初恋初春睦語り(ハツコイハツハルムツカタリ)~二人散歩~
─5月4日(金)AM9:00─
「熱はすっかり下がったね。もう、体もだるくない?」
「ああ」
「すごい回復力だね。結局一日で治っちゃった」
体温計をケースに戻して、感嘆の声を上げる亘を見ながら美鶴は心で叫んでいた。
ーーーーーーーーー当たり前だっっ!!
長い連休、これ以上生殺しの目にあってたまるか!
それくらいならこんな風邪。こんな熱。気力で下げて見せるのだ。
回復魔法を使ったのかと思うほどの速さで治って見せるのだ。
風邪が治って体力さえ回復すれば、後のことはどうとでもなる。
この連休、誰にも邪魔されずに二人きりだというのに、これ以上強制的にベットに寝かせられてたまるものか!
「でも、今日一日はまだおとなしくしてた方がいいんじゃない?」
体温計を引き出しに戻し、ソファに座りながら亘はいった。
「亘は退屈じゃないのか?」
体力が回復した今の段階なら、家で亘と二人きりでも美鶴は何とか対処できるし、隙あらばのチャンスをものにしようとか思ったりしてるので別にかまわないのだが、もともと調子が悪いわけでもない元気印の亘は家にばかりいたって逆に疲れるのではないかと思った。
「うーん・・・まぁ、それはね。・・・でも」
亘はちょっと考える。退屈でないと言えば嘘だった。家の中で二人でやれることなんて限られているのだ。
そして確かに熱が下がってしまったのなら、美鶴だってただ、家にいるのは退屈だろうな。
でも、まださすがに人の多い街中に出かけたりするのは止めた方がいいだろうし・・・
あまり、病み上がりの美鶴の負担にならない程度に出かけられる場所と言うと・・・
亘はふと思いついて、顔を上げた。
「じゃあさ、午後から一緒に夕飯の買いもの行って、帰りに三橋神社にでも寄って来ようよ」
「三橋神社?」
「うん、しばらく行ってないしさ。あそこなら人気も少ないし、ちょっと寄って散歩して帰ってくるにはいいんじゃない?」
「夕飯の買い物はどこでするんだ?」
「その前に、商店街でしてこうよ」
「俺たち二人でか?」
「小学校のときはよくいったじゃん」
「まぁな・・・」
でも、いまはさすがに中学生なんですが。
正直ちょっと決まり悪いな、と美鶴は少し考え込んでしまった。
その姿を見て、亘はソファの上に膝を抱えて座るとちょっと拗ねたような顔をする。
「別にいいけど。一人で行っても」
そして、わざとらしく膝を抱えたままツンと横を向いた。そんなことされても、可愛いだけなんだがと美鶴は軽い眩暈を起こす。
口元を抑えて何も言わない美鶴に亘は顔を横に背けたまま、視線だけをチラリとこっちに寄越すと、ポツリとちょっと寂しそうに囁くように言った。
「お買い物・・・一緒に行ってくれないの・・・?」
なぜに「お」を付ける?!
美鶴は気がつけばブンブン首を横に振って、頭の中は自分の可愛い花嫁に悪い虫がついたら大変だ!どこに行くにも付いていかねば!の旦那さまモードになっておりました。
─5月4日(金)PM1:37─
美鶴にとって三日ぶりの外は、幸い天気もよく気持ちが良かった。
久しぶりの太陽の光を浴びながら、美鶴はゆっくりした足取りで道を歩く。亘もその横を同じようにゆっくりした足取りで歩いた。
お互いの目線が合うとどちらからともなく微笑みながら、肩が触れそうで触れない距離を保ちながら・・・ゆっくり歩いた。
買い物に行く商店街は、肉屋や八百屋などのほかにブティックや、けっこう可愛い小物が売ってる雑貨屋等がある賑やかな商店街だった。
「あ、あそこのお店さ」
亘はひとつの店を指差すと、微笑みながら美鶴を見て新しい玩具を見つけてはしゃいでる子供のような声で言った。
「すっごく、可愛い女の子向けの店なんだけどアヤちゃんに付き合って一回入ったことがあるんだ」
ちょっと、恥ずかしかったけどね、と亘は続ける。
一応、男の子なのになぜにアヤとそんな店に行ってるんだろうと美鶴は思いながらも、まあどんなに可愛い店だったとしても亘ならおそらく何の違和感もなかっただろうな、と確信的に思った。
「その時、すっごくいいな、と思ったオルゴールがあったんだよ。こう、パカって開くと蓋のところに小さな砂時計が組み込まれてるんだ。それが曲の長さに合わせてちゃんと砂が落ちるようになってるの」
亘はオルゴールを開ける仕草をしながら、嬉しそうに言った。
「その時は、買う暇なくて・・・欲しいなって思ったけど、あんな可愛い店もう一人では行けないからあきらめたんだよね」
「アヤに付き合ってもらえばいいだろ」
「ええ?やだよ!恥ずかしいもん!」
亘はそういいながら、足早に先に進み始めた。いまさら何が恥ずかしいのか美鶴は首を傾けながら、しばらくその店を見ていた。
「晩御飯は何食べたい?」
「なんでもいい」
商店街にある店を順番に見て、食材を選んでいた亘は美鶴のそっけない言葉に頬を膨らませる。
「もう!そういうの一番困るんだ。せめて肉とか魚とかくらい言ってよ!」
腰に手を当てながら、嗜めるように言ってる台詞がすでに新妻そのものである。本人まるで無意識な分、美鶴にとっては始末に悪い。
いちいち軽い眩暈を起こさなければならない。
「・・・じゃあ、魚」
「魚ね。それじゃ、カレイの煮付けにしようか」
こっちを見てニコニコしている亘に美鶴はフッとかすかに微笑みながら頷いた。
美鶴にしてみれば、亘が作ってくれるなら正直なんだって美味しいのだ。なんだって嬉しいのだ。
だから、料理の内容なんてなんだっていい。なんでもいい。
同じテーブルの向かいに亘の笑顔があって、それが自分に向いてるのなら美鶴は多分、おにぎり一個だって文句は言わない。
亘の笑顔こそが何よりものご馳走だから。
世の奥様方を困らせる旦那様の「なんでもいい」と言うセリフには、実はその前に(君がいれば)という甘い言葉が添付されているのかもしれない。
「あれ?美鶴?・・・・どこいったんだろ?」
亘は辺りをきょろきょろと見渡す。
夕飯の買い物を済ませてみれば、すぐ後ろにいると思っていた美鶴がいなかった。
「どうした?」
「わっ!びっくりした」
肩をつつかれて、振り返るといつの間に戻ってきたのかすぐ横に美鶴はいた。
亘は胸に手を当てながら、怒ったように言った。
「脅かさないでよ!・・・・どこ行ってたの?」
「なんでもない」
美鶴はそう言うと、亘の先をスタスタ歩き出す。亘はヘンなの、と思いながらもそれ以上は疑問に思わず美鶴の後を追いかけた。
それから、二人は缶ジュースを買って三橋神社に向かった。
鳥居を抜けて、境内に入ると亘がお参りをして行こうと言うので、二人でお社の前に立って拝んだ。
お義理のようにただ、手を合わせただけの美鶴の横で亘は目を閉じて、なにやら長いこと手を合わせて真剣な顔をしていた。
「何、真剣に祈ってたんだ?」
境内の中のベンチに腰掛けて、缶ジュースのプルタブを引きながら美鶴は亘に聞いた。
「え?」
「さっき。ずい分長いこと真剣にお参りしてただろ?」
「あ、うん・・・まあね」
亘はちょっと慌てたように少し顔を赤くすると、急いで缶ジュースを口に含んだ。
「亘?」
「な、なんでもないよ」
どう見ても話をごまかしたその亘の態度に美鶴は顔をしかめた。
どんなに親しくたって、お互い秘密にしておきたい事柄の一つや二つはある。
それは当然のことなのだが、今、この時はちょっと違うような気がした。二人きりで過ごしている時間に、滅多にない二人だけで過している時に隠し事をされるのは美鶴はいやだと感じた。
「え・・わっ・・わわっ?!」
亘は缶ジュースを掴んでいた手を、ジュースごと思い切り美鶴に引かれた。
まだ、半分も飲んでいなかったそのジュースを零しそうになって、亘は咄嗟にもう片方の手でそれを抑えようとしてバランスを崩し、思い切り美鶴の胸に倒れこむ形となった。
ジュースは結局手から離れて、中身を零しながら地面に落ち、カラカラと音を立てて転がっていた。
「ちょっ・・美鶴!なにすんだよ」
「・・・俺に言えない事なのか?」
「え・・・?」
頭を抑えられてる為、美鶴の胸に顔を埋めたまま亘は目をパチクリとさせた。
さっきの話の続きだと気づき、少し驚いて顔を上げ、そっと美鶴を見た。かすかに表情を曇らせて、切なそうに自分を見ている美鶴がいた。
「美鶴・・・?」
亘は知らないのだ。
亘は気づいていないのだ。
誰よりも誰よりも美鶴が亘に対して、人一倍の独占欲を持っていることに。
普段の感情を抑えた態度からは窺い知れないほど、亘を独り占めしたい、その横に立つのは自分ひとりでいいと願っていることに。
・・・気づいてないのだ。
もちろん、美鶴は自分のその感情を亘に知らせる気は毛頭ない。
けれど。
だから。だからこそ。常に自分の方を亘が向いていてくれないと不安になる。
勝手だと我儘だと言われたとしても、不安になってしまうのだ。
哀しそうな表情を浮かべて、自分の肩と頭を抑えて抱きしめてくる美鶴に少し戸惑いながらも亘はボソッと話しはじめた。
「だって・・・美鶴、きっと笑うからさ・・・」
その言葉を聞いて、美鶴は目を瞬かせ、そっと亘の顔をを覗き込む。亘は美鶴から視線をそらし、ちょっとだけ頬を染めながら口を尖らせ、ポツリポツリと言った。
「・・・いま、ずっと一緒にいられてすごく楽しいから・・・美鶴といられて嬉しいから・・・」
亘は口を引き結び、思い切ったように顔を上げて美鶴を見ると一気に叫ぶように言った。
「ずっとずっと・・・これからもずっと美鶴と一緒にいられますようにってお願いしてただけだよ!」
美鶴はその言葉を聞いて目を大きく見開くと、少しの間固まってぼんやりとしてしまった。
亘はそれを見て、ほらぁヤッパリといった感じで顔を赤くし、怒ったようにスーパーの袋を持ってベンチから立ち上がり駆け出した。
美鶴はハッとして慌ててその後を追いかける。
「亘!ちょっと待てよ」
「やだよ!どうせ、あきれてるんだろ?子供みたいなこと言ってとか思ったんだろ?」
「亘!」
美鶴はその長い手を伸ばすと、走る亘の服の襟の部分を掴んで思い切り自分の方へ引き、そのまま背後から強く亘を抱きしめた。
「・・・わっ」
「違う・・・嬉しい。俺も嬉しい・・・亘といられて嬉しい。俺もずっと亘と一緒にいたい・・・」
美鶴は亘の肩に顔を埋めると更に力強く亘を抱きしめた。
亘の言葉に深い意味はなくて、それが友情から発せられたものでしかないとしても。
それでも美鶴はとてつもなく、今の亘の言葉が嬉しかった。
美鶴は亘を抱きしめたまま、自分のウェストポーチを開けると、中から何か小さな包みをを取り出した。
その包みを自分の手に握らされて亘は目を瞬いた。
「開けてみろよ」
「え・・・」
亘は戸惑うように美鶴を見つめながら、そっとその包みを解いた。
「あ・・・」
中から現れたのは小さな小さなオルゴール。
そう。
蓋を開ければそこに流れる曲と共に、小さな小さな時を刻む砂時計が組み込まれている・・・亘が欲しがってたオルゴール。
「美鶴・・これ」
「連休中、亘が俺の面倒を見てくれるお礼だと思えよ」
少し照れくさそうにそう告げる美鶴に、亘は躊躇いながらも素直に本当に嬉しくなって、そっとそのオルゴールを握り締めて呟いた。
「美鶴・・・ありがと」
照れくさそうに、でもとても嬉しそうにそういいながら自分の腕の中で身じろぐ亘をこの上なく愛しく感じながら、美鶴は決めた。
亘から言ってくれたのだから。亘も望んでいてくれたのだから。共にいることが嬉しいといってくれたのだから。
だったら、いいだろう?ちょっと我儘言ってもいいだろう?
せっかくの二人きり、後少しで終わってしまうこの連休。
まさに叔母が言ったとおりに。その通りに過ごしても。その通りに思っても。
きっとバチは当らない。
「じゃあ亘、今日も一緒に寝て」
「・・・・・は?」
感動してオルゴールを抱きしめながら俯いていた亘は、美鶴のいきなりの話の飛躍についていけなくて顔を上げると目を真ん丸くした。
「一昨日みたいにひとつのベットに一緒に寝て、風呂も一緒に入って」
「え・・・え?な、なに?!いきなり何の話っ?美鶴、何いってんのっ?!」
「何って夫婦なら当たり前に一緒にすることの話」
「ふっ・・・?ふ、夫婦?!・・夫婦って!・・・何さそれっ?!」
「亘は俺の花嫁なんだろ?」
「は・・?」
「そう言ってたろ?」
亘は真ん丸くさせていた目を、今度は何度もパチクリとさせると次第に顔を青ざめさせた。
「神聖なる神域で愛を誓いあった上、俺からの結納品を、亘はいま、受け取っただろ?だからもう、交渉は成立。亘は正式に俺の花嫁だ」
ハイ?ハイ?何の話?
それはいったい何の話ーーーーー?!?!?!
真剣としか思えない美鶴の目つきに亘は慌てながら大声で叫んでいた。
「ち、ちがっ・・・あ、あれは・・・も、もともと、じょ、じょ冗談じゃないか!
・・・美鶴の叔母さんの・・・た、ただの冗談に決まってるじゃないかぁーーー!!!
そ、そんなこと出来る訳ないんだから・・し、しかも結い納品ってなにさ!
ちょ・・ちょっと!離して!美鶴離してよっっーーーーー!!!」
─5月4日(木)PM4:43─
かくして、神聖なる神域で愛を誓い合った二人(注、美鶴解釈)は、可愛い花嫁の「あなたとずっと一緒にいたいの」の一言で妙なパワーを得てしまった若旦那様のもと、残りの新婚生活をかなりの怒涛のうちにおくることとなりました。
さて、花嫁の運命はいかに?
─5月4日(木)終了─
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