熱い・・・
熱い・・・
ここはどこだろう?
僕はどうなったんだっけ?ああそうだ。美鶴の家が火事になって・・・
アヤちゃんを助け出してから消防士さんにアヤちゃんをお願いして・・・
でも美鶴が戻ってこないから・・・
消防士さんに止められるのも聞かないで僕は美鶴のとこにまた行ったんだ・・・
そしたら美鶴と・・・黒いミツルがいたんだ・・・
・・・・黒いミツルが・・・泣いてたんだ・・・
悲しそうに・・つらそうに・・・泣いてたんだ。
だから僕は・・・
泣かないで・・・泣かないで。
側にいるから。一緒にいるから。だから・・・
・・・・泣かないで。
「ワタルッ!」
呼ばれて亘はハッと目が覚める。目に涙が溢れていた。ああ、僕泣いてたのか。
「どうしたんだい?家が恋しくなったかい?」
「え・・・?」
声をする方を振り返る。ぶっきらぼうだけれど優しい声。そして懐かしい声。それは・・・
「キ・キーマ!」
亘はその大きな体に思わず飛んでしがみつく。ザラザラとした肌触り。緑色の肌。でもとても暖かい。
ああ、キ・キーマ。キ・キーマだ!
会いたかった!会いたかった!会いたかった!・・・
「ワタル?どうしたんだ?怖い夢でも見たのかい?」抱きついてきた亘にきょとんとしながらキ・キーマは聞いた。
「キ・キーマこそ!どうしてここにいるの?元気だった?いつ現世に来たの?そうだ!ミーナは?ミーナは一緒じゃないの?」
矢継ぎ早に質問を繰り出しながら亘はあたりをきょろきょろと見回す。目の前に焚き火がたかれていた。
ふとその先を見ると小さなテントがあった。
「・・・・ワタル?」キ・キーマがおかしな顔をする。
「なぁに。わたしがどうかした?」
するとテントからミーナが現れた。亘は駆け寄った。「ミーナッ!」
抱きつかれたミーナは顔を真っ赤にしながらアワアワとしっぽを揺らす。
「ど、どうしたの?どしたの?ワタル」
いっぺんに二人に会えた事が嬉しくておもわず涙ぐみながらミーナを抱きしめているワタルを見てキ・キーマが呟いた。
「・・・疲れてヘンな夢見たんだなぁ・・・きっと。仕方ないさ。慣れない旅をずっとしてるんだから」
え?・・・・亘は弾かれたようにミーナからはなれて、そしてあらためて自分を見た。
・・・・勇者の姿をしている。これは・・・これは幻界を旅したときのあの姿だ。腰には勇者の剣もあった。
え?え?どういうこと?一体どういうこと?亘は突然呆けたような顔になってキ・キーマとミーナを交互に見てしまった。
それを見てミーナも心配そうな声を出す。「ワタル・・・大丈夫?怖い夢でも見た?」しかし亘にミーナの声は届いていない。
一体どういうことなのか。亘は現状を把握する事に精一杯だった。
亘は今度はあたりをゆっくりと見渡した。森の中だ。遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。中天に月があって森を優しく照らしていた。・・・・ここは・・・・ここは・・ヴィジョン・・・?
亘は頭をフルフルと振る。夢なのだろうか。ついさっきまで確かに燃え盛る美鶴のマンションの中にいたはずなのに。
「美鶴・・・」その名を口ずさんで亘は急速にさまざまな現実を思い出す。そうだ!美鶴は?美鶴はどうしたの?
「美鶴・・・ミツルは?・・・ミツルはどうしたの?!」亘は叫んでいた。今度はキ・キーマとミーナがきょとんとして二人で顔を見合わせる。「ミツルって・・・ワタルと同じ現世から来たもう一人の旅人のことね?」
「もうかなり先に行っちゃってるって言ってたよな。そうかそれが心配だったのか。大丈夫だ!必ず俺が追いつかせて見せるさ。絶対にワタルに先に運命の塔に行かせてやるからな。」
「そうよ!そうよ!大丈夫。ワタル心配しないで」
「・・・・・・」
「とりあえず、もうすぐリリスの都市につく。あそこは大都市だからきっと何か手がかりが得られるよ」
だから安心して眠りな。そう言って今度はワタルがテントに押し込まれた。毛布にもぐったのを確認してミーナがそっと入り口を閉めた。
・・・・なにがどうなってしまったんだろう・・・
考えれば考えるほど亘には訳がわからなくなってしまった。自分はまた幻界に来ている。しかもどうやら旅の途中だ。
これからリリスに行く・・・という事は依然亘が成し遂げたはずの旅を再び繰り返している・・・ってこと?そのときに戻ったって事?・・・?
なんで?どうして?こうなっちゃったの?
亘は三橋神社でラウ導師に言われた言葉を思い出す。
(そなた達は幻界での旅は終えた)
(今度は心の旅をしなくてはいけない)
あの時ラウ導師ははっきりとそう言った。心の旅というのがなんなのかわからなかったけれど、そう言われて亘は美鶴に向き合う決心をしたのだ。・・・・なのに・・・
(アヤちゃん・・・大丈夫だったかな・・マンションの火は消えたのかな)現世での出来事を振り返る。美鶴は確かにあの時自分をかばってくれていた。大丈夫だったのだろうか。
ほんの何時間前の事のはずなのになぜかやたら過去の事に感じた。意識が次第に睡魔に飲み込まれながら亘は思った。
(美鶴・・・美鶴、会いたい・・・)
一体美鶴はどうしているんだろう・・・どうなったんだろう。
この幻界に美鶴も来てるんだろうか。
ふと美鶴を抱きしめたぬくもりを思い出す。美鶴に逃げて欲しくなくて必死だった。
お互いのぬくもりを感じたのはあれで・・・二度だ。亘は両の手のひらをそっと握る。
今まで会えなかったどんな時よりも、美鶴に会えない事がつらく感じた。いま側にいられない事が・・・つらかった。
・・・・・キ・キーマとミーナに会えてあんなに嬉しかったはずなのに・・・
今は誰よりも・・誰よりも・・・・美鶴に会いたかった・・・・
翌朝目が覚めてもそこはやはり幻界だった。夢じゃないんだ。亘はそう納得せざるを得なかった。
でも、ならば仕方がない。とりあえず今は進むしかない。これもきっと何かの仕組みのひとつなんだ。
美鶴にもきっと会えるはずだと亘は自分を奮い立たせた。そうでなければ必要もないのにまた幻界に来れるはずがない筈だ。
大都市リリスにはいってすぐ亘はキ・キーマとミーナとはぐれてしまった。そしてダイモン司教に会った。まるで巻き戻しをかけるように自分の周りで起きる出来事に亘は違和感を感じ始めた。
そして少しずつ・・・・思い出し始めていた。
・・・そうだ。思い出してきた・・・そうだ・・・この後・・・この後だ。
美鶴が宝玉を得る為に森を焼いてたくさんの人を犠牲にしてしまうのは。
ダイモン司教に騙されて美鶴がいるというトリアンカの魔病院に連れて行かれるのは。
「こちらです」
ダイモン司教の部下である若い司教に案内されながら亘はだんだん事の成り行きが見えてきた。
これは・・・夢ではないが・・・現実でもない。そう、これはあのときの出来事をただリピートしているだけだ。
─実際にあの時にあった事では・・・ない。─
そうだ。誰かの思い出が誰かの記憶がいま、ここに繰り返されているだけだ。心の奥の奥に忘れたふりをして押し込めていた記憶が・・・・いま・・・現実の形をとって目の前に現れているだけなんだ。そしてこれがきっとラウ導師の言った心の旅というものだ。亘は漠然とだがそう、感じた。
そう、誰かの記憶。誰かの思い出。その誰かは一人しかいない。
これはおそらくその人物の心の・・・旅・・なんだ。そしてそれは同時に亘自身の心の旅でもあるはずだ。
なぜならそれは亘が共にいたいと望んでいる人物なのだから。
「そうなんだね」
誰に言うのでもないように亘は呟いた。ふいに回りの全ての物の形が崩れ始めた。
目の前にいた若い司教の姿がぼやけていく。何もかもが解けて流れるように亘の回りから消えていった。
・・・そうか・・こんな事ならもうちょっとキ・キーマやミーナとゆっくりしとけばよかったな。
本物とはちょっと違ったかもしれないけどせっかく会えたんだもんね。・・・・大好きな大好きな二人に・・・
・・・どうか幻界の二人が何時までも何時までも・・・幸せでいてくれますように・・・
大切な大切な僕の友達だから・・・・友達だから・・・
そう、でも・・・・
あたりはすっかり暗くなっていた。まるで明かりのさすことのない洞窟のように。
そこに亘は一人立っていた。けれど亘は動揺する事も恐怖する事もなかった。
ここがどこだか判っていたから。誰が作り出した場所なのか判っていたから。
「お前にはいつも誰かが側にいたんだな・・・」
暗闇の中からその声はゆっくりと聞こえてきた。亘は声のほうに肯いた。
「うん・・・・」
そう。僕にはいつも誰かがいてくれた。誰かが助けてくれた。昨夜のキ・キーマやミーナのように。
でも違ったね。君は違ったね。たった一人で見知らぬ世界に・・・いたんだよね。
誰と語ることもなく・・・誰かのぬくもりを感じて眠る事もなく・・・自分のために・・・泣いてくれるただ一人もなく・・・
「うん。・・・芦川・・」
亘は顔を上げる。そして呼びかける。目の前の闇が揺らめいて美鶴の姿がゆっくりと現れた。
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