変なやつだ。芦川美鶴はそう思った。
叔母の仕事の関係でこの町に越してきて、引越しや身辺の整理が終わって新しく通う学校に妹のアヤと挨拶にきた。一緒に行くという叔母に手続きはすんでいるし、ただ挨拶に行くだけだからと美鶴はアヤと二人だけで出かけた。
校長や教頭、担任になるという教師に挨拶を終えてー心配してくれているというより、好奇心剥き出しで自分たちの過去をききたがるかれらをー正直疎ましく感じたが。
美鶴はこれからこの町でただ平凡に平穏に暮らしていくことだけを望んでいたから、些細なことでも印象を悪くするようなことはしなかった。大切なことは叔母とアヤと自分の生活を守ることだ。
そのためには自分を何時も平静に保つことだ。
美鶴は自分が実は誰よりも激しい感情を持つ性質であることをしっている。うっかりするとその感情が溢れ出てしまいやすい事も・・・
だから自分に対して誰かが近づいてきても美鶴は何時も一線を引く。必要以上に相手と深い関係を持とうとはおもわない。
そのほうが安全だから。
自分にはアヤがいる。
周りの反対を押し切って引き取ってくれたまだ若い叔母がいる。
自分はなんとしてでもその存在を守らなければいけないのだから。
「友達になりたいんだ」
今目の前いる三谷亘という少年はその二人で学校に挨拶にきた時
アヤと玄関でぶつかった少年だ。
アヤとぶつかって顔を上げたとき、自分を見て何か不思議な表情をしたことは知っていた。
でもそれだけだ。美鶴は彼を知らなかったし、亘もごめんねと言ってすぐその場を去っていった。
だから美鶴にとってこの出来事は気にとめるほどのこともない、記憶に残しておくほどのことでもなかった。
一緒のクラスになったときも、ああ、あいつ5年だったのか。子供っぽいから下級生かと思った。くらいしか感じなかった。
中休みの終了チャイムが鳴ったため、何もいってくれない美鶴に諦め亘は仕方なく席に戻ろうとした。
「放課後・・・」「え?」
「放課後、図書室」
本に顔を落としたまま美鶴はボソッとつぶやいた。
え・・・・?それって・・・
「ほんとに?」
「いやならこなきゃいい」
「ううん!いく!いくよ」
「三谷!早く席に着かんか!」担任が教室に入ってきていた。
いつのまにかもうみな席について授業が始まる寸前だった。
クラスメイトの笑いが起きた。
「は、はい!」顔を真っ赤にしながらも亘は微笑んでいた。
放課後、掃除当番だった亘は少し遅れて図書室にむかった。
美鶴は窓際の一番後ろの席にかけて本を読んでいた。
亘はそっと近づいて声をかけた。
「芦川くん」
美鶴はゆっくり顔を上げると顎をしゃくって目の前の席に座るよう促す。亘は目の前の席に腰掛けた。
亘が座っても美鶴は相変わらず本を読んだまま顔を上げようとしない。どうすればいいのかわからず、亘はぼんやりと美鶴を見ていた。
相変わらず難しい本を読んでるんだな。美鶴はあんまり物語は読まないんだな。どっちかって言うと専門書とか伝記とか、そんなのが好きみたいだ。そういえばサッカーは好きだったみたいだけどテレビゲームとかはしないのかな。
「それで?」
とりとめないことを考えていたら美鶴が突然口を開いた。
「え?」亘は美鶴を見る。
「何で俺と友達になりたいんだ?」
「なんでって・・・」
困ってしまった。よく考えてみたら今の美鶴にとって亘は昨日あったばかりのただのクラスメイトなのだ。それなのにいきなりあんなに力強く友達になろう、なんていわれたら疑問に思っても不思議じゃない。
「えっと、その・・・僕は・・・」
適当な理由ならいくらでも挙げられる。君はかっこいいし、頭もいいって聞いたし、一緒に遊ぶと楽しそうだしさ、友達に慣れたらラッキーだもんとか。
そんな風にいえたらどんなに簡単だろう。事実幻界に行く前の亘なら友達になりたい理由なんてそんなものだったかもしれない。
でも違う。今はそういうことで美鶴と友達になりたいわけじゃないんだ。
「芦川くんを一人にしたくないから。」
言ってしまってからはっとした。美鶴が目を見開いて険しい顔をしている。
「どういう意味だよ」
明らかに怒っていた。亘はあせってしまった。「え、えっと。だからさ、引っ越してきたばっかで色々わかんないこともあるだろうし、心細いんじゃないかなって・・・・だから、その・・僕もそうだったから・・・一人ぼっちではじめての所とか不安で、でも助けてくれる人がいたらとても嬉しかったし、さみしくなかったから。ほら、早くみんなと仲良くなればおうちの人だって安心でしょ?」
話せば話すほどしどろもどろになってしまう。
ガタン。美鶴が席を立った。
「なるほどね。」美鶴は冷たい声で言った。
「三谷亘くんは僕に同情してくれてるわけだ。」
「え?ち、違うよ。そうじゃなくて、僕はただ・・・」
「何が違うんだ?一人にしたくないってつまりそういうことだろう。わけありそうな転校生がクラスの中に溶け込めなかったら見ててかわいそうだもんな。おおかた先生にあいつはわけありで家庭にもいろいろ問題があるからおまえ面倒見てやってくれとか言われたんだろう?違うか?」最後の方は叫んでいた。
静かなはずの図書室の突然の出来事にその場にいた生徒はみな固まっていた。
「芦川くん・・・」
「悪いけど俺はそんなものいらない。」
ゆっくり息をはきながら美鶴は言った。
「友達なんかいらない。同情なんか虫唾が走る。よく知りもしないくせにズケズケと近づいてくる。そんなやつが俺は大嫌いだ。」
かばんを背負うと読み掛けの本をそのままにして亘を見もせず美鶴は去っていった。
・・・・ポタン。
美鶴のおいていった本のそばに一滴の水滴が落ちた。
悲しいんじゃない。悔しいわけでもない。
(わかりたいんだ。)
(美鶴・・・・僕、今度こそ本当に君の事わかりたいんだ・・・)
いまの美鶴にはアヤがいた。だから単純に前の美鶴より幸せなんだと思ってた。
でもそうじゃない。今の美鶴には今の美鶴の悲しみや苦しみがあるのだ。だからこそ。
だからこそ。その苦しみや悲しみに今度は一緒に寄り添いたいんだ。
手の甲でグッと涙をぬぐうと亘はまっすぐ前を見た。
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