初恋初春睦語り(ハツコイハツハルムツカタリ)~事の始まり~
─5月1日(火)─
「亘くんに泊まりに来て貰いなさい!」
キッパリハッキリ叔母は厳命した。
美鶴はいつもならすぐに言い返すことが出来る筈の口が回らない。
明後日より四連休を迎える前々日、春爛漫のその日その時まさに今。
芦川美鶴14歳は、時期はずれの風邪ひき頭痛発熱38度6分でベットに沈没していた。
「いい?シングルキャリアウーマンの私にとって、連休は貴重希少この上ないのよ。
あんたの風邪くらいでせっかくの旅行をフイにするわけには行かないの。アヤだって旅行先でお友達にお土産買ってくるからって、約束してるのに・・・それがダメになったら・・可哀相でしょ?」
もっともらしい事この上ない叔母の説明に美鶴は熱のある頭ながら、必死の反論を試みた。
「だったら、一人で寝てるから・・亘を呼ぶ必要なんかない・・何、勝手なこと言ってんだよ!亘の都合も聞かないで・・・」
まだ少し頭痛のする頭を抑えながら、それでもベットから体を起して美鶴は苦々しげに叔母を睨みながら言った。
次の瞬間、叔母はその美貌をフッと緩めて微笑みながら、何時の間に持っていたのか美鶴の目の前にググッと自分の携帯を突きつけた。
『Re:ワタルくん!ミツルの嫁に来てやって!
(苦笑)泊まりの件OKです。叔母さん、アヤちゃんとのんびりして来て下さい。ワタル』
美鶴は咳の症状はなかったと言うのに、それを見て思い切りむせこんでしまった。ついでに言うと熱もかるく2度ほど上がった気がする。
ーーーーーーーっっなんだ!その件名はっっっ!!!
「お嫁さんをあまり煩わせるんじゃないわよ。この連休でちゃんと治しちゃいなさい。わかった?
いい子(意味ありげ微妙強調)にね?」
叔母はニッコリと艶然に微笑むとパチンと携帯を閉じた。
─5月2日(水)─
「いってらっしゃい!アヤちゃん、叔母さん気をつけてね」
そして、連休前日の夕方。
喜び勇んでタクシーに乗り込んだアヤと叔母を、亘はマンションのベランダから手を振って見送った。
「さーてと!」
持参したエプロンをつけて、何からしようかな、と亘は部屋の中を見渡す。
そこにカーディガンを羽織ったパジャマ姿の美鶴が困ったような顔をして現れた。
「・・・亘」
「あれ?美鶴、どうしたのさ?寝てなきゃダメだろ!」
「いや、もう昨日よりも熱も下がってるし、本当にたいした事無くて心配ないから・・・無理に俺の面倒見る必要ない。せっかくの休みだろ?」
亘のエプロン姿から思い切り視線をはずしながら、美鶴は言った。
「下がったって何度だったのさ?」
「さっき計ったら、37度5分だった。ほとんど平熱だろ?」
「まだ、微熱だけどあるじゃないか!そういう時が一番気をつけなきゃいけないんだよ。無理するとすぐ、ぶり返すんだから」
亘はそう言って、美鶴に近づくとその手を取って、自分の頬にそっと当てた。
美鶴、思わずピシッと固まります。そしてまたもや、軽く2度ほど熱が上がってしまいました。
「・・ほら、まだアッツイよ。手を触って普通だなって思うくらいまで大事にしなきゃダメなんだ。
うちも母さんがそれでよく無理して、風邪長引かせてたもん・・・」
亘は頬に手を当てたまま、美鶴を見ると大きな瞳を瞬かせながら優しく囁くように言った。
「ちゃんと治そう。
早く治れば一日くらい、一緒に遊べるかもしれないじゃん。せっかくの連休に美鶴だって寝たきりはやだろ?・・・僕、ずっと傍にいるから。美鶴が治るまでずっと傍にいるから。・・・だから、ちゃんと治そう・・・ね?」
ね?のところで小首を傾けられて、美鶴はまたもや、体温急上昇。同時に理性と言う名の計測器の針は急下降。
熱のせいではない眩暈を感じて、思わず立ちくらみ。すぐ傍のソファに座り込んでしまった。
「ほらぁ。・・・大丈夫?美鶴?」
──何が?誰が?どっちが?
すでにまともな思考を為していない頭で、それでもいっそのこと、もっと高熱が出て起き上がれないほうがお互いの為ではないかと美鶴は思う。
春爛漫四連休。
かくして、美鶴にとって地獄になるのか天国になるのかわからない休日が始まることとなる。
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