ぶらっく すてぃんぐ!─Black Sting─
どこかで誰かのヒソヒソ声。
──ねぇ、ねぇ。
──なんだよ。
──なんか、最近つまんなくない?
──・・・なにが?
──ぜーんぶ!なにもかも!だってボクラの分身、最近ぜんぜんボクラの事思い出さないし・・・
──それだけ平和だってことだろ・・・
──ツマンナイ!ツマンナイ!
──困ったやつだな・・・どうしたいんだよ?
──エヘへ・・あのね。
──くすぐったいから耳元で言わなくていい・・・なんだ?
──イタズラしちゃお!
初夏の青空がこれでもかと晴れ渡り、流れる白い雲に思わずどこにいくのー?と呼びかけたくなるような、これ以上ないくらい爽やかで気持ちのいい朝。
芦川美鶴12歳はそれと反比例するような、ものすごいしかめ面をしていた。
「美鶴どしたの?そんな怖い顔して・・・何かいやな事でもあったの?」
「・・・ありそうな予感がするんだ」
亘は、え?と美鶴の顔をマジマジと見つめる。。
学校に行く途中の通学路。三橋神社の通りに差し掛かったところで美鶴は足を止めた。
亘は思わず辺りをきょろきょろと見渡す。いつもの登校風景。いつもと変わらない朝。おかしなことは何も感じない。
けれど美鶴は何かに必要以上に警戒姿勢をとるとそっと亘の手を掴み、握りながら歩きはじめた。
亘は少し顔を赤くしながらも、手はそのままで美鶴に問い掛けた。
「気のせいじゃない?こんな気持ちのいい日にそんな変な事あるわけないよ」
「そうだな・・・」
(相変わらずだなぁ・・同じ自分ながら、そんだけ大事にされ過ぎてるのを見るとちょっと、こそばゆいね)
美鶴と亘は同時に声をしたほうに振り返った。そして目の前でニッコリと笑っている相手を見て二人で目を見開く。
「お前っ・・」
(ハーイ!お久し振り)
「黒いボク・・・!」
美鶴はハッとして、亘をすばやく引き寄せるとその肩を掴んだ。すぐ横でチッと舌打ちする音が聞こえた。
(我ながら亘の事となると素早いな)
「貴様っ・・!」
美鶴が何か言う前に黒いミツルは、攻撃の体勢に入った。気づいた美鶴が素早く防御しようとしたが一瞬遅く、ものすごいスピードで辺りを黒い霧で包まれた。
「な、なに?」
「亘!」
黒い霧が一点に集中して、鞭のような形になり細くしなって亘めがけて飛んできた。
美鶴は亘の前に踊り出ると、亘の頭を抱きかかえてかばうように抱きしめた。
ピシィッ!
黒い霧が美鶴の頬を打って、そしてそのまま縄のように伸びてきて二人の体を拘束した。
「美鶴!」
(あ、ごめん。おとなしく捕まってくれれば怪我させるつもり無かったんだけど)
黒いワタルは血の滲んだ美鶴の頬にそっと手を伸ばすと、その血を指で拭ってペロッと舐めた。
「・・・なんのつもりだ?」
黒い霧の縄に拘束されて身動きが取れないまま、それでも目の前にいる黒い二人を睨みつけながら、美鶴は聞いた。
黒いミツルは腕を組み、少しため息をつきながら言った。その横に黒いワタルがにニッコリ笑いながら寄り添ってきた。
(悪いな。ちよっとコイツのお遊びに付きあってやるだけだ)
「なんだと?」
(退屈なんだとさ。だからちょっとだけお前らと入れ替わって遊びたいんだと)
(エヘへー!そう、学校行ってみたいんだー!)
亘と美鶴は二人で同時に目を真ん丸くしてしまった。亘がハッとして叫ぶ。
「な、何いってんの?!ダメだよ。そんなの!」
(そういわれると思ったから、こういう強硬手段に出たんだよ。悪いけどしばらく二人でおとなしくしててくれ)
「ふざけるな!」
美鶴がそう叫んだとき、バチィ!という音が聞こえ、廻りに衝撃が走った。
気がつけば、暗い、狭い場所に二人は拘束されたまま閉じ込められていた。外からワタルの声が聞こえてきた。
(そこは三橋神社の祠の中だよ。しばらくそこでおとなしくしててね。遊び終わったら出してあげるから。
あ、言っとくけど結界張ってあるから逃げ出すのは無理だからねー)
そう言って笑いながら遠ざかる声を聞き、亘と美鶴は狭い祠の中で呆然としていた。
「あれ?三谷一人?珍しいな、芦川と来なかったの?」
学校に入ってすぐ、玄関の靴箱のところでワタルは宮原から声をかけられた。ワタルはニッコリ微笑むと宮原の至近距離にググッと近づいて、息のかかる距離まで顔を近づけた。宮原がギョッとして目を真ん丸くしている。
「別にボクだっていつでも美鶴と一緒ってわけじゃないよ・・?」
そして小学六年生でその微笑み方はどうなんだというくらい、艶然とした笑みを浮かべてそっと宮原の首に両手を回してきた。
宮原は何が起きたんだと、目を白黒させている。
「み、三谷?どうしたんだよ?へ、変だよ!何時もと違う・・・」
「何時ものボク・・?何時ものボクってどんなの?宮原の知ってるボクってどんなボク・・・?」
「ど、どんなって・・・」
「オイ」
宮原がすっかり、ドギマギアタフタしているところに聞きなれた声がした。いつもならその声が聞こえると身を隠したくなるはずの宮原だったが、この時ばかりは天の助けの声に聞こえた。
「あ、芦川・・」
「その辺にしておけ。こっち来い」
「ちぇー。つまんないの」
ワタルは宮原から手を離すとタタタ、とミツルのいる方に駆けて行った。
まだ、落ち着かない心臓に手をやって、目を見開いてる宮原にミツルは目を細めてスイッと近づくと、耳元にポソッと囁いた。
「お前も驚いてる顔は可愛いな・・・」
「?!○×△□~~?!」
真っ青になってズザザザァァーーーッとものすごい勢いで後ずさる宮原を面白そうに見ながら、ミツルとワタルは教室に向かった。
「おはよー!カッちゃん!」
「おう!亘!オハヨウ!」
「おはよう。小村」
「オハヨー!芦川・・・って?!なんだっ?今、オレに挨拶したのかっ?お前?!」
「変か?」
「へへへ変だ!!いつも、こっちから挨拶してやっと頷き返すだけのくせに!」
「そうだったか?」
ミツルはそう言うと見たことも無い爽やか美少年スマイルを浮かべて、後ろに遠巻きにしていた女子生徒のほうを振り返った。
「おはよう」
きゃぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!
片手を上げて小首を傾けながらバックにバラを散らしての、普段有り得ないミツルのサービススマイルにクラスの女子一同その場で昏倒。
全く別の意味でカッちゃんもその場で、あわやあの世行き。そこに宮原が遅れてクラスの中に駆け込んできた。
「小村?大丈夫か?!」
「み、宮原・・へ、変だ。芦川の奴、今日すッごくヘンだぁっ!」
「・・・芦川だけじゃない。三谷もなんだよ・・・」
二人は肩を寄せ合って青ざめながら、今日一日がどうか無事に過ぎますようにと天に向かって手を合わせた。
「さて、それじゃ今日の図工は友達の顔のスケッチをします。それぞれペアを組んで・・」
「先生」
「はい?芦川くん、何ですか?」
あら、質問なんて珍しい。と担任の女教師(独身35歳)は、それでも少し胸をときめかせながらミツルに聞いた。
「せっかく、こんないい天気なんですから外でしませんか?そのほうが皆のびのびと描けると思います」
「え?外で?そうね・・・でも、そんな風に授業を組んで無いし・・・校外授業の届もしてないし・・何かあっても・・」
ミツルは席を立つと、女教師のそばにすっと寄って行った。女教師が間近に迫ったミツルにドギマギしているのが傍目からみてもわかった。
ミツルは上目遣いに女教師を見つめると、囁くようにそっと言った。
「・・大丈夫ですよ。何も危険なことなんかありません。・・・スケッチするだけなんだから。ね?先生・・」
気がつけば女教師(くどいようだが、独身35歳)は顔を真っ赤にして首を縦にブンブン振っておりました。
「さすがだねー。ミツル・・でも、美鶴が知ったら激怒するだろうなぁ」
クスクス笑いながらワタルはミツルの腕を取り、楽しそうにピョンピョン跳ねながら校庭に出てきた。
「さーて、次はどうしょっかなぁ・・」
「ほどほどにしとけよ」
「わかってるよー」
さて、一方。こちらは祠に閉じ込められている亘と美鶴。
バンバンと足で中から祠を蹴ったり、叩いたりしていたが祠はビクともしない。
「ダメか・・・」
「もう、何時間目くらいだろ・・学校に黒い僕等が行っちゃって・・・どうなっちゃってるのかなぁ」
亘はため息をついた。美鶴はそれを見ながら歯噛みする。
油断した。もっと気を張っていれば良かった。そうすればいくら咄嗟の事とは言え、ミツルに出し抜かれることなどなかったはずなのに。
「俺の油断だ・・」
「そんな事無いよ!・・美鶴は僕をかばってくれて・・それで」
亘は拘束されて動かせない手の変わりに、少しだけ顔を赤くしながらそっと自分の頬を美鶴の傷ついた頬に寄せて囁いた。
「ごめん・・痛かったろ・・?」
「亘・・・」
美鶴は胸がトクンと跳ねた。亘の頬のぬくもりがこれ以上ないくらい間近に伝わって来て、思わずジンとして、そして・・そして・・
ーーーーーーーーーーーっっ!!なぜ、いま俺の両手は使えないんだっっっ!!!
「美鶴?」
俯きながら何かブツブツ言いはじめたと思ったら、美鶴の周りにどう見ても不穏なオーラが漂い始めた。
「え?え?わぁぁっ?!」バキバキバキィッッ!!
轟音と共にいきなりものすごい竜巻が現れたと思ったら、それは結界をものともせず、瞬時に祠を叩き壊して美鶴と亘を解放し、祠のすぐ傍の草の上に二人は放り出された。
「いてて・・」「亘・・」
ついでに自分達を拘束していた、黒い霧の縄を消し去り、美鶴は亘にそっと覆い被さろうとして・・・
「やったぁ。美鶴ナイス!よし、早速黒い僕らを捕まえにいこ!」
目を輝かせて飛び起きて、そういいながら走って行った亘の後姿を見送りながら呆然としていた。
残された美鶴はゴォォォ・・と暗黒オーラを燃やしながらポツリと呟いた。
「・・・・覚えてろよ。」
火事場のバカ力ならぬ、自制心耐久レースをいつもさせられてる美鶴の恐るべき底力を黒い二人は知らない。
「ねぇ皆。ボクの顔を描いてよ」
クラスの皆が校庭の思い思いの場所に座り、それぞれのペアと組んで写生を始めようとした時、ワタルが皆に声をかけた。
クラスメイトたちが目をパチクリさせながらざわめいて、その内の一人が言った。
「何、言ってんだよ。それぞれの組んだ相手の顔を描かなきゃダメなんだよ。なぁ?」
「そんなこと言わないでさ・・・ホラ、ボクの顔見て・・ボクの目を見てよ・・」
ワタルはクラスメイトの輪の中心に立つと目をキラリと光らせた。
それを見た途端に皆はまるで催眠術にでもかかったかのようにピタリと一瞬動きを止めた。
ワタルは二ヤリと微笑むと、小さなかすかな声で口に人差し指を当て、内緒話をするように皆に向かって囁いた。
「皆、黒い自分がいるでしょ?・・・もう一人の自分がいるだろ?出てきていいんだよ。好きにしてイインだよ・・」
そして自分の後ろに、腕を組んで立っていたミツルを振り返ると甘えるように、おねだりするように催促した。
「ミツル、おー願い!」
「・・・まったく」
ミツルは両手を高く掲げると空に向かって叫んだ。
「解放されよ!内なるもう一人の我が魂よ!」
天に黒い稲妻が現れて、クラスの皆をその光で覆った。
そして、その一瞬後・・・それぞれの傍らに黒いもう一人の自分が現れて、校庭の中は騒然となった。
「な、なんだ?!え?え?俺がもう一人?」「いやぁ!何であたしがもう一人いるの?!」
ワタルがピョンと校庭の中心に踊り出て、ウキウキしながら言った。
「わぁ。上出来上出来!!ホラホラみんな!せっかくだから好きな事して遊ぼー」
それぞれの黒い分身はそれを聞いて、めいめい好き勝手に動き始めた。
「一度、学校の中にイタズラガキ思いっきりしたかったんだよなー」
「飼育小屋の文鳥、ぜーんぶ逃がしちゃお!」
ぎゃあぎゃあと目に余ることをやり始める、黒い自分自身にクラスの皆は唖然呆然。
もう、こうなると何がなにやらわからない。宮原を始めとするクラスの皆は顔を青ざめさせながら、どうすることも出来なくて、只この状況を見ているしかなかった。
「待って!!」
そこに息を切らせながら、亘が現れた。黒いワタルとミツルが振り返る。
「あれ?どうやって?結界解いちゃったのー?」
「いいかげんしろよ!黒い僕!早く皆を元に戻せ」
「やーだよ!せっかくこれから面白くなるとこだったのに」
そう言って笑うワタルの傍にミツルが素早く駆け寄って来て、いま、正に頭に轟き落ちようとしていた雷からワタルをかばった。
「わっ?!」
「・・クラスの奴らを元に戻して、サッサと消えろ・・」
そう言って雷の光の向こうから暗雲を背負った美鶴が現れた。その迫力は正直先程とは雲泥の差。
「何があったんだか、ずい分ヒートアップしてるな・・・」
ワタルをかばいながら、ミツルは立ち上がり、すぐさま攻撃しようとしたが今度は格段に美鶴の方が早かった。
そして、美鶴は呪文を唱えながら大声で叫んだ。
「ああ、もう!面倒くさい!これ以上お前等にかまってられるか!全部一気に片をつけてやる」
「わっ!美鶴!」
恐るべしは自制心耐久レース後の美鶴の切れ方。
辺りをものすごい雷が包んだかと思うと、気が付けば校庭にクラスの皆が気絶して倒れこんでいた。
黒い分身たちはどこにもいない。それぞれがそれぞれの主に戻ったようだった。
「あーあ・・・」
すぐさま退却できる体制をとりながら、ミツルの腕にしがみついてワタルがため息をついた。
「まだやる気か?」
「冗談。今のお前とやりあえるか。自分なんだから良くわかってる」
美鶴とミツルは間を取りながら、睨みあう。そこに黒いワタルがぴょんと出てきて、美鶴にググッと近づいた。
「そんなに怒んないでよ」
そう言いながら、美鶴の首に手を回すと傷ついてる方のほっペにチュッとした。
亘はそれを見て思わず真っ赤になって叫んでしまった。「わぁっ?!ちょっと!」
そしてワタルはニッコリ笑うとぽかんとしている美鶴にだけ聞こえるように耳元でそっと囁いた。
「頑張ってね。前途多難だと思うけどボク自身が応援してるから。でも気長に構えたほうがいいよ。無理強い聞かないから、あのボク」
「おまえ・・」
「でも、大丈夫だよ。だってボクラがとっくにそーゆー仲だから」
美鶴は目を見開くとワタルの後ろにいるミツルに視線をやって、小さな声で尋ねた。
「そうなのか・・?」
「まあな・・」
少し顔を赤くするとミツルはボソッとそう答えた。ワタルは美鶴から手を離すとミツルの手を取って言った。もう消えかかりながら。
(何だかんだで楽しかったから、まぁいいや!また退屈になったら来るから!じゃーね)
現れた時と同様、まるで台風の如きあわただしさで黒い二人はあっという間に消えた。
残された亘と美鶴はしばし呆然として、その場に佇んでいたが一気に力が抜けたように、亘がその場に座り込んだ。
「美鶴・・・」
「うん?」
「さっきもう一人の僕・・何て言ったの?」
美鶴も亘の傍に腰掛けながら、亘の顔をじっと見て言った。
「・・気になるのか?」
「だって・・」
亘は少し顔を赤らめながら頬を膨らませていたが、やがて意を決したようにいきなり美鶴の方に向いたと思ったらワタルがキスした頬にチョンと唇を当てた。
パチクリ。「僕以外がこーゆー事するのはダメ!」
真っ赤になってそっぽを向く亘に、理性の切れそうになった美鶴の手が伸びたところで、校庭に倒れていたみんなが一斉に目を覚ましたので、残念ながらそこでオシマイ。
──もう、あんまり退屈退屈言うなよ
──えー・・だって。
──・・オレがいるだろ
──・・・(クスクス)はぁい!
どこかで誰かのヒソヒソ声は、まだまだ続く・・・
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