初恋初夏海語り(ハツコイハツナツウミカタリ)~後編~
「み、美鶴!美鶴!!バ、バカバカバカーーーー!!!さ、さっきの・・・さっきのあれ、何するんだよーー!!あんなの計画にはなかったじゃないかぁっ!!」
亘は真っ赤な顔で半泣きになりながら、傍にあったクッションを思い切り美鶴に放り投げる。
美鶴はそ知らぬ顔でそのクッションをよけた。
二人が教会から抜け出してやってきたのは、何の事はない。教会のすぐ横にある自分達のホテルだ。
灯台下暗しではないが、まさか隣のホテルに二人が逃げこんでるとは思わないだろうという、これは宮原の発案だった。
元々ここの泊り客なのだから、花嫁の変装を解いてそ知らぬ顔をしていればもう誰にもばれる事もないだろうと考えたのだ。
「ううう・・・雨には打たれるし・・・なんだって今回、こんなにびしょ濡れにばっかりなるんだろ。まだ一度も海には入ってないのに・・もう!さんざんだぁ!もう早く着替える着替える!!・・・・」
亘は情けなさそうな声を出して、着替えようとドレスの背中の方にあるホックに手を伸ばす。でもいかんせん女物。上手く出来なくてジタバタしていた。
その時室内の電話が鳴った。美鶴がそれをとって応える。隣の部屋に待機しているカッちゃんだった。
「小村か?・・・大丈夫うまくいった。亘はここにいるよ。そっちもうまくいったか・・?そうか。
ああ、俺たち今日はこの後、部屋から出ないから」
受話器を置くと、美鶴はゴーグルとコートを脱ぎ捨てた。
そして不機嫌全開オーラを発散しながら、まだホックと格闘している亘に声をかける。
「亘。留美さんは無事行ったらしい」
亘は後ろを向いたまま、美鶴の言葉には返事を返さない。どうやらまだ美鶴のした事に腹を立てているようだ。
美鶴は後ろから亘の手を引っ張ると、強引に自分の方に引き寄せてそのまま背中から亘を抱きしめてベットに倒れこんだ。
亘が慌てた声を出す。
「わぁっ?!・・・バカッ!美鶴、またっ!・・・ベットが濡れちゃうってば!!」
なんせ今は美鶴だってびしょ濡れなのだ。亘は怒りのボルテージを上げて美鶴に抗議をしようと体を反転させて、美鶴に覆い被さった。
ドキンッ・・・・!
今までゴーグルをしていた為、見る事の出来なかった美鶴のきれいな琥珀の瞳がすぐ目の前にあった。
雨に濡れて濡れそぼった髪が額にかかって、元々白い美鶴の肌がなんだか透き通るようにもっと白く感じた。美鶴はまるで熱をおびたような雰囲気をたたえてじっと亘を見ている。
亘はなんだか見てはいけないものを見てしまったような気になって、いきなり胸がドキドキしてきて、慌てて美鶴の上から避けようとした。
けれど美鶴が何時の間にか、亘の腰のところで両手を組んで抑えていたので、それが出来ない。
美鶴が少し体を起こして、亘の耳元で囁いた。
「・・・・着替えるんじゃないのか?」
「・・・え、え?あ・・う、うん。でも・・」
「手伝ってやるから後ろ向けよ」
「え?」
「一人じゃ出来ないんだろ?」
亘は一瞬、間をおいた後コクンと頷くとおとなしく後ろを向いた。
正直あれ以上、美鶴に見つめられているのは居たたまれなかったのでホッと息をつく。
美鶴が手を伸ばしてきてゆっくり、ホックを下げていく。ホックを下げていく音しか響かない中、亘は目を見開いていた。
(・・・・え?)
さっき唇に感じたのと同じ暖かさの温度をうなじに感じた。
それは愛しそうに亘の肌をゆっくり滑っていくと、ホックが下げられ肌蹴られた肩の上で止まる。
亘はそこまで来て、ようやく美鶴が自分に何をしているのかに気づいた。
途端に体温が上がって、肌蹴はじめたドレスの前を抑えながら慌てて美鶴を振り返りながら叫んだ。
「やっ・・!バッ・・・み、美鶴何してんのっっ?!」
亘は真っ赤になりながら美鶴の手を振り解いて、ベットの端に逃げる。ドン!と背中が壁に当った。
美鶴は少しだけ、寂しそうな顔をするとゆっくり亘に近づいて亘の両端に手をついた。
「亘は俺の花嫁だろ?」
「は?な、何言って・・・」
「誓いのキス・・・」
「え?・・・」
「さっきしただろ・・・?」
教会の祭壇の前。不意打ちに唇に与えられた温度。亘はそれを思い出して、また顔を赤くした。
「あ、あれ・・・あれはっ・・・!」
何と言えばいいのかわからなくて、亘はしどろもどろになりながら思わず手をパタパタとさせる。
美鶴はそれを見ながら軽いため息をつくと今度は顔を抑えながら、困ったような声で呟いた。
「亘」
「え?」
「見えてる」
美鶴が見ないようそれでもさりげなく、指差す方を亘も見る。手を離してしまった為、はだけた肩から胸にかけて何かがチラリと見えていた。亘はバババッと胸を抑えた。
「ピンク・・・・」(※注 ウェディングドレスなので透けないよう淡いピンクと思われる)
「わーーーっ!!わーーーっ!!バ、バカバカバカァッ!見るな言うな!あっち向いてよーーーっ!!」
「・・・そんなものまで付けさせられたのか・・・?」
「だ、だって・・だって留美さんが胸全然、なかったらヘンだっていうからー・・・」
亘は半泣きが本泣きになってしまった。
もう、情けなくて何がなんだかわからない。皆で海に遊びに来たはずなのになんでこんな思いばかりしなければならないのだろうか。
ギュッと目を瞑って涙を堪えてると美鶴がそっとおでこにキスして来たのがわかった。
「・・・別に恥ずかしがる事無いだろ?すごく可愛いんだから」
拍子抜けするくらい優しくて静かな、その美鶴の言葉に亘は思わず肩の力が抜ける。そっと顔を上げると穏やかな微笑を浮かべている美鶴がいた。まだ顔を赤くしたまま、ドレスを抑えて亘はポツリと言った。
「・・・・嬉しく、ないよ・・」
「そうか?じゃあ、なんて誉めればいい?・・・すごく綺麗だ?」
「・・・だから、綺麗とか可愛いとか言われても嬉しくないんだってば!」
「贅沢だな」
二人は顔を見合わせると思わず、どちらからとも無く小さく笑い出した。
美鶴が笑うのをやめると、そっと亘の頬に手を伸ばして来て優しく撫でながら真剣な声で言った。
「でも、俺は誰よりも亘の花嫁姿が綺麗だと思ったよ」
亘は目を瞬いて美鶴を見返した。美鶴は静かに続ける。
「・・・・誰にも見せたくない。・・・・誰にも渡したくない。そう思った・・・」
美鶴の瞳がまたゆっくりと、自分に近づいてくるのが亘はわかったけれど、今度はもう動く事が出来なかった。全身にかかってくる美鶴の体温を感じながらも亘はもう、催眠術にかかったようにおとなしくなる。
「誓って・・・亘」
亘は前を抑えていた両手を解かれて美鶴の手の下に組み敷かれる。美鶴が吐息のかかる距離まで近づいて、聞いた事のないような真剣な声で告げた。
「・・・俺だけの花嫁だ」
美鶴が呪文のように耳元に囁いたその一言を聞きながら、亘は同時に窓の外から響く波の音を聞いていた。
濡れた肌が重なり合う感触とあいまって、まるで今、自分達が海の中にいるような錯覚を感じた。
「・・返事聞かせて?」
肌蹴た亘の肩にそっと顔を埋めながら、せつなそうに美鶴が亘の答えをねだる。
亘はそっと美鶴の耳元に顔を近づけると、頬を軽く染めながらためらいがちに戸惑いがちに、それでも言葉を紡ごうと口を開くかに思った。けれど・・・
・・・・チュッ・・
耳に響いたその音と、耳たぶに感じたその暖かさに美鶴は大きく目を見開いた。
亘の肩から顔を上げて、俯いて赤くなっている亘の顔を覗き込む。
「・・・やだよ。ずるいよ・・・」
亘は少しだけ目を潤ませながら、悔しそうに続ける。
「・・・だって、海に来てからまだ全然美鶴と思い出らしい、思い出作ってないのに・・・
ほとんど、美鶴との時間を過ごしてないのに・・・・全然一緒に遊んでないのに・・」
亘は唇を噛みながらほんの少しだけ美鶴にすまなさそうな瞳を向ける。でもそれでもやっぱりダメ、というように首を子供のように左右に振りながら、言った。
「そんな・・・そんな事・・言われたってさ。
・・だって、美鶴が好きなのは・・大好きなのは、ほんとだけど・・だけどっ・・・!」
潤んだ瞳からポロリと涙が零れて、真っ白いドレスの上に落ちた。
美鶴が望んでる事が。美鶴が求めてることがなにか。・・・・亘にだってもう、わかっている。
ずっとずっとずっと・・・おそらく出会った時から。
もう、美鶴が待って待って待ちつづけてる事を知っている・・・
だけど、まだそこまで亘は辿り着けない。・・・辿り着くのは怖い。
好き──だけじゃダメなんだろうか。
まだこのままでいてはダメなんだろうか。
このまま。
このままただ一緒にいられる事がうれしいだけじゃダメなの?・・・・
パタパタと白いドレスにシミを落としながら少しだけ震えている亘の頭を、美鶴は申し訳なさそうにそっと撫でた。
「ごめん・・・」
そしてふわりと両手を伸ばして、優しく亘を包み込む。濡れた髪にキスを落としながら小さく呟いた。
「ごめん。亘・・・」
亘はかすかに頷いてから、首を横に振った。そしておねだりするように美鶴の肩口をつかむと、まだ潤んでる瞳を片手でぬぐいながら上目遣いに言った。
「・・・・もっと、美鶴と遊びたいよ・・・」
美鶴は手の中にいる信じられないくらい、愛しい花嫁にすでにもう、自分の手の内は通じない事がわかる。最初からわかっている事ではあったけれど。
どうしたって、何したって美鶴の負けなのだ。
「・・・わかった。明日は一緒に海に行こう」
ため息と共にそう言った途端、花のような笑顔を浮かべる亘に、美鶴は喜びを感じながらもさて、今晩こんな可愛い花嫁を前に自分の理性はどこまで頑張ってくれるのだろうかと、正直多いに焦りを感じて心で涙する。
まだまだ幼い花嫁を前に美鶴の苦悩は続くのであった。
──好天青雲清風水平線 なんだかんだで最終日──
次の日。すっかり雨が上がり、その日は朝から青空が広がっていた。
花婿をはじめとする、結婚式の関係者達が留美達の居所を探して、てんやわんやの大騒動をあちこちで繰り広げていた。
亘は大きめの帽子をかぶって顔を隠しながら、こそこそとそのメンバーがいなくなるまで、ルウ伯父さんのところで身を潜めていた。
ルウ伯父さんはカキ氷を作りながら、感心したように呟く。
「あの留美ちゃんが駆け落ちとはなぁ・・・それにしても相手の男は誰だったんだろうなぁ?なんか相当のいい男だったらしいじゃないか?」
そんなセリフを聞きながらも表情一つ変えずにいる美鶴に宮原が興味深そうに言った。
「芦川。随分静かだよな?・・・・寝不足か?」
美鶴は宮原のそのセリフを聞きながら、明らかに寝不足の瞳で睨みつける。ようやく騒ぎが収まり、今日こそはと海に4人で繰り出しながら宮原が楽しそうに言った。
「まぁ、寝不足の原因が何かは聞かないでおいてやるよ。あ。三谷!」
はしゃぎながらカッちゃんと海に駆け出して行く亘に向かって、宮原が叫んだ。
「え?」
「海に入るんでも、そのTシャツはそのまま着たままの方がいいよ!その方が日にも焼けないし」
「ええ?そんなんじゃ、泳ぎづらいよ!」
「いや、その方がいい。少しは芦川の不満を解消してやれよ!モロ見えよりそっちの方が喜ぶんだから」
「はぁ?言ってる事がわからないよ?宮原・・・わぁっ?!」
訳がわからず目を丸くしていた亘にカッちゃんがまたもや思い切り、海の水をかけて来た。
キラキラと光る波間をバックにまたもやここに頭からずぶ濡れ亘が出来上がり。
しかも今度は足が生足と来たもんだ。
「カッちゃん・・・・またぁ~・・・」
「いいじゃん!どうせ海入るんだからよー・・・って!どわぁっっ!!」
思い切り後頭部にビーチボールをぶつけられて、カッちゃんがよろめいた。
「小村・・・わざとか?わざとやってるのかっっ?!」
「いってぇー・・・な、何だよ?芦川?どどうしたんだァァーー?!俺が何をしたぁっ?」
宮原は素早く美鶴の前から逃げていた為、矛先を全て向けられたカッちゃんの悲鳴が響き渡る。
この3日間で溜め込んだ(らしい)美鶴のフラストレーションの大きさはどうやら、半端ではないようで。
キラキラと光る太陽の下。
笑い声と叫び声が交互に響き渡っていた。
──その後。
亘のもとにある一通の葉書が届き、亘はその主が幸せそうに元気でやっているらしい事に喜んで、美鶴と宮原とカッちゃんにそれを嬉々として報告した。
ただ、その葉書に書いてあったある一言に亘が思い切り赤面して、その葉書を誰にも見られないように机の奥に仕舞いこんだ事は秘密。
『亘くん 初夜はどうだった~?強引は絶対ダメだよ!って美鶴くんに言っておいたから優しかったでしょ?笑 by留美』
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