「お主は仮にも幻界で勇者だったんじゃから、もちっとシャッキリせぃ」
「ラウ導師さま!」
杖をふりふり、長い顎鬚を揺らしながらこちらに向かってくるのは・・・間違いない。
幻界での亘の旅を最初に導いてくれた人物。ラウ導師その人だった。
「え?え?どうして・・・また扉が開いちゃったんですか?」
そうでなければ幻界の住人がここにいる訳がない。それともこれは夢なのだろうか?
「そんな訳なかろう。夢でもないぞ」
亘の考えている事をまるで見透かしているかのようにラウ導師は言った。
「お前に伝えなければならない事があったゆえ、特別に光の通路を通ってきたのじゃ」
「ぼくに?」
光の通路を使ってまでわざわざ・・・何を伝えに来たんだろう。
ああ、でもそうだ。僕も聞きたい事がある。ラウ導師様。僕も聞きたいことがあるんです!
周りの白い霧のようなものはどんどん濃くなるようだった。早口でラウ導師は言った。
「あまり時間はないのじゃ。話と言うのはの・・・」
「美鶴の事?美鶴の事じゃないんですか?」気が付けば言葉が出ていた。亘は自分でもびっくりする。
ラウ導師は目を見開く。「ほう。そなたずいぶん鋭くなったの。いかにもミツルのことじゃ」
「美鶴がどうしたの?なにかあったんですか?」
「ミツルは現世ではどうしておる?」
「どうしてって・・・」
亘は戸惑った。一体何を聞きたいんだろう。
「普通に・・・生活してるよ。僕と同じ学校に通って・・・妹のアヤちゃんも一緒に・・・」
「うむ、やはりな」
「どうしたんですか?」
「ワタル。お主はひとつ忘れてる事はないかの?」忘れてる事?どういう意味?幻界での出来事でって事?
「何がいいたいんですか?」
ラウ導師は杖を一振りするとフーッと長い息をついた。
「ミツルは・・・ハルネラの半身だということじゃ」
(あ・・・・・)
いきなり頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じた。
こんな大事な事をなぜ今まで忘れられていたのか、そのほうが驚きだ。そうだ。そうだった。美鶴はハルネラの半身に選ばれていたのだ。亘は頭をフルフルと振った。
「でもそれは・・・今の美鶴に関係あるの?・・・だって、まえの美鶴と今の美鶴は・・・違うんですよね?・・・だったら・・」
「今のミツルも前のミツルもなかろう。ミツルはミツルじゃ」
間違いを正すように。静かにラウ導師は続ける。
「もし何か変ったところがあるならばそれは例えて言うなら、もともとの一枚の絵に新たに何かが描き加えられた。ただそれだけの事に過ぎぬ。」
「・・・・・」
そうだ。アヤが側にいることになっただけで美鶴の過去は何も変わってはいなかった。
でも・・美鶴にとってはそのことが・・アヤが側にいるそのことこそが・・一番描き加えられなければならない大切な部分だったはずだ。
「そしてそれは時としてもともとの創造主の知らぬところで起きる場合もある」謎めいた口調で歌うようにラウ道師はつぶやいた。亘にはラウ導師が何を言いたいのか見当もつかない。
ただひとつだけ・・・ひとつだけ聞きたいことがある。
「僕は・・・美鶴と友達になりたいんです・・・」絞り出すような声だった。
「美鶴の側にいたい。もしまた美鶴に悲しい事やつらい事があるなら今度こそ美鶴に寄り添ってあげたい・・・それをわかってあげたいんだ」亘は叫んだ。
「幻界でのようなことはもういやだ!美鶴を一人にして・・・たった一人でいかせてしまうなんてそんなこともう、絶対嫌なんだ!」両手を握り締めて唇を噛みしめる。涙がこぼれそうだ。
オレハ、ヒトリデイイ・・・
美鶴、美鶴・・・そういったね。一人でいい・・・俺は一人でいい・・・
でもちがう。僕は嫌だ。美鶴を一人にしたくない・・・僕が美鶴と一緒にいたい・・・
一緒に・・・一緒にいたいんだ。
ラウ導師はじっと亘を見ていた。その瞳が探していた答えを見つけた、やはり答えはここにあったという光を宿していた。
「・・・・先ほどもいったように創造主の預かり知らぬところでおきてしまう事というものがある。半身であるはずのミツルがいないはずだった妹を連れて現世に存在しておる。なぜかのぉ?」
ラウ導師はこんどは亘に質問してきた。亘は顔を上げる。そんなの自分にわかる訳ない。
「それは・・・だから、女神様が・・・美鶴の願いを聞いて・・・そうしてくれたんじゃなかったんですか?・・だって」
「どうしてじゃ?女神様が願いをかなえるのは運命の塔の頂上にたどり着いたおぬしの願いだけのはずじゃ」
「それは・・・・でも・・」
「ワタル。わからぬか?おぬしの願いじゃ!おぬしの心から願った事を女神様はかなえてくれたんじゃよ。」
ーおぬしの願いー・・・・ラウ導師は力をこめた。
「幻界はそなたもわかっているように現世のひとびとの心が映しだされた世界。その内なる世界をそなたは旅した。そして願った。魔族から幻界を救ってほしいと。傷ついた全ての人々を救ってほしいと。そう、自分が愛した全ての人々をな。その人たちに希望を与えてほしいと。そう・・・願ったはずじゃ」
「・・・・・・」亘にはまだラウ導師が何を言いたいのか飲み込めないででいた。
ただ、ひとつの答えが得られるような気がしてその言葉を聞き漏らさないように必死になった。
ラウ導師は大きく息を吸い込んだ。そしてゆっくりと息を吐き出すと静かに言った。
「ワタル。・・・・おぬしが望んだからミツルはいま現世におるんじゃよ」
コロン。ラウ導師の言葉が亘のこころにまるで転がるように落ちてくる。
「そしてミツルの魂もまた・・・それを強く願っていた。半身の戒めを解くほどに・・・」
亘の目が見開く。体が震える。涙が溢れそうになる・・・
「もうわかったかの?おぬし達それぞれの願いが・・・お互いの魂が強く呼び合って・・・再び出会った・・・・女神様さえ預かり知らぬうちにな・・・」
亘の願いの奥底に・・・美鶴への想いがあった・・・それはとても小さな小さな結晶のようなものだったけれどその輝きは何よりも大きかった。女神様でさえ消せないほどに。
美鶴にも幸せになってほしかった・・・できることなら美鶴があれほどまで生き返らせたいと願ったアヤと共に・・・
亘はそう思ったのだ。たった一人で・・・あんなふうに消えてほしくなかった・・・
もし許されるなら、願う事が許されるなら・・・美鶴と現世に帰ってまた一緒に過ごしたかった。
そうだよ。今度は普通の友達として・・・・サッカーやったり、ゲームしたり・・・そう
・・・時々は喧嘩もするだろう。そして怒ったり・・・泣いたり・・・笑ったり。
普通の・・・普通の友達として・・・・誰かを傷つけるのではなく。また傷つけられるのでもなく。
だってぼく達まだ11歳だよ。本当は、本当は・・・まだまだそうやって過ごしていいはずなんだから・・・
呼び合った魂・・・重なり合った願い。偶然なんかじゃない。まるで空の星が森へ還るように必然の出来事。
亘と美鶴。ワタルとミツル・・・ミツルとワタル・・・
・・・・お互いの魂が呼び合って・・・二人はいま・・同じ場所にいるのだ・・・・
・・・出会えたたことは・・・間違いじゃ・・・ないんだ。
ふいに美鶴が自分を抱きしめた暖かさを思い出す。
亘は泣いていた・・・その暖かさを思い出して・・とうとう涙が溢れた。
「そなた達は幻界での旅は終えた。」厳かにラウ導師は言った。
「今度は心の内を旅しなくてはならない。旅人達よ」亘はその言葉にハッと顔を上げる。
「で、でも導師様。僕と違って美鶴は幻界のことは覚えてないんです」
ラウ導師はその言葉が聞こえていないかのように先を続けた。
「もとより、ミツルはハルネラの半身。そしてそれを変えることは出来ぬ。幻界でミツルが犯した多くの罪もまたしかり。」
亘はまたハッとする。そうだ・・・美鶴は幻界で多くの人を殺めてしまう罪を犯した・・・
「ミツルが幻界での出来事を忘れておるのはミツルの意思。」ラウ導師は杖をくるくる回しながら続ける。霧が更に濃くなったようだ。
「また思い出すのもミツルの意思じゃ」ラウ導師の姿がぼやけてきた。時間がなくなってきたようだ。
「まって!導師様。まだ聞きたいことがあるんだ!僕はどうすればいい?僕は美鶴にどうしてあげればいいの?」
ラウ導師にむかって亘は必死に手を伸ばす。
「先程も言ったぞ。ワタル。心の内を旅することじゃ。今度こそ二人でな」
「心の内を旅するって・・・・一体・・・」亘は戸惑う。
「その旅を無事成し遂げれればおのずと答えは出よう。半身であるミツルが今後どうなるかも。わしはただ、女神様から事の成り行きがどうなるかを見守るよう言われただけじゃ」
女神様から・・・・「美鶴は・・・美鶴は、半身に戻らなきゃいけないんですか?」亘は聞いた。
「その答えもおそらく旅の先に待っておる」
もう亘は泣いていなかった。心の旅というのが何なのか見当もつかなかったけれどすでに決心はついていた。
それは成し遂げなければいけないのだ。そうでなければ自分と美鶴は先には進めないのだ。
「いい顔つきになったの」ラウ導師は笑っていうと「さて、最後にちょっとサービスじゃ」
また杖をくるくる回すとポヤンと、小さな雲のようなものが現れその中に映像が浮かんだ。
「あ!」
キ・キーマ!ミーナだ!元気そうな二人の姿が映っている。笑っている。
「あ・・・・」キ・キーマの腕に亘がつけていたファイアドラゴンの赤い腕輪があった。胸が熱くなった。
「キ・キーマ・・・ミーナ・・・」
「そなたが現世で幸福ならば彼らもまたより幸福であろうの」ラウ導師の体が銀色の光に包まれ始めた。
「最後に教えてください!心の内を旅するってどうすればいいの?どこにいけばいいの?」
「お互いの心の内を見る事じゃ」
「お互いの・・・?」
それだけ言うとラウ導師は消えた。ザァッと大風が吹き、亘は思わず両手で顔おおい、目をつぶった。
目を開くとそこは三橋神社の境内の中だった。霧はどこにもなく、亘は一人でたっていた。
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