美鶴の苦手
美鶴はいつだって完璧だ。
なんでもパーフェクトにこなしちゃう。困ったとこなんて見たことない。
くやしいな。苦手なものなんてないのかな。
よく晴れた気持ちのいい一日。
亘と美鶴は亘の家で学校から出た課題をしていた。
「ふぇ~」ため息と共に亘が伸びをする。
「出来たのか?」
「ん~、あとちょっと」
美鶴はとっくに課題を終えて、本を読んでいる。
「早くしないとゲームやる時間なくなるぞ。」
「だったら美鶴手伝ってよー」
「課題ってのは自分でやるもんです。」
亘はぶすっとした顔をすると再び課題に取り組み始めた。
ジュースを飲もうとコップを持ち上げると空になっていた。見れば美鶴のコップも空だ。
「ジュースとってくるよ」
「ん」
美鶴は本に夢中になってるようだ。相変わらず難しい本を読んでいる。
今日は日曜日なのだけれど亘の母は休日出勤で朝からいなかった。
亘は先日買ったゲームを美鶴とやろうと思って遊ぼうと誘いをかけたのだが課題をちゃんとやってから、と(美鶴に)いわれて今に至る。
(まったく・・・課題なんて後だっていいのに・・・遊ぶ時間なくなっちゃうよー)
なんでも完璧な芦川美鶴。
何時だって自分の先を行ってしまう美鶴。それがときどき少しさみしい。
せめて美鶴にも何か弱点でもあればなぁ。
唯一の美鶴の泣き所と言えば、まちがいなくアヤなのだが、アヤに関しては亘も
自分の妹のように可愛がっているのでそういった目ではまったく見れない。
なんとなくため息をついてジュースをのせたお盆を持って部屋に行こうとしたとき。
「!!¥◎%#X$%#~◎?~!!◎#Y¥%$¥#!!」(とにかくすごい叫び声だと思ってください)
本日の晴天を引き裂くようなものすごい叫び声が響いた。
「え?え?何?何?今の美鶴?」
ジュースをテーブルに置くと慌てて部屋に駆けつける。
「美鶴っ!どうしたの?」ドアを開けたとたん、思い切り美鶴が抱きついてきた。あまりの勢いに亘は支えきれなくてその場にしりもちをついたほどだ。
こんな美鶴ははじめて見る。亘はびっくりして「美鶴、美鶴どうしたの?なにあったの?」思わずオロオロ聞いてしまった。
「あ、あれ・・・あそこに・・・ヤツがいる・・」ヤツ?
見れば先ほどまで美鶴の読んでた本が放り出してあった。そしてその側にいるものは・・・・
(ヒェッ!)思わず亘も叫びそうになってしまった。
そこにいたのはまごう事なき永遠の人類の宿敵?
長い触角をうねらせ、ツヤツヤと黒光りする羽を
今にも羽ばたかせんとしている・・・しかも通常の倍はありそうな・・ゴキブリ・・・
「おれが本を読んでたら・・・」
震える口調で美鶴が言うには目の前を一瞬黒いものがよぎるので顔を上げてみれば、自分の読んでる本の上にヤツが現れ、
思い切り美鶴にウィンクしたそうだ。(いや、それはありえないんじゃ・・・)
「美鶴・・・ゴキブリ嫌いなんだ?・・・」
美鶴が亘に抱きついてる手に力をこめる。
「好きなやつがいるかっ?」
「あいつは人類が存在をはじめる3億年以上前の古生代石炭紀から絶滅もせず、生き続けてるんだぞ!
雑食で人家に出没して人類を悩ませてきたのは古代ギリシャ時代の記録にまで残ってるほどなんだ。
人類滅亡後はゴキブリが地球を支配する、とまで言われてるんだ。そんなヤツを好きなやつがいるか?」
(いや、今ここでそんな知識を披露されても・・・・てか、嫌いなくせに何でそんな詳しいの?)
と言う亘の心の声はとりあえずおいておいて。
「わかったよ。とにかく僕何とかあいつを外に出しちゃうから。美鶴、離れてくれる?」
そこで美鶴ははじめて亘に抱きついてることに気づいたらしい。あわてて離れた。
ゴキブリは今にも羽ばたきそうだ。飛ばれると厄介なのでそーッと近づき、ゴキブリの
のっかっている本を持ち上げた。窓は開け放してあったので後はそのまま、ゴキブリを放り出すだけだ。
と!その時!ゴキブリが思い切りきびすを返して部屋の方に戻ってこようとした。
「わぁっ!」亘は思わず持っていた本で思い切りゴキブリを叩きつけてしまった。
グシャッ!
・・・・・・・・
美鶴の読んでいた本は読書半ばでゴミステーション行きとなった・・・
「ごめん・・・美鶴・・」
さっきから亘の方を見ようともせずうなだれている美鶴に声をかけた。
「本で叩くつもりなかったんだ。ゴキブリがこっち来ちゃって、ついあわてて・・
ごめんよ。大事な本だった?」
「・・・違う。」「え?」
「・・・自分が情けないだけだ・・・」「は?」
「みっともなかったろ・・・俺・・」「・・・・・」ああ、それで。
「全然。ちょっとびっくりしたけど。」
「情けないと思わなかったのか?」「どうして?美鶴の言うようにゴキブリはみんないやだよ」
「だけど、あそこまで極端に・・・」
「いいじゃん!どっちかって言うと僕は嬉しかったよ。美鶴にも苦手なものあるんだなって」
「嬉しがるなよ」苦々しげに美鶴は言った。
「ごめん。でもいいんだよ。僕にはいいの。美鶴の弱いとこたまには見せてよ。
じゃないとずるいじゃん。美鶴ばっかり何時だって完璧なの。だってそれでも好きだから。
弱いとこ、情けないとこあったってやっぱり美鶴が大好きだからさ。」
亘は花のように微笑んだ。
その後美鶴が亘の課題を率先して手伝い、二人で日が暮れるまでゲームを楽しくやっていたのは言うまでもない。
あのね。美鶴。いいんだよ
完璧じゃなくたって、僕の前では。
弱いとこ、情けないとこ。たまには見せてね。
僕はその方が嬉しいからさ・・・・
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