美鶴の胸の前で手を組んで、亘は美鶴を背中から抱きしめていた。
「亘・・」
「ちょっと恥ずかしかっただけ・・・でも、もう平気、平気だから」
出しっぱなしのシャワーの湯気が二人を包む。お互いの鼓動が肌と肌を伝わって二人の耳に届いた。
「え・・と、あの・・今日も・・今日も一緒に寝よう・・・」
恥ずかしそうにそう告げてくれた亘の方を美鶴はゆっくり振り返ると、その細い肩を優しく掴む。
「いいのか・・?」
「うん・・だって・・今夜で最後だもんね。・・・いいよ。美鶴の我まま聞いてあげる・・」
──聞いてあげる・・大事な大事なあなたの我がままだから・・・恥ずかしいけど・・聞いて、あげる・・
湯気の向こう、亘の柔らかい笑顔が美鶴に微笑みかける。美鶴はそっと額と額をくっつけて嬉しそうに微笑んだ。
美鶴にとって何より何より愛しい花嫁の笑顔がそこにあった。
─5月5日(土)PM9:26─
結局、少しばかりお湯につかりすぎて、のぼせてしまった二人が一つのベットに入って。
最後の朝を迎えるまで、じゃれ合うように何をしてたかはちょっと秘密。
かくして新婚夫婦は、初春の連休を最後まで仲睦まじく過ごしたのでありました。
─5月5日(土)終了─
PR