初恋初春睦語り(ハツコイハツハルムツカタリ)~二人寝~
─5月3日(木)AM6:12─
目覚めれば、亘の安らかそうな寝顔が推定5cmないであろう距離にあった。
ちょっとだけ時を過去にタイムリープ。
─5月2日(水)PM10:35─
「だから、大丈夫だからいいっ!!」
「ダメだってば!絶対その方がいいってば。ほら、見なよ、やっぱり夜には熱上がってきたじゃん!」
「上がったって、たかが6分くらいだろ。たいした事ない」
「その油断がまた風邪をぶりかえすんだよ。熱はちゃんと下げちゃわなきゃダメ!!
こういう中途半端な熱の時って、じっとしてられなくて布団はいだりしやすくって、それで寒くして
また熱上がったりするんだから!」
亘は持っていた体温計を握り締め、美鶴をキッと睨むと譲らないからな!と言った感じで叫んだ。
「だから!添い寝してあげる!くっついて寝てればあったかくて、絶対それ以上熱上がることないから!」
───別な意味で上がるんだっっっ!!!
美鶴はいっそ、そう叫びたかった。けれど所詮風邪引きの身。いつもよりかなりパワーダウンしたこの体力で、これ以上亘と言い合うのは無理だった。しかも亘はこう、と決めたらガンとして譲らない意外に頑固者なのだ。
「風邪うつっても知らないぞ・・・」
美鶴はそれでも最後の最後で弱々しい反撃を試みる。亘はニッコリ微笑むと首を振った。
「大丈夫だよ。こういう風に誰かを看病してる時って僕、何故か平気なんだ。だから、ピッタリくっついてもきっと絶対うつんないよ!」
ああそうですかって・・・自分の言う事為す事なぜにこうも裏目にばかり出るのだ!
亘と一緒のベットに入るってだけで、こっちは風邪の発熱どころではない、心臓爆発体温急上昇を味わわなければならないのにピッタリくっついてこられたりしたら、動悸眩暈自制心爆裂が間違いなくなってしまうではないか。
これでは正直風邪を治すどころではないのだ。別な意味で自分の体力(プラス理性)限界にチャレンジしてるような物なのだ。
美鶴は大きなため息をつくと、決心した。
とにもかくにも、この風邪を治さない事にはどうしようもない。早く治してさえしまえば、亘だって過剰なまでの干渉はして来なくなるだろう。
もうこうなったら意地でも早く治してやる!熱を下げてやる!今夜一晩で!
・・・・だから、つまり。
───とりあえず一晩、頑張れ!俺の理性!
ニコニコしながら、枕をポンポン叩いてベットの中で「こっちに来て(ハートマーク)」のポーズ(注、美鶴ビジョン)をとってる亘の横に美鶴はもう、嬉しいんだか悲しいんだかわからない半泣きの胸中でもぐり込んだ。
再び─5月3日(木)AM6:32─
美鶴はスヤスヤと寝息を立てている亘の寝顔をじっと見た。まだどこかしら幼い感じの目蓋の上に真っ黒でサラサラの髪の毛がおちている。
この前、そういえば前髪伸びてきたからカットしなきゃとか言っていた。
美鶴は目を細めると、亘のその前髪にそっと触れて梳いた。亘がかすかに身じろぐ。
結局、昨夜はピッタリどころかベッタリ!といった感じで亘は美鶴にくっついて来て、熱を上げてるんだか、下げてるんだかわからない状態にしていたのだが、やはりなんだかんだで気を張って疲れていたのか美鶴を胸にかき抱いたまま、先に寝入ってしまった。
その子供のような優しい寝顔と、亘の心音を聞いてるうちに美鶴もやっと、気を静める事が出来て眠りに落ちた。
美鶴は自分の額に手をあてる。
熱さはほとんど感じない。十中八九、間違いなく下がったのだろう。まだ多少、だるさはあるけれど体力も戻ってきてるようだ。
美鶴はホッと息をついた。これで今日は亘が何をして来ようが、それなりの対処が可能だろう。
「ん・・・」
かすかな声を漏らしながら、亘が手を伸ばして美鶴に擦り寄ってきた。美鶴は驚いてちょっとだけトクン、と胸が跳ねたがまだ寝ぼけているらしい亘に苦笑すると、その頭をそっと撫でた。
「亘・・・」
亘はわかっているのだろうか。
亘がこうやって無邪気に無意識に美鶴に触れてくる度、美鶴がどれほど切ない想いをしているのかを。
触れられるたび、触れるたび、もっともっともっと亘に触れたくて抑えられない感情を持ってる美鶴に気づいているのだろうか。
──俺はどのくらい待てばいいんだろうな?・・・亘。
あと何年?あとどのくらい?
どれだけ待てばお前を俺の腕の中に閉まっておけるんだろう。閉じ込めてしまえるんだろう。
頼むから、俺がギリギリになる前に来て欲しい。飛び込んできて欲しい・・・お前から。
どうか。亘から。
「頼むから・・・」
「・・・何を?」
亘の髪に口付けるように顔を寄せていた美鶴は、ガバッと顔を上げる。
亘が目を大きく見開いて、キョトンとした顔をして美鶴を見ていた。
「起きてたのか?」
「今、目、覚めたばっかりだよ・・何を頼みたいって・・?」
ジッと見つめられて、美鶴は思わず口ごもる。
そんな美鶴を亘は不思議そうに見つめながらも、すぐ隣にあった目覚ましに気づいて驚いた声を上げた。
「え?もう、7時過ぎっ?あ、そうかお腹空いたんだね?ごめん!すぐ朝ご飯作るから。」
亘は慌てて、飛び起きてベットから出ようとするもカクン、と止ってしまった。
「わっ?」
美鶴が背後から亘を抱きすくめていた。いきなり動きを拘束されて亘は目を真ん丸くした。
「え・・?み、美鶴?」
美鶴は抱きしめる手に力を込めると、亘をベットに引き戻し、パフン!と倒れこんだ。
「わ・・ちょっ・・」
「まだいい」
美鶴はクルリと体を反転させると、亘の上に覆い被さりながら言った。
「もう少し寝てよう」
「え・・・でも、あ!そういえば美鶴、熱は?」
美鶴は微笑むとその手を伸ばしてきて、亘のおでこにかかってる前髪を掻き揚げる。
そしてそっと近づけてきた。ゆっくりゆっくりその綺麗な瞳と額をそっと近づけてきた。
コツン・・・
「・・・おかげで下がった。・・熱くないだろ?」
亘は美鶴の瞳をすぐ間近に覗き込みながらパチパチと目を瞬かせた。
おでこに感じるぬくもりと、そのあまりの距離の近さに反応する事が出来なくて只、じっとしてしまった。
「亘・・・」
美鶴が耳元に吐息をかけて囁いた。亘はトクン、と鼓動が跳ねる。
「でも、もう少し添い寝して・・あったかくて気持ちいいから」
そう言って美鶴は優しく亘を抱きしめてきた。亘は少しドギマギしたけれど、まだきっと美鶴は本調子ではないのだろうと少し紅くなりながらも美鶴の背中にそっと両手を伸ばして頷いた。
「う、うん・・・」
実のところ、体力さえ戻れば美鶴にとってこの現在の状況は、天から与えられた大チャンス以外の何物でもないのだ。
亘が自分の手の中におとなしくいてくれるなんて。
まさに、まごうことなく自分の愛しい花嫁がこの手の中にいる状態。
これでおとなしく黙っていろとは新婚花婿もとい、正しい健全思春期真っ只中、中学生男子に対していえようか!いや、いえない(反語)
「・・あっ?」
亘はビクッとして、身をすくませた。何時の間にかパジャマの裾から美鶴の手が滑り込んできていた。
自分の肌に直に触れてくる指に、亘は慌てた声を上げる。
「ちょ・・ちょっと!美鶴?」
「なに?」
「な、何じゃないだろ・・・手、手!・・ど、どこ触ってるのさっ!」
「添い寝してあっためてくれるんだろ?だったら直接触った方があったかい・・・」
「だ、だからって・・わっ?・・・み、みつ・・や、やだ。ダメッ・・」
亘は美鶴のパジャマの胸元を握り締めると、思わずギュッと目を瞑ってしまった。
(・・マズイ・・・可愛い)
真っ赤になって自分にすがりつく亘を見ながら美鶴は、しまった!止らないかもしれない。止めるなら今だぞ!と現れた自制心にストップをかけられる。
「亘・・・」
「や・・だ。美鶴・・や・・」
消え入りそうな声と潤んだ瞳で上目遣いに見つめられて、ストップをかけていた美鶴の自制心は急速にどこかへ姿を消した。
何だかんだいっても病み上がり。まだまともに思考回路は働いてくれてないのだという事が自分でもわかった。
でも、いい。
もう感情のままに任せたい。
こんなに愛しい存在がすぐ目の前にいるのに、理性を保てと言う方が酷なのだ。
そしてふと思い出す。叔母が亘に送ったメール。そこにかかれていたある名詞。
バカバカしいと言えばこれ以上ないくらいバカバカしい名詞。でも甘いその名。
そして亘が叔母の、あの例の言葉をまともに受け取ってるとは、もちろん美鶴だって思っていない。
けれど。
でも。けれど。
──俺の・・・花嫁、なんだろ?亘・・花嫁なんだろ?
明らかに風邪とは違う熱をおびた瞳で美鶴は、静かに亘のパジャマのボタンに手をかけた。
そしてかすかな声で名を呼ぼうとしたその時。
「わた・・・」
ググググゥ~!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・パチクリ
「え・・?」
その擬音のあまりの絶妙のタイミングに、二人はしばらく何が起きたのかわからなかった。
けれど、美鶴は反射的に自分の胃の辺りを抑えて、目を瞬かせた。
ーーーーーーーーーーーー俺かっっ?!
「あ、は・・・あははっ!」
亘は上半身を起すと、こらえられないといった感じで口を抑えながら、声を立てて笑い出した。
「そ、う・・だよね。きのう・・おかゆしか食べてないもん・・お腹空くよね。あははっ・・・」
亘は目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら、すばやくベットから飛び出た。
「すぐ、美味しい朝ご飯作るから!着替えて、顔洗ってて」
まだ、事の成り行きを把握できなくて呆然としている美鶴にそう声をかけ、亘は部屋を出ようとして振り返る。
そしてちょっと戸惑いながらもテトテトと美鶴に近づいて、少し怒ったように顔を紅くしながら言った。
「それと・・さっきみたいなイタズラはもうダメだからね!」
──もう、朝からオイタはダメでしょ?風邪がぶり返したら大変なんだから!おとなしくしてなさい。
─5月3日(木)AM9:45─
病み上がりのくせに朝からイタズラを仕掛けようとする旦那さまに、花嫁はメッとたしなめの言葉を一言告げ、ついでにその日、一日の謹慎を命じました。
かくして連休一日目。只、只おとなしくして、完全に風邪を治す事に専念させられる美鶴がいたのであった。
─5月3日(木)終了─
PR