初恋初夏海語り(ハツコイハツナツウミカタリ)~中篇~
「強制結婚?!」
亘と美鶴の部屋に飛び込んできた亘そっくりの少女は、ルウ伯父さんから聞いていたこのホテルのオーナーの娘、留美だった。
あの後てんやわんやの状態を宮原がなんとか冷静に収めて、亘も無事服を着替えてから、4人で部屋に飛び込んできた留美に一体何があったのかを聞いていた。
(かなりの不機嫌オーラーを発散している俯いている美鶴はとりあえず、端において置かれた。)
「そう~!うちのホテルに良く泊まりに来てるお得意様のお客さんの息子なんだけどね~。
私のこと気に入ったからお嫁さんに欲しいって言い出したのー。なんせお得意さまでしょ?うちの親もうまく返事できなくて先延ばしにしてたら、向こうで勝手に式の日取りやら決めて、話し進め始めちゃったのよ~」
留美がルームサービスでとったアイスコーヒーを飲みながら続けた。
「それで、親も面と向かって断れなくて困ってたから、もう自分でハッキリ言うしかないな~とおもってその相手に・・・あっ、今ここのホテルに泊まってるのよ。ソイツ~。
あなたと結婚する気なんかありませんよ~って、言いに行ったらいきなり襲って来るんだもん。ビックリして慌てて逃げて来たの~・・・」
「ウワ、女の子襲うなんて最低な奴だな!」
カッちゃんが憤った声を上げ、こぶしを振り上げた。
男が男を襲う場合はどうなんだろう──などと、ふと頭を掠めた疑問はともかく、宮原が留美に言った。
「ちゃんとご両親と相談してキチンと断った方がいいですよ。相手がそんな奴じゃ、何をしてくるかわかったもんじゃないですから。また何かあったら大変です」
「だから~、親じゃどうしようもないからこんなギリギリになって私が動くしかなかったんじゃない。
そう出来てれば、とっくにそうしてるよ~・・・うちの親だって私嫌がってるのわかってるし・・・それに・・・」
留美が俯いて、いままでのノホホンとした空気からほんの少しだけ悲しそう顔になってポツリと言った。
「私に恋人いるの知ってるもん・・・・」
亘達は顔を見合わせた。
特に亘は自分と同じ顔をしたこの少女が、好きな相手がいるというのに意に添わぬ相手と強制的に結婚させられそうになっている事に胸が痛んでしまった。
「留美さん・・・その無理やり結婚させられるのって何時?」
「もう、ギリギリって言ったでしょ~・・・明日なの・・」
「明日?!!」
それは既にギリギリとかいう、問題ではないんじゃないでしょうか。
悪いのは90%強制的に結婚を決めた相手ではあるだろうが、のこりの10%くらいはこのノホホンとした留美をはじめとする親子にもあったのではないだろうかと、宮原は思ってしまった。
──まあ、とにもかくにも。
「何とかしてあげれないかなぁ・・・宮原?」
「いや・・・それは・・気の毒とは思うけどこういう事は第三者がどうこう出来る事じゃ・・・」
「そう思ってくれる?ね?そう思ってくれる?亘くん?!」
俯いていた留美は顔を上げてキラキラしながら、いつの間にやら名前呼びで亘の手を取ると言った。
「ホンとに、留美がかわいそうだと思う?何とかしてあげようと思ってくれる?」
「え?え?ハ、ハイ・・・僕に出来る事があるんなら・・・だって留美さんどういう縁なのか僕と親族でもないのにこんなにソックリで・・・他人とは思えないし・・・」
「そうだよね!そうだよね!ソックリだもんね?留美もビックリしたの。まるで鏡見てるみたいだなって!」
そして立ち上がって胸の前で両手を組むと、ニコニコと嬉しそうに新しい着せ替え人形を買ってもらった小さな女の子のように、楽しそうな声で亘に向かって叫んだ。
「だから!私の代わりにお嫁さんのカッコして式に出ても絶対、皆気づかないよ~。ネ?亘くん私の代わりに花嫁になって式に出て?」
その言葉を聞いた途端、青ざめた亘と宮原とカッちゃんの後ろで、それまで何の反応も示さず、俯いて固まっていた美鶴の肩がピクリと揺れた。
「む、無理無理無理っっ!!そんなの絶対無理ですってばっっーーーーーー!!!」
「どうして~?!ウェディングドレスはシンプルでタイトな可愛いデザインだから、絶対亘くんにも似合うわよ~」
問題の問題点はそこじゃないですっっ!!
亘は泣きそうな顔をして首をブンブン横に振ると、叫んだ。
「いくらソックリッたって僕は男ですよ!?ウェディングドレス着て花嫁の格好なんか出来る訳無いでしょうっ?!」
「・・・でも、三谷・・・そういう格好やたら似合うんだよなぁ・・・」
「宮原っーー!!」
呟いてから思わず口を抑えた宮原に、亘が睨みながら叫んだ。
「ほら、ほら、ほらぁ!お友達もそう言ってるじゃない!絶対大丈夫!絶対ばれないよ。ね?わたしが逃げていなくなっちゃう間だけ。その後は正体ばらそうが、結婚式ぶち壊そうが好きにしていいから~」
可愛い顔をしていう事が過激な留美に宮原と亘はあきれて目を真ん丸くしていたが、実はこう言ったハプニング大好き、お祭り騒ぎなら任しとけ!のカッちゃんが口をはさんだ。
「つまり留美さんは恋人のところに逃げるってこと?」
「うん。そうする事に決めた~。東京に住んでるから私もそこに一緒に住む~!あんな奴と結婚するのなんて絶対いやだもん!」
「だったら、その場で式ぶち壊したりしたらあっという間に気づかれて、留美さん追いかけられてすぐ連れ戻されるゼ?
恋人の人のとこ行って更に違うとこ、逃げれるくらい時間稼ぐなら一晩くらいはごまかさないと」
「あ、そうか~・・・すごーい!頭良いね。・・・・じゃあ、どうすればいいのかな?」
頭良いね。と言われたカッちゃんはフフフンと鼻の頭をこすりながら、二ヤリと笑った。
「二重駆け落ち計画だ!」
カッちゃんの立てた計画はこうだった。
まず式場に入ってから、留美と亘が入れ替わって式を挙げる。留美はその間宮原が無事に逃がす。
そして、式を上げてる偽留美(花嫁亘)に恋人(美鶴)が現れて、式の最中に偽留美をさらって逃げる。
当然結婚相手は泡を食って追いかけて来て二人を探すだろう。
その間の約一晩、亘と美鶴は結婚相手に見つからないよう、どこかにかくれている。留美達はその一晩でとりあえずどこかに逃げて、姿をくらます事が可能だろう。そして更に次の日に亘は普通の男の子の格好に戻っていれば、もう相手にばれる事も無いだろう。
「でもそれだと芦川の顔がばれて、まずいんじゃないのか?」
「顔がばれないようごまかす方法なんていくらもある。そんなのは大丈夫だ」
自分が偽留美(つまりくどいようだが花嫁亘)の恋人役をするとわかって、いつのまにやら計画の輪に加わって真剣に話し合っている美鶴に宮原は脱力しながらも、オオイ!と、突っ込みたくなってしまった。
そして自分の意思を無視して、あれよあれよと進んでいく駆け落ち(?)計画に亘は顔を真っ青にしながら、最後の抵抗を試みる。
「ドレスなんて着たこと無いから、ちゃんとなんて歩けない!!ましてや走って逃げたりなんかできないよ!絶対無理!!絶対、つかまるってば。無理無理無理っーーー!!」
「俺が抱いて逃げるから問題ない」
「わぁ!素敵、美鶴くん!そうそうそうだよね!ヤッパリ花嫁さんはお姫様抱っこだよね!」
渾身の叫びを絶句の一言で切り捨てられ、亘は目尻に涙を浮かべ、宮原は深いため息をつき、カッちゃんは総監督としてこぶしを握り締めていた。
──かくして波乱の夜は明ける。
──曇天濁雲荒風水平線 二日目──
「きっやぁぁ~~!!亘くん可愛い可愛いーー!!」
花嫁の控え室で留美がこれ以上ないくらいのはしゃぎ様で叫んだ。
呼ばれて入って来た宮原も思わず感嘆の声を上げて見とれてしまった。
「うわ・・・はは。確かに。・・・今、この場に芦川いなくて良かったかも・・」
「・・・・宮原まで・・うううう~・・・」
真っ白いタイトなロングのウェディングドレスに身を包み、スイートピーをあしらったブーケを持って、顔を真っ赤にして俯いている花嫁亘がそこにいた。ドレスはどちらかと言うとシンプルなつくりで胸のところに真珠がちりばめられているくらいで、レースも最小限といった感じの飾り気のな物だったけれど、それが逆に着ている人物の清楚さを際立たせている感じで正直ものすごく亘に似合っていた。
もし、この場に美鶴がいたら式の最中どころか、今すぐ即効でこの可愛い花嫁をさらって行くことは間違いないであろう。
「オーイ、そろそろ時間だぜ?スタンバイOKかって・・・うおおおぅっ?!」
ドアをそっと開けて中を覗き込んだ総監督のカッちゃんも亘のそのあまりのハマリぶりに驚愕の声を上げる。
「どっひゃー・・・亘・・お前、もうそのまま嫁にいけよ。はまりすぎだ」
「カッちゃん!!誰の嫁になれっていうのさ?やめてよ!・・・・只でさえ死ぬほど恥ずかしいってのに・・・」
「え?美鶴くんのとこでしょ?違うの」
「ハイハイハイ!留美さん。ボケかましてる暇はありませんよ。急がないと!」
優秀な副監督である宮原が留美を促した。
留美は亘の方を向くと最後に小さな女の子がはにかむように、亘の手を握り締めながらそっと言った。
「ありがとう。亘くん。助けてくれて」
「留美さん・・・」
目を細めながら、そう言う留美に亘もその手をそっと握り返す。次に留美はイタズラッコのような微笑を浮かべてウィンクしながら楽しそうに言った。
「あのね。初夜のことなら心配ないよ~。私から美鶴くんに女の子はこうなんだから!ってことをちゃんと教えといてあげたから、きっと上手にやってくれるよ~」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?!?!?!
ちょっと待った!!ちょっと待ったぁぁーーー!!!それは一体何の話しですかぁぁぁっっ!!!
誰が女の子で初夜って何のことですかぁぁぁっっ?!
思い切り青ざめている亘を後にして、バイバイと手を振る留美とこの後の波乱万丈を予測して、深いため息をつく宮原は静かにドアの向こうに消えていった。
式は亘達の泊まっているホテルの横に立っていた小さな教会で行われた。
例の留美の結婚相手は留美より軽く十歳は年上と思われる、全体的に思い切りにやけた青年であった。
昨日、留美を襲った事を謝るどころか、終始にやけた態度でごまかす相手に、亘は全開の不快感を感じながらも、なんせ声を出してばれては元も子もないのでひたすら忍の一字で笑っていなければならなかった。
昨日の晴天から一転、曇り空の中で式は始まった。大勢の招待客の前で式は滞りなく順調に進む。
亘があまりしゃべらないのは、風邪を引いて声が出ないためと説明してあり、誓いの言葉も頷くだけでいい事にしてもらっていた。
カッちゃんの指示ではあまりはやくに美鶴が登場しても面白くないからと、(ドラマじゃないんだからそんな盛り上げなくていいんだよ!と内心亘は思ったが)かなり式の後半に美鶴が現れる事になっているようだ。
留美は今ごろ宮原が無事駅まで送り届けているはずである。
もう後少しで、この地獄のような時間から解放されるかと思うと亘は少しだけ息をついた。
でも、亘はそこでハタと気づく。
・・・・・こういう教会の結婚式って、確か誓いのキスとかってなかったっけ・・・?
「では、両名誓いのキスを」
そんな考えが頭をよぎって、すぐにそう言う神父の声が聞こえた。
・・・・・・・・・・・はい?はい?わぁぁぁぁぁーーーーーーー?!
ちょ、まっ・・・う、嘘ッ!嘘でしょーーーー!!!
亘は本当に涙を浮かべながら、思わず持っていたブーケでがっちりと顔をガードしてしまった。照れていると勘違いしたのか結婚相手は、不気味な微笑を浮かべてグググッと近づいて来る。
反射的にパンチを繰り出しそうになるのを何とか堪えながら、亘は心の中で運命の女神様に助けを求めてしまった。
──その時
バキィィッ!!
どう考えても今、この場で聞こえてくるにはふさわしくない擬音が耳に響いてきて、亘はとっさに瞑っていた目をおそるおそる開ける。
祭壇の彼方に吹っ飛んでいく、花婿の姿を目の端に見ながら亘は自分の体がいきなりふわりと浮かんだのを感じた。
「へ?はれ?」
「だ、誰ですか?キミは?!」
焦りながら叫ぶ神父さんの声が上から聞こえてくる。亘はようやく自分が誰かに抱きかかえられている事がわかった。そしてその誰かが一人しかいないことも・・・
「花嫁の恋人だ。花嫁を奪いに来た」
見あげるとグラサンで(と、いうよりほとんどゴーグルに近い)顔を隠して、夏だというのに黒いコートを羽織った美鶴がいた。恐らくこのセンスは半分くらいはカッちゃんの趣味なのだろうが、あまりのこの場とのミスマッチさに亘はポカンと口を開けて呆れてしまった。
「え・・・?」
ポカンとしていた為、亘は美鶴の顔が近づいてきている事に気づくのが遅れた。
ゴーグルが邪魔で美鶴がどんな表情をしているのか、わからなかったし『それ』はほんの軽く触れる程度のものだったけれど間違いなく、亘の唇に暖かい温度を落した。
亘は何が起きたのかわからなくて更にポカンと目を見開いた。美鶴が亘に向かって囁いた。
「誓いのキスだ」
何事が起きたのかと水を打ったように静まり返っていた式場内が一瞬後、女性招待客の張り裂けんばかりの黄色い悲鳴で満ち溢れて、あっという間に騒然となった。
美鶴は花婿が起き上がる前に、亘を抱えたまま疾風のように走り出して、教会を抜け出した。
そのあまりのスピードに亘は思わず美鶴の首に両手を回してしがみつく。
くしくも教会を抜け出してすぐに、空からはいきなりの大雨が降ってきた。
我に返った花婿や関係者が後を追いかけてきた時には、二人の姿はすでにどこにもなかった。
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