─Sweet frozen─
「暑い~・・・うわぁ・・帽子かぶって来るんだったぁ・・・」
昼下がりの日曜日。
その日はまだ6月だというのに、7月中旬並みの暑さでギラギラと照りつける容赦のない、太陽の光に亘は情けない声を出した。
「だから、来る前にそう言っただろ」
「だって・・・出かける時はそうでもないと思ったんだもん・・それに図書館の中は涼しかったし」
学校で出た課題の調べ物をするために二人は今日、隣の区の図書館まで足を伸ばしていた。
いつもなら自転車で移動するのだが、美鶴が今日はすごく暑くなるだろうから、出来るだけ涼しい移動が可能な方が良いと、バスで行くことを進めたのでそうした。
でなければ只でさえ、暑さに弱い亘は途中で何度も音を上げるだろうと思ったからだ。
美鶴の読みはドンピシャで亘は外を歩くたびに、「暑いよ~暑いよ~」を連呼していた。
「出来るだけ、日陰のあるとこを歩くようにしろよ」
通りの日陰のあるほうへ、亘を寄せながら自分は帽子を目深にかぶり、美鶴はそう言った。
「いいよ。美鶴だって暑いじゃん!」
「俺はちゃんと暑さ対策してるから平気だ」
「・・・なんか、僕が何も考えてないみたいな言い方だね・・」
「違うのか?だからヒーコラ言ってるんだろ?」
亘は美鶴のその言葉を聞くと、頬を膨らませてプイッと横を向いてしまった。
美鶴はそれを見ながら苦笑すると、自分のかぶっていた帽子を脱いで、ポンと亘にかぶせた。
「わっ?!」
「かぶってろ」
「いいってば!だから、美鶴が暑いじゃん!」
「俺は暑さに強いから平気だよ。いいからかぶってろ。亘にへばられる方が大変なんだから」
亘はさらに頬を膨らませたが、それ以上返す言葉が見つからないのか、少し赤くなりながら黙って美鶴の言うことを聞いた。
自分たちの家に戻るバスが出ているバス停まではまだ距離があり、まだ20分くらいは歩かなければならない。
亘の方を見ると、先程よりは足取りは軽いようだが、それでもやはりこの暑さにまだまだやられて、ぐったりしているのがわかった。
美鶴は歩きながら、ふとあることを思いつく。
美鶴自身は実を言うとこの図書館に来るのは初めてではなく、したがってバス亭までの道のりも何度も歩いている。
だから、その道のりにどんな店があるかということも、よく知っていた。
確かもう少し行った先に、そういえば・・・・
美鶴は顔を上げると亘の手を掴んだ。
暑さにハァハァ言っていた亘は、急に自分の手を掴んできた美鶴にビックリしながら顔を上げた。
美鶴が微笑みながら、楽しそうに言った。
「もうちょっと頑張れ。いいとこ連れてってやる」
「・・・へ?」
そう言って美鶴は亘の手を引っ張りながら、どんどん先を急いだ。亘は暑さに息を切らせながらも、どうしたんだろうと急ぐ美鶴の足取りに必死について行った。
「あ」
暑さに頭から湯気を出しそうになっていた亘は、美鶴がピタリと足を止めたその店先の看板をじっと見る。
そして手を繋いだまま、笑って自分を振り返る美鶴に嬉しそうに微笑み返した。
「少しここで休んでいこう」
「やったぁぁ!」
ばてていたくせに亘は飛び跳ねながら、喜んだ。美鶴は苦笑しながら、それでも亘の手を引いたまま、目の前の「甘味どころ」とかかれた暖簾をくぐって、店の中にはいった。飾られているたくさんのメニューの札を見て亘は感嘆の声をあげる。
「わぁー!すっごいなぁ。カキ氷だけでこんなにたくさん種類あるんだぁ。どれにしようかなぁ!」
「そういや前、偶然見たなんかのTV番組で、それが有名な店だとかなんとか言ってたな」
「へぇ、そうなんだ。なんだよ、じゃあもっと早く連れてきてくれれば良いのに」
「俺だって、初めて入るんだ」
「え?・・そうなの?」
店内の中は、時間的に込み合う時間ではなかったのか、丁度いい具合のお客の人数で数人の女性客がいるくらいだった。
(その女性客全員が、この可愛いワンペアに視線がクギ付けになっているようだったが)
亘は大喜びで窓際の方の席に腰掛けると、さっそくメニューを見て選び始める。
「決ーめた!イチゴミルクのアイス添え!」
「・・・相変わらず、えらく甘そうなの選ぶな」
「いいじゃん!せっかくだもん。美鶴は?」
「宇治金時」
「・・・・美鶴って本とに小学生・・?」
やがて運ばれてきたカキ氷に、亘は嬉しそうな声をあげた。
イチゴミルクはとても甘くて冷たくて、さっきまでの暑さを全部消し去ってくれる気がした。
ひと口、口に含むたびに頭がちょっとキン、とするのも今は心地よく感じた。
「美味しいー!美鶴も一口食べてみる?」
「いや、いい」
「どうしてさ?ホラ、食べてみなよ!美味しいよ」
そう言って亘はイチゴミルクをのせたスプーンを美鶴の口元に持って行く。
美鶴は困ったような顔をしていたが、あきらめたようにそのスプーンをパクッと口に含んだ。
(同時に店内のお姉さま方から小さな悲鳴が上がった)
「美味しいでしょ?」
「・・・まぁな」
「美鶴のもひと口ちょうだい!」、
すばやく美鶴の器からスプーンでひと口分、氷をすくうと亘はそれを口に含む。そしてなんとなく複雑な顔をした。
「・・・美味しく無くもないけど・・あんまり甘くないんだね・・」
「抹茶だからな。俺は本となら白雪でもいいくらいだから」
「白雪?なにそれ?どんなカキ氷?何かかってるの?」
「かかってない」
「へ?」
「プレーンカキ氷」
「・・・・・・・」
それはカキ氷というんでしょうか。どちらかというとカチ割りに近いんじゃ・・・
美鶴って本当に変わってるよなぁ、と思いながら亘は再び、自分のイチゴミルクを食べはじめる。
甘い。その甘さが口の中で弾ける気がした。
(あれ・・・?)
亘はふと顔を上げて美鶴を見た。美鶴はもくもくと自分のカキ氷を食べている。
そして、自分をじっと見ている亘の視線に気づいて顔を上げた。
「どうした?」
「あ・・・何でもない!」
亘は慌てて顔を伏せるとイチゴミルクをスプーンでシャクシャクやりながら、また上目遣いにチラッと美鶴をみた。
そしてまたひと口イチゴミルクを口に入れる。甘かった。
(そっか・・・そうなんだ。そうだったよね)
外ではまだ高い太陽の光が、辺りをこれでもかという暑さで照らしていた。
「ねぇ、美鶴」
「なに?」
カキ氷を食べ終わって、涼をとった二人はバス停までの道のりを、ゆっくりした足取りで歩いていた。
もう、だいぶ涼しくなったからいいよ!というのに、美鶴は自分の帽子を亘にかぶれと言ってきかなかった。
亘は仕方なく美鶴の帽子を目深にかぶりながら、足元の石をケンケンと蹴りながら言った。
「美鶴って甘いもの苦手だったよね」
「なんだよ。いきなり」
「もしかしなくても、さっきのカキ氷屋さん。無理して付き合ってくれたんじゃないの?
抹茶たってさ、それなりに甘いし・・・本とはこういう甘いもの自体、美鶴苦手なんだもんね。
・・・・無理してたんでしょ?」
足を止めて自分をじっと見つめる亘に、美鶴は小さなため息をつくとポツリと呟く。
「ちょっと・・・」
それを聞いて亘は少し寂しそうな顔をして、また足元の石をケン!と蹴って言った。
「無理すること無いのに・・」
「でも、亘は嬉しかったろ?」
「そうだけど、でも・・・」
亘はかぶっていた美鶴の帽子を脱ぐと、パフッ!と美鶴の頭にかぶせる。
そしてそのまま、至近距離で美鶴の瞳を覗き込みながら、叫ぶように言った。
「でも、美鶴の方ばっかり我慢するような、そんなのはやだよ!」
まだ間近にある亘の目を覗き込みながら、美鶴は目をパチクリとさせた。
「我慢?」
「だってそうだろ?・・・僕のこと、気使ってくれるのはうれしいけどさ・・・
その分、いっつも美鶴がなんか無理してる。なんか我慢してるじゃないか・・・」
美鶴は目を細めると、再び帽子を脱いで亘の頭にかぶせる。そしてきっぱりとした口調ではっきりと言った。
「俺は我慢も無理もしてない」
「うそだよ。だってさっき・・・」
「うそじゃない。亘が喜んでくれるなら。亘の嬉しそうな顔を見れるなら。
・・・俺にとってはどんな事も我慢や無理にはならないんだ」
傍から聞いたら、赤面しそうなセリフ・・・─というか、実際亘は真っ赤になったのだが─・・を美鶴はさらりと言ってのけた。
美鶴は微笑むと、亘にかぶせた帽子のつばをおさえ、それを少し引っ張って亘の顔を自分の方へ近づけた。
「そういうの亘は嫌・・・?」
これ以上ないくらい、美鶴の顔が近づいてきてその瞳に困った顔の亘が映っている。
亘はキュッと唇を噛んだ。
ズルイ。美鶴はズルイ。
そんな風に言われたら。そういう言い方されたら。出てくる答えなんて一つに決まってる。
「・・嫌、じゃ・・ない」
「ならいいだろ?」
もう何て返せばいいかわからなくて、それでも納得はやっぱり出来なくて、まだ少し怒ったような顔をしている亘の手を美鶴はそっと握った。
「笑ってくれればいい。亘が笑っててくれればいい。そうすれば俺も嬉しいんだから。
・・・それじゃ、ダメか?」
美鶴のその言葉を聞いて、亘はまた顔を少し赤らめながらも、心の中にフッと涼しい風を吹くのを感じた。
思わず肩から力が抜けたような感じになって、顔が綻んだ。そして握られた手を握り返しながら、コクンと頷いた。
「・・・・うん。でもさ」
「うん?」
「僕だって美鶴の嬉しい顔や喜ぶ顔、見たいんだ。僕だって同じ。僕だって美鶴に笑ってて欲しいよ。
だから・・・たまには僕にも美鶴のために我慢や無理をさせてね。えーと・・・多分、僕にとってもそれは我慢や無理にはならないから」
その亘の言い方に、美鶴は気づかれないよう少しだけ苦笑して、小さな声でわかったよと告げた。
「また二人であのお店行こうね」
「ああ」
もう、バス停はすぐそこ。
二人はギラギラの太陽の光を受けながら、暑いはずの道のりを。それでも惜しむように手を繋ぎながら。
・・・・・ゆっくり歩いていった。
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