初恋初夜艶語り〈ハツコイハツヨルツヤカタリ〉~Ver1~
幕開き。
「美鶴、初夜って知ってる?」
グホッハ!!
昼休みお弁当を食べながら、新発売「抹茶豆乳ヨーグルト味」などと言う得体の知れない物を飲んでいた美鶴は、亘の言葉を聞いて、思わずそれを気管に流し込んでしまった。
思い切りむせ返っている美鶴の背中を慌てて擦る亘に、美鶴は切れ切れに声をかける。
「わた・・る、幾つだよ。・・・お前」
そんな事知らないほどお子様じゃないだろう!ていうか、そこまで天然は勘弁してくれ。頼む!!
「なんだよ。それ?美鶴とおんなじ13歳にきまってるじゃん!兄貴ぶるなよ」
少し頬を膨らませながら、亘はいった。
「・・じゃあ、いまの質問の内容くらいとっくに知ってるだろ・・・わざわざ、人をむせ返らせるな」
まだ一つ、二つ咳をしながらも、少し落ち着いた美鶴がピシャリと言った。
亘はそれを見て、まだ少し頬を膨らませながらも自分もピシャリと言い返してきた。
「知ってるよ!わかってるよ!結婚して初めての夜の事だろ?結婚した二人が初めて夜、一緒に寝・・・」
即刻速攻強制退去ーーーーー!!!
何事が起きたのかというクラスメイトの視線を浴びながら、美鶴は弁当箱をひっくり返し、亘を抱えると疾風のごとき素早さで教室を飛び出した。
・・・・今日の弁当はアヤ特製のエビフライだったのに。
誰もいない屋上。美鶴は一つため息をついた。いきなりこんな場所に連れてこられて亘は目を大きく見開き、キョトンとしていた。
「・・・で?」
「え?」
「・・だから、何を知りたいんだよ?・・・初夜の意味自体わかってるんなら、それ以外の事を聞きたいんだろ?」
腕を組みながら、半分怒ったように亘に問い掛ける美鶴に亘は更にキョトンとした顔で、でも少しこれまたこちらも怒ったような顔をして、答えた。
「だから!初夜って結婚した二人が初めての夜、一緒に寝ることだろ?」
「・・・まぁな」
「初めて朝まで一緒の布団に寝る事をいうんだろ?間違ってないよね?」
叩きつけられるように確認されて、美鶴は正確にはその寝た後が問題の話なんですが、という間もなく思わず頷いてしまった。
「カッちゃんが言ってたんだ。お父さんとお母さんが結婚してその日の夜、一生懸命頑張って、そのおかげで早く出来たのは良かったけど、出来の方は今ひとつだったわって嫌味ったらしく俺に言うんだゼって」
芦川美鶴。ただいま脳内にいやな予感が蔓延中。・・・・はい?
「それで、僕が何の出来が悪かったのさ?って言ったらさ・・・カッちゃんが思い切りヘ?って言って・・・」
亘は唇を噛みながら俯いて悔しそうにポツリと言った。
「亘・・俺の言ってる意味わかってないのかって、ひょっとして知らないのかって・・・初夜に何するか知らないのかって・・・すっごく笑われたんだ!!」
少し顔を赤くしながらも俯いていた顔を上げると亘はキッと美鶴を睨みながら肩に掴みかかり、まくしたてた。
「出来るって何が出来るのさ?するって何をするの?美鶴知ってる?!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしろと。
思考中。
美鶴はかなりの眩暈を感じながらも、小村の奴、半端な知識を与えやがってとか。いや、小村にこういう知識を植え付けられるよりも、どうせならやはり俺が教えてやる方がいいんだからこれでいいんだ。むしろいい!とか。でも何よりもかによりも、なぜに知らないんだよ!中学生にもなって!いやしかし、亘だしな・・・とか。
もうグルグルグルグル回っておりました。
結論。
美鶴はグルグルを停止すると顔を上げてキッパリと言った。
「亘、本当に何するか知りたいんだな?」
「え?う、うん」
「じゃあ、今日うちに泊まりに来い」
「え?何で?」
「夜の話だから夜にならないと教えられない」
「あ・・・なるほどね!そういうものなんだ?」
思わずコクコクと頷く亘のすぐ傍に宮原くん辺りがいたならば、そんな訳あるか!騙されるなよ。三谷!!と助けてくれていたかもしれない、かもしれない。
幕間。
美鶴の家。あいも変わらず亘大好きな美鶴の叔母とアヤが亘が泊まりにくるとわかった途端、きゃあきゃあと女同士の算段を練っている。ため息をつきながら美鶴はそれを見ていた。
「この間、新しくオープンしたジュニアファッションのお店で亘くんにすっごく似合いそうなパジャマがあったから買っといたのよ。今日はそれ着て寝てもらお~!」
「ええー叔母さん!どんなのどんなの?アヤに見せて~」
「それで、また亘の寝顔を写メに撮って、ケータイの待ち受けにする気かよ?いいかげんにしろ!」
「なに、悪い?あんたシングルキャリアウーマンの叔母のささやかな楽しみを奪う気?」
叔母と美鶴がバチバチと火花を散らし始めたとき、玄関の呼び鈴が鳴った。
「亘おにいちゃん!」
アヤが嬉しそうに飛び出していく。ほどなくアヤに手を引っ張られた亘がリビングに現れた。
「こんばんは。お邪魔します」
「亘くん、いらっしゃい!」
「お世話になります。あ、夕飯まだですよね?材料買って来たから僕作ります」
スーパーの袋を掲げもち、キッチンに向かう亘を叔母は思わず抱きしめた。
「わっ!」
「ああもう!なんて出来た子なの。亘くんたら!」
横で見ていた美鶴が頭を抱えた。まったく我が叔母ながらあきれるほど己の欲望に忠実だ。少しは自分の歳と立場を考えろ。・・・などと言えば角が立ち、家庭内紛争が勃発するのは目に見えているので美鶴はあえてやんわりとクギを刺した。
「いいかげんにしろよ。亘が困ってるだろ」
「あら。困ることないじゃない。ね?亘くん、本気でうちにお嫁に来ない?」
「は?」
真っ赤になりながら手をパタパタさせていた亘は目をパチクリとさせた。美鶴は思わず目を点にしていた。
「亘くんなら可愛いお嫁さん姿になるだろうなー・・ドレスもいいけど古風に白無垢もいいわね。くっきりと赤い紅を差して・・・
やだ!可愛い!すっごく似合いそう・・・」
このあまりにタイムリーな話題はなんなんだ。(と、いうより大丈夫か。芦川一族。)と、美鶴は思いながらも叔母の手から亘を奪い返す。
「いいかげんにしろって言ってるだろ!」
「何よ!」
美鶴の手から叔母の手へ右往左往させられている亘はそれでも、こう言った事はすでに慣れっこなので平常心のまま、ポツリと思いついたように叔母に問い掛けた。
「あ、そうか。大人の人に聞いた方が確かだよね。叔母さん、あの聞きたいことがあるんですけど」
「え?」
自分の方に亘の手を引きながら美鶴がギクッとする。
「それこそ、花嫁さんにも関係あるんだけど・・初夜に二人でする事って・・・なん・・・ムグッ!」
光速の勢いで亘の口をふさぎ、廊下に滑り出す美鶴を叔母とアヤはポカンとした顔で見ていた。
「・・・プハッ!・・・美鶴、何すんだよっ!苦しいじゃんか!」
「亘、ああいうことは女性には聞くもんじゃない。卒倒するぞ!いくらうちの叔母でも!」
えらい言われようだが、それはともかく、亘のような可愛い男の子がいきなり初夜にする事ってなんなんですか?などと、妙齢の女性に尋ねることは下手なオヤジが尋ねるよりも、本人天然でどんなに自覚がなくても間違いなく立派なセクハラである。
「え?あ、そうなの・・・?」
「俺が教えてやるって、言ってるんだからおとなしく待て!ついでにいうとアヤも叔母も完全に寝た真夜中じゃないと教えられない。だから、真夜中になるまで待て。わかったな?」
「わ、わかった」
三谷亘くん。知らず知らずのうちに蜘蛛の糸にからまっていってます。
さて、真夜中。
食事や風呂の後も叔母はなんだかんだと亘を手元に置き、離さなかったが明日はそういえば何時もより速く出勤しなきゃいけなかったのだと言って、残念そうに美鶴の思惑より遥かに早く、自分の部屋へ退散してくれた。健康少女のアヤは風呂に入った途端、お休みモードでとっくにベットの中である。
美鶴と亘も美鶴の部屋に行き、寝る準備をすることにした。
亘が歯を磨きに行っている間に美鶴はベットの横に亘用の布団を引いた。そしてそっとベットに腰掛けながら考える。
今夜の事は正直、天から与えられた大チャンスと思えば思える。だがしかし、それではなんだかやっぱり火事場泥棒のようで気分的にいまいちな気がする。やっぱり今日は亘がショックを受けない程度の知識を伝えてやるだけにしておくか・・・
芦川美鶴は紳士である。少なくともこの時点では。
「美鶴、何考えこんでんの?」
いつの間にか、戻ってきていたらしい亘の声が俯いていた美鶴の頭の上から聞こえてきた。美鶴は顔を上げる。
そして目を大きく見開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・亘・・・それ」
「え?・・・あ、このパジャマ?いま、洗面所で叔母さんくれたんだ。なんか僕の為にわざわざ買ってくれたんだって。せっかくだから着てみた。叔母さん、すっごく喜んでケータイに撮ったりして・・・ちょっと恥ずかしかったけど・・」
そう言って俯きがちに亘は頬をほんの少し赤らめた。
なんだかんだ言ってもなんだかんだ言っても・・・さすが、我が叔母と認めざるを得ない。
普通買ってくるか!普通着せるか!そして普通似合うか?中一男子が!!
真っ白真っ白真っ白なシルクのパジャマ!!
なぜにこうもタイムリー。なぜに意図せずこうも花嫁仕様。美鶴は先程の紳士仕様は何処へやら。
いま現在頭の中は思いっきり、初夜に白襦袢を着て現れた花嫁を前に心の動揺を抑えるのに必死な若旦那仕様と化していた。
「えっと、じゃあ・・」
内心の動揺を抑えるのに必死になっている美鶴の前で亘はポフンと布団の上に足を正して正座して、いきなり三つ指を突いた。
「不束者ですがよろしくお願いします」
そしてそう言ってぺコンと頭を下げた。
ーーーーーーーーーーー!!!!!!芦川美鶴大撃沈!!音速の勢いで自分の理性が地球の反対側に飛んでいくのがわかりました。
何も言わずに顔に手を当て思いっきり固まってる美鶴に亘はあれ?と顔を上げる。
「あれ?違った?初夜にはこうするんだよって聞いたんだけど」
美鶴は大きく息を吸い込むとやっとのことで声を出した。
「・・・だれに?」
「カッちゃん。美鶴んちに泊まって初夜について教えてもらうんだって言ったら、これやれって」
いい度胸だ!小村!!あとでどうなるか覚えておけ。しかしとにもかくにも、いまの問題は目の前の花嫁ならぬ亘くんだ。
「あのな・・亘、そうじゃない。いや、間違いじゃないけど。まず、順番に整理していこう」
「美鶴・・声小さいな。よく聞こえないよ。僕もそっち座っていい?」
亘はそう言うと美鶴の至近距離に近づいてきて、ベットに腰掛けた。毛布を広げてお互いの膝にかける。
「うん?」
そう言って小首を傾けて微笑みながら、話の続きを促した。ああもう!いちいち理性をかき乱すのは止めてくれ!
「まずな・・結婚したら普通出来るものがあるだろ?」
「なにさ?」
美鶴はため息をつきながら答えた。
「子供だよ。結婚した二人に出来るものっていったら子供だろう」
「・・ああ!なんだ、出来るって赤ちゃんのことかぁ!」
亘は大きく頷いた。美鶴は続ける。
「その、赤ちゃんが出来るためには・・・する事があるだろ?」
亘はポカンと大きく目を見開いた。そして次の瞬間。ボッと顔を赤らめた。
「あ、あ・・そ、そうかぁ」
「わかったのか?」
「う、うん・・・」
亘はかすかに頷いた。そして蚊の鳴くような小さな声で呟いた。「・・・でしょ?」「え?」
「だから、キス・・でしょ?初夜に初めてキスすると赤ちゃん、出来るんだ・・・」
た、の、む、からーーーーー!!
バフン!!「わぁっ?!」
「キスで子供が出来るかっっ!!・・・亘、頼む!・・・これ以上煽るの止めてくれ。ほんとにほんとに知らないのか・・・?」
いきなり両手を掴まれてベットに押し倒された亘は何が何やらわからず目を真ん丸くしていた。
「え?え?な、なに?違うの?・・・知らないのかって何を?わ、わかんないよ!」
美鶴は理性の切れる音を聞いた。ついでに多少なりとも残っていた紳士モードも姿を消した。無知もここまで行くともう、立派に罪悪だ。どう考えたってここまで煽った亘が悪い。美鶴は目を細めると静かに言った。
「じゃあ、教えてやる・・・」
「・・・え?」
「きっちりかっちり教えてやる。初夜に何をするのか・・覚悟しろよ」
亘はパチパチと目を瞬かせた。美鶴が何をするつもりなのか皆目見当がつかない。なんだか様子がおかしいけど、はなから今夜は初夜に何をするのか教えてくれると言ったから美鶴の家に泊まりに来たんだから、逆らう気は毛頭ないし。
でも、キスじゃなかったらなんなんだろう。
大体キスだって男同士ですることじゃない訳だし。・・・だから、美鶴がそんなことを自分にする訳ない訳だ、と亘は根本的に本とに何もわかっていないのだ。自分の身が危ないとかいう発想さえもない訳だ。
だから、逆に素直にそのことを思い出した。そういえばカッちゃん言ってたな。
これも言ってみろよ。三つ指ついて挨拶するだけじゃなく。この呼び方もやってみろ。きっと面白い反応が見れるからって。
面白い反応ってなんだろうと思いつつ、初夜に相手を呼ぶ呼び方だから、美鶴に向かっていって見ろ。カッちゃんは笑いながらそう言った。
亘はそっと両手を伸ばし、いつの間にか自分のパジャマのボタンに手をかけていた美鶴の背中にまわす。
そして上目遣いに囁くように、そっと言った。自分を見つめる美鶴の瞳をじっと覗き込んでかすかな声で言ってみた。
「・・・旦那様?」
無垢なる花嫁の無垢なる一言にやられて、手を出すことの叶わなかった若旦那芦川美鶴はその後かなりの大撃沈をして、立ち直れなかったらしいと言う話を今回の影の最大の功労者、カッちゃんは後に亘くんから聞き及び、悪かったかなと思いつつ一人、含み笑いをしていたとの事。
幕引き。
PR