やきもちティンカー・ベル
ティンカー・ベル ティンカー・ベル ティンカー・ベルは焼きもちやき。
大好きなピーター・パンが他の女の子にちょっと優しくするだけで、その子に思わず意地悪をしちゃうほど。
だって、それだけピーターが好き。
それだけピーターの傍にいたい。・・・・自分だけを見ていて欲しい。
「きゃぁっ!」
夏の間、時間的にも丁度いいし、交通費もかからないしと、高1になった亘と美鶴は自転車で高校へ通っていた。
その日も学校が終わって、帰ろうと自転車に飛び乗って、走り出そうとした瞬間だった。
どう考えてもいきなりというタイミングで、その女子生徒は美鶴の自転車の前に飛び出してきた。
美鶴の自転車のすぐ後ろで、自分も走り出そうとしていた亘は、突然の出来事に驚いた声を上げる。
「わっ?だ、大丈夫?」
「どこに目、付けてるんだ?気をつけろよ!」
目の前に倒れこんでる女子に一瞥もくれようとせず、つっけんどんにその場を去ろうとする美鶴に亘は今度は慌てた声を出した。
「何言ってるのさ?美鶴の自転車にぶつかったんじゃないか。怪我してたら大変だよ!」
そう言って、亘は自分の自転車から降りて、その女子の傍らに駆け寄った。
その女生徒の傍には友達と思われる少女も一人おり、倒れた少女を心配そうにしながらも、近寄って来る亘と後ろにいる美鶴を様子を伺うかのようにチラッと見ていた。
そして、当の少女は倒れたまま、申し訳なさそうな声で、オズオズと言った。
「ご、ごめんなさい・・・不注意で」
「まったくだな」
「美鶴!」
なおもその少女には目もくれようとせず、美鶴は冷たい声で言った。
亘は少女の方にそっと手をやると、支えながら立たせようとした。
「・・アッ・・イタッ!」
「どうしたの?足怪我したのかい」
亘は心配そうに声をかける。少女は亘には返事を返さず、あきらかに美鶴の方を見ると、弱々しくあるがハッキリした声で言った。
「捻挫しちゃったみたい・・・芦川くん、あの、保健室に連れてってくれませんか・・?」
「そこにいるお友達に連れてってもらえばいいだろ」
どうあっても、少女達の方を見ようとせず、かたくなな態度を変えようとしない美鶴に「お友達」と呼ばれた少女が、すかさず近寄ってくると叫ぶように言った。
「立てないみたいだもの、あたし一人で保健室連れてくの無理よ!・・芦川くんのせいで怪我したのよ!
それくらいしてくれたっていいんじゃない?」
「俺のせい?」
美鶴は腕を組みながら、ゆっくりとやっと少女達の方へ視線を向けた。これ以上ないくらいつめたい表情を浮かべながら。
「いきなり、俺の自転車の前に飛び出してきたのはそっちだろ?・・・言ってもいいなら、言ってやるけどいいのか?
悪いけどそっちの魂胆なんて大体わかってる。大方、俺とお近づきになりたいとか言う理由で、こんな子供地味たことやったんだろう?・・・違うか?その足だって本当に捻挫したかどうかなんて怪しいな」
美鶴のその言葉を聞いて、少女達は真っ赤になった。美鶴はそれ見たことかと、尚も少女達に追い討ちをかけようと口を開いた時。
「美鶴っ!!」
それまで事の成り行きをどうすればいいのかと、黙ってみていた亘が口をはさんだ。
美鶴の方をじっと見て、少し怒った顔で明らかにそれ以上は言いすぎだから止めろと、その目で訴えていた。
「美鶴・・・その子を保健室まで連れてってあげて」
有無を言わせない、強い口調で亘は言った。美鶴は目を瞬かせて抗議の態度をとろうとした。でも、亘は引かなかった。
「やさしくしてあげなよ!・・・可哀相じゃん!」
美鶴は亘のその言葉を聞くと、一度また大きく目を瞬かせた。けれど次にかすかなため息をつくと、亘にだけ聞こえるようにポツリと言った。
「・・・亘はそれでいいのか?」
「え?」
自分をみる寂しそうな美鶴の瞳を、亘は少し戸惑いながら見つめ返す。けれど美鶴はすぐに踵を返すと少女達の方へ歩み寄り、無言で怪我をしたほうの少女を抱きかかえた。
抱きかかえられた少女は戸惑いながらも、明らかに弾んだ声で言った。
「え、あの・・あ、芦川くん!こ、ここまでしてもらわなくても・・・」
「この方がサッサッと済む。放り出されたくないなら、黙ってろ」
そして美鶴は亘の方を振り返ると、そっけなく言った。
「先に帰ってろよ」
「え・・?待ってるよ?」
「いい。先に帰ってろ」
美鶴はそういうと、もう亘の方は振り返らず足早に少女を抱えたまま、校舎の中に消えていった。
小さくなる美鶴の後姿をみながら、亘は胸の奥がなんだかツキン、と痛いような感じがした。
ティンカー・ベル ティンカー・ベル
その目に映るのはピーターだけ。 その瞳に映したいのはピーターだけ。
次の日。美鶴が抱きかかえて例の少女を保健室に運んだ事は、学校中の噂になっていた。
女子達はきゃあきゃあと自分達の憶測をああでも無い、こうでもないと飛ばしあっていた。
やれ、どうやら芦川くんはあの彼女に気があるらしいだの、やれ、お互い一目ぼれしてこれから付き合うらしいだの話はものすごい勢いで、尾ひれがつき始めていた。
けれど、当の美鶴はというと飛び交う噂に反論するでもなく、只沈黙していた。
亘はそれをみながら、また胸がツキンと痛むのを感じていた。
あの場合、自分が美鶴に言った事は間違っていたとは思わないのだけれど、いざこんな風にその少女と美鶴の事があらぬ噂になると正直、なんだか面白くなかった。
皆何好き勝手なこと言ってるんだよ。・・・・真相も知らないで・・そう、叫びたい感じがした。
高校では二人はクラスが違った為、意外に接点を持つ時間が無かった。
その為、亘は美鶴がこの件をどう思ってるのか、中々問いただす事が出来きないまま、悶々と昼休みを迎えた。
「え・・?」
「芦川さ、なんか噂になってる女子とどっか行ったぜ。やるねアイツも意外に。普段は全然女に興味ありません!て、顔しててさ」
昼休み、美鶴の分のお弁当を持って、亘が美鶴のクラスを尋ねると美鶴の姿は無く、尋ねたクラスメイトにそう言われた。
「・・・・・・」
美鶴のお弁当は高校に入ってからは、アヤと亘が交代で作っていた。美鶴の叔母は料理があまり得意ではないため、こういった事は、はなからアヤに任せていたのだが、アヤだって毎日は大変でしょ、と半分亘が請け負う事になったのだ。
だから亘から昼に弁当をもらわない限り、美鶴は昼食抜きになる。
それも受け取らずに、例の彼女とどこかに行ったのか・・・
亘は今度は胸がズキンズキンと、続けざまに痛むのを感じた。
仕方なく、自分のクラスに戻ろうとふと窓の外を見ると、そこから見える中庭に美鶴の姿が見えた。
声をかけようと、亘が窓から身を乗り出すとすぐ傍に例の少女の姿も見えた。
(あ・・・)
少女は昨日、一緒にいたもう一人の少女と二人で頬を赤らめながら、なにやらお弁当の包みらしきものを美鶴に差し出していた。
亘のいるところからは美鶴の表情までは見えなかったけれど、美鶴が手を差し出してその包みを受け取ろうとしているのはわかった。
ズキンズキンズキン・・・!
亘は気がつくと、自分でもビックリするくらい足早にその場を走り出していた。
「亘?」
昼休みも、もう終わり近い時間になって、美鶴はやっと屋上で膝を抱えて座り込んでる亘を見つけた。
「何やってんだよ。こんなところで?教室にいないから随分探したんだぞ」
美鶴は亘の横に自分も座ると、顔を上げようとしない亘にいぶかしげに話し掛けた。
「なんで・・?」
膝から顔を上げようとせず、声だけ返して来る亘に美鶴は更にいぶかしげな顔をしながら返事を返した。
「なんでって・・・だって弁当・・」
「いらないじゃん!」
「え?」
「あの子から貰ったんだろ?」
美鶴は大きく目を見開いて驚いた顔をした。「・・・見てたのか?」
亘は膝から半分だけ顔を上げると、美鶴の方は向かずに言った。
「・・・何、話してたの?」
「何って・・たいした話なんかしてない。昨日はごめんなさい、ありがとうだとか、そのお礼の弁当だとか・・・
放課後、保健室の先生に昨日の怪我をもう一度見てもらうから、俺にも付き添ってくれないかとか・・向こうが勝手に色々しゃべってただけだ」
亘はその言葉を聞いて、膝から顔を全部上げると自分でも慌てるくらいの上ずった声で尋ねてしまった。
「付き添っていくの・・?美鶴、そんなにあの子の事・・・心配?もしかしてあの子と・・付き合うの?」
美鶴は亘のその言葉を聞いて、更に大きく目を見開くとポカンとした顔で亘をじっと見た。
そして次の瞬間、目を細めるととてつもなく嬉しそうな声でそっと囁いた。
「亘・・・ひょっとして、妬いてる?」
その単語に今度は亘が目を真ん丸くして、ポカンとしてしまった。けれど、次の瞬間には耳まで真っ赤になると慌てて立ち上がり、大声で叫んでいた。
「・・なっ・・なっ・・!バ、バカッ!そ、そんな事あるわけないだろっ!」
「違うのか?」
「ち、違う違う!・・違うよッ!そ、そんなんじゃない」
美鶴は自分も立ち上がると、面白そうに亘に視線を投げかけながら、挑戦的な声色で言った。
「・・さっきの話にはちょっと付け足しがある。正確には俺に向こうと付き合う気があるなら放課後、保健室で待ってるから来て欲しい・・・そういう話だった」
「え・・・」
亘はまるで、時間が止ったかのように棒立ちになってしまった。頭の中で「付き合う」という言葉が反響してさっきから、感じていた胸の痛みが加速度的に増してきた気がして、何も言えなくなってしまった。
そして、その場にいるのが一気に居たたまれなくなって、出口に向かって駆け出していた。
「亘っ!」
「知らないよ。美鶴の好きにすればいいっ!!」
溢れかけていた涙を振り切りながら、亘は走った。
ティンカー・ベル ティンカー・ベル
ピーターの目に自分だけを映したい。・・・・自分だけを見ていて欲しい。
だって、大好きで大好きで。 泣きたいくらい大好きだから。
放課後、亘は校門のすぐ横に立っていた。いつもならなんとなく待ち合わせて帰るはずの時間に、美鶴は現れなかった。
あの少女の待つ、保健室に行ったのだろうか。
自分には関係ない・・・だから、先に帰ろう。そう頭では思うのに何故か体が動いてくれない。
そもそも、何でこんなに胸が苦しくて、モヤモヤした気持ちになるのだろう。
(ひょっとして妬いてる?)
美鶴の言葉が頭の中でリフレインして、亘は真っ赤になって頭をブンブン振った。
そんな事ある訳ない。そんな事ありえない。だってだって・・・
──だって?・・・・だって僕らは・・僕らは・・
「スッゴイやきもち焼きなんだよ!」
不意に聞こえてきた声に亘はビクッとして顔を上げた。下校途中の少女達が連なって、なにやら携帯のストラップを見せながら賑やかに歩いてきた。
「それ、あれでしょ?ピータ・パンに出て来る妖精でしょ。かっわいいよね」
「でもさー!あそこまでやきもち焼きだとちょっと、こわくないー?」
「えー?いいじゃん!素直でさ。だってそんだけピーターが好きなんでしょ?誰にも盗られたくないんだよ。
だったら、あれくらい当然じゃない?大好きなんだから」
──大好きなんだから
魔法のようなその言葉が亘の耳に届いた途端。亘は校門とは反対の、校舎の方へ走っていた。
息を切らせながら、保健室の前につくと亘はそれでも中に入るのを少し躊躇ってしまった。
美鶴とその少女が二人きりで中にいるかもしれない・・・それとももう、とっくに二人で帰ってしまって誰もいないかもしれない。
亘は目を瞑ると意を決したように、ゆっくり保健室のドアを開けた。
そして恐る恐る目を開くと、そこには窓から外を眺めている美鶴一人の姿があった。
美鶴はこちらを振り返ると、驚いたような顔をして声を上げた。
「亘?」
他には誰もいない。例の少女も、保健室の先生も。
亘はカクンと肩の力が抜けて思わずへたり込みそうになった。
「どうしたんだよ?先に帰ったと思ってた・・・」
そう言いながら、まだ驚いた顔をしている美鶴に、亘は顔を俯けたまま、無言でツカツカと近づいた。
そして美鶴の目の前でピタッと止ると、いきなりガバッと抱きついた。
「わ、亘っ?!」
そしてそのまま、美鶴を抱きしめる形でグイグイと強引に足を進めて、保健室のベットの上にパフン!と倒れこんだ。
「ダメ・・・」
かすれた声で、それでも美鶴をギューッと、力強く抱きしめながら亘は言った。
「ダメ。美鶴は僕の。・・・僕の僕の。・・ぼくの、だから・・」
何事が起きたのかと亘の肩を掴み、目を見開いていた美鶴は亘のその言葉を聞いて、更に大きく目を見開いた。
「誰にもあげない・・・誰にも渡さない・・・美鶴は・・ぼくの」
そう言って、亘は顔を上げると心なしか潤んだ瞳で口をキュッと引き結びながら、美鶴を見下ろした。
大切な宝物を盗られそうになった子供が、必死にそれを盗られまいとするような顔で・・美鶴を見つめていた。
そしてそっと顔を近づけてきた。真っ赤になりながら、それでもその暖かい唇をそっと美鶴に落してきた。
目蓋の上に。額の上に。頬の上に。・・・そして唇の上に。何度も何度も。
・・・・最後に一粒の涙をコロンと零して。
「亘・・・」
これ以上ないくらい、嬉しそうに優しい優しい微笑を浮かべると、美鶴は両の手をそっと亘の背中に伸ばしてきて、亘に負けないくらいの力強さで抱きしめた。
「・・・俺は、亘以外の誰のものにもならないよ」
耳元で囁かれた美鶴のその言葉に、亘は手の甲で涙をぬぐいながら頭を振った。
「だって・・」
「本当だ。俺は亘以外の誰のものにもなりたくない。なる気もない」
「あの子は・・・」
美鶴は亘を抱きしめる手を少し緩めると、大げさなため息をつきながら言った。
「保健室に来る前に断ってるに決まってるだろ。向こうの言うとおりにこんな所で二人きりで会ったりしてみろ。
ていのいい既成事実を今度はでっち上げられるに決まってる。・・・最初っからそのつもりだったんだよ。アイツらは。
案の定、確認に保健室に来て見たけど、先生はとっくに帰っていなかったし」
「だってお弁当とか受け取ってたじゃないか・・・」
「そんな訳あるか。その場で突っ返したんだ」
「え?・・・そうだった、んだ・・?」
亘はさっきまでの切羽詰っていた感情が一気に緩むのを感じた。それでも最後に疑問に感じたことをどうしても聞かずにはいられなくて美鶴に問い掛けた。
「・・じゃあ、何でまだここにいたのさ?すぐ帰れば良かったじゃん・・待ってたのに・・」
美鶴は目を細めると、亘が思わずドキッとするくらい綺麗な微笑を浮かべてそっと言った。
「もしかしたら、亘が来るかと思って待ってた・・・」
「え・・?」
「亘・・やきもち妬いてくれたんだろ・・?」
美鶴のものすごく嬉しそうなその言葉を聞いた途端、亘は急速にいま自分が美鶴にした事に対して、恐ろしいくらいの羞恥心が湧き上がってきてしまい、真っ赤になってガバッと慌てて美鶴から体を起そうとした。
けれど美鶴はそれを許さずに逆に体を反転させると、今度は亘の上に覆い被さってそっと抱きしめながら囁いた。
「亘・・可愛い」
可愛くて可愛くてたまらない・・・といった感じで美鶴は亘をかき抱く。
一方亘はすっかり我に返ってしまい、現在のこの状況に大慌ての声をあげていた。
「み、みつる・・美鶴!ま、待って、待って!と、とりあえず帰ろう。ここ学校だよ!
こんなとこで・・こ、こんなとこ見られたらぁっ・・」
「別にいいだろ。見たいやつには見せとけ」
「バッ?!バババカッーー!!そんな訳いくかー!」
「俺は亘のものなんだろ?・・・そう言ったんだからちゃんと責任とって」
「せ、責任て何さ?!・・・や、ちょ・・わっ・・ダ、ダメーー!ダメだってばぁぁ!!」
可愛い可愛いティンカー・ベル やきもち焼きのティンカー・ベル
でも、きっとピーターだってそれはまんざらじゃないはず。
だってきっとピーターだってティンカー・ベルが大好き。
だから二人はお互いの傍にいる。
いつだっていつだって離れない・・・・いつだっていつだって・・・傍にいる。
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