キャンプに行こう!
「美鶴ー!!」
とっさに手を伸ばして掴もうとした亘の手がむなしく宙を掴む。
3人で穴から顔を出して下を見ると美鶴はすぐ下に流れていた川に飲み込まれていった。
どうやらこの洞穴はぐるりとコの字型になっていて最終地点が川のちょっと上流だったようだ。
「川だ!多分下に流れてくる。もどるぞっ!」
宮原が駆け出す。亘たちも慌てて追いかけた。
「たいした高さじゃなかった。川の流れもそんなに速くない。芦川ならきっと泳いで岸に着いてる」だから大丈夫だよ。心配するなと顔を真っ青にしている亘の方を励ましながら宮原は走った。
果たして美鶴は亘たちがテントを張った少し先の川辺に流れ着いていた。
上半身を川から上げてうつ伏せになってぐったりしている。
「美鶴っ!」亘は駆け寄って美鶴を助け起そうとした。
「三谷!あんまりゆすっちやダメだ。頭を打ってるかもしれない」
宮原が近づいて美鶴をゆっくり仰向けにして、心臓に耳をあて心音を確かめた。
「大丈夫だよ。心臓は動いてる」亘が半泣きになりながらホッと息をつく。
「多分川の水飲んじゃったんだ。人工呼吸して息を吹き込んでやれば・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「亘。行け」カッちゃんがGOサインを出す。
「う、うん・・・って。え?え?ぼくっっっ?!」涙が溢れそうになっている目尻をこすりながら亘は素っ頓狂な声を出した。顔が見る見る真っ赤になる。
「お前以外誰がいるんだよ」
「まぁ・・・確かにな」納得しないで下さい。
「で、でもやり方よくわかんない!・・・」亘は真っ赤なまま頭をフルフルとふった。
「鼻つまんで口に息ふーって吹き込むんだよ」
「大丈夫だ。うまく出来なくたっていいんだよ」
「恥ずかしくなんかないぞ。みんないつか経験する事なんだから」
君達。すでに話が何の事だかわからなくなっている。
亘はチラッと美鶴を見る。まだ目を開けない。亘は覚悟を決めたらしい。
「わ、わかった」美鶴の体を下にしてそっと顎に手をかける。
亘の顔はまだ真っ赤だが美鶴の命がかかっているのだ。恥ずかしがってる場合じゃない。
亘は目をギュッと瞑り顔を近づけお互いの唇が触れそうになったまさにその時・・・
カプッ!「いてーっ!」
美鶴の叫び声が響いた。
亘がびっくりして目を開けると小さな沢ガニに思い切り耳をはさまれて飛び起きた美鶴がいた。
「美、美鶴!」「芦川!」3人で驚きの声をあげる。
「こいつ・・・せっかくいいとこで・・」美鶴はいまいましげに沢ガ二を耳から引き離すと川に放り込んだ。あの、今何か言いました?
「芦川・・・もしかして目、覚めてたんじゃないの・・」不信気に宮原が言うと美鶴はしれっと答えた。「さあ」
「美鶴っ!」亘がドンッと美鶴にしがみついた。反動で美鶴がふらつく。
「ひ、ひどいや・・心配した・・・心配したんだからな!」
我慢していた涙が溢れる。美鶴にしがみつきながら亘はポロポロと涙を流す。
「・・・・ごめん・・亘・・・ごめん・・・」そっと亘の涙を手でぬぐってやりながら申し訳なさそうに美鶴は亘を抱きしめかえした。
あのぅ・・・すいません。非常に目のやり場に困るのは気のせいですか?
「それにしたってあんな大きな岩が何でいきなり外れたんだろな?」
「たまたまだろう。きっともう地盤がゆるくなってたんだ」
「美鶴それより早く着替えなきゃ。ビショビショだ。風邪引くよ」
テントに向かう亘たちを見ながら宮原は密かに安堵の息をついていた。
逆でなくてよかった・・・
これが溺れたのが亘だったら美鶴は間違いなく、ためらうことなく人工呼吸をしていただろう。
・・・もしそうなってたらおそらく目のやり場に困るどころではなかったはずだ・・・
夕飯は結局ずぶ濡れになった美鶴を暖めなきゃと言う亘の言葉で、熱いカレースープと炊き立てのご飯をみんなで食べた。その後焚き火を囲んで花火をしたり、カッちやんが一人で歌ったり踊ったりして楽しく夜はふけていった。とんだアクシデントがあったけど何とか無事に一日が終わりそうだ。
宮原は一人ほっと息をつく。
「そろそろ寝るかぁ。明日は早起きして川で釣りしようゼ」あくびをしながらカッちやんが言ったのでみんなで寝る事になる。
「亘~。んじゃ、俺と一緒のテントで・・・って、イテテッ?」
「何?小村。俺と一緒のテントがいいって?わかった。実は俺もお前と人生についていろいろ語り合いたいと思ってたんだよ」カッちゃんの耳をつまんで強引に宮原はテントへと引っ張っていった。
最後の最後でこの安息を壊されてたまるものか。「おやすみ」宮原たちはテントの中に消えた。
「じゃあ。僕達ももう寝る?」おやすみと笑顔でかえしながら亘も言った。
「そうだな・・・」
亘たちもテントに入った。
「美鶴、起きて美鶴・・・」
肩をそっと揺り動かされてすっかり寝入っていた美鶴は驚いて目を開ける。「・・・どうした?」
「ちょっと来て」小声で言いながら亘は美鶴を外へと誘う。
何かあったのかと目をこすりながら亘の後についていった。
「ほら」亘が顔を上げ、指差す先には・・・
「・・・・・・」
満天の、満天の星。
天の神々がそれぞれ金を持っていたならばおそらく、それを全て空に撒いてしまったかのようなキラキラキラキラ溢れそうな星。
「なんだかふっと目が覚めて・・・外に出たら・・・星がすごくて・・びっくりしちゃって美鶴にも見せたくなっちゃったんだ」
テントから毛布を引っ張り出しその毛布に二人でくるまって座って星を見あげる。
「きれいだね」
「ああ」
漆黒の闇の中瞬く星。川の流れる音だけが響く。どこまでが地上でどこからが空なのかさえわからない。
まるでこの世界に二人っきりになったような気がした。
「あ!流れ星だ」亘が彼方を指差す。「早く願い事しなきゃ!えーとえーと・・ほら!美鶴も早く!」
「流れ星に3回願い事となえるなんて現実的には無理なんだよ。それに流れ星と思われてる物の大半は人工衛星が落っこちてるものなんだ」
「また、美鶴はそういう・・・・」亘はプッとふくれた。
美鶴は亘の肩を引き寄せた。「ごめん。悪かった」でもその目は笑っている。
クスクス亘も笑うと美鶴の肩に頭をもたせかけた。
「ねえ?美鶴」
「なに?」
「僕、今すごーく幸せだな・・」
「・・・・・・」
「楽しかったね。美鶴が川に落っこちたときは心臓止るかと思ったけど」
「・・・・うん」亘の言葉が美鶴の全てを温かく満たす。
「また来ようね」
「・・・そうだな」
「来年も再来年もそのまたずーと来年も。ずっとずっと一緒にキャンプに行こう」
「・・・・うん」
嬉しそうにそういって亘はそっと目をつぶる。そして静かに寝息をたて始めた。
その頭をそっと優しくなでながら美鶴も目をつぶる。これ以上ないくらいの幸福を感じながら。
いつまでも。いつまでも。ずーっと一緒にいよう・・・・また一緒に星を見よう・・・
「うおー!やりぃ!今日も最高の天気だゼ」次の朝。空は昨日以上に晴れ渡っていた。
朝飯を釣ってやるぜと言ってカッちゃんは、張り切って川に向かっていく。
「あ!待って。カッちゃん!僕もー」亘も釣り道具を持ってその後を追いかける。
「いいのか?・・・」二人の姿を見ながら残った美鶴に宮原が聞く。
「亘が楽しければいいさ」
宮原は微笑んだ。「意外と楽しかったな」「ああ」美鶴も答える。
でもそうだな。やっぱりこのメンバーでまたキャンプに行こうっていわれても考えちゃうけどな。それに・・・
多分芦川は今度は三谷と二人っきりで行きたいンだろうしな・・・
夕べ、二人きり幸せそうに星を見ていた姿を実は密かに見てしまった宮原は・・・そう思った。
キャンプに行こう。来年もそのまた来年も、ずっと、ずっとずっと・・・一緒にね・・・
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