イライラした。
あいつはいったい何なんだ。図書室を出てから美鶴は苦りきった顔をしていた。
らしくない。読んでいた本を放り出して逃げるように感情をたたきつけたままその場を後にしてしまった。
何時もの自分ならもうちょっと冷静な対応が出来たはずだ。
そもそも三谷亘が声をかけてきた段階で相手にもせず軽くあしらうことが出来たはずなのだ。
いままでだって近づいてきたやつはたくさんいた。
そのたび美鶴は当り障りのない対応をしてやり過ごしてきた。
そうしているうちに相手はそれ以上深くかかわってこないようになる。それで良かった。
(友達になりたいんだ)
亘の目があまりに真剣だったから。気が付けば放課後会う約束をしてしまっていた。
失敗だった。こんなはずではなかったのに。
図書室にはほかにも数人の生徒がいた。
おそらく明日には何らかの噂が立ってしまうことを覚悟しなくてはならない。美鶴はため息をついた。平穏に無事に・・・それだけを願っているのに。
「お帰りなさい!」
マンションにつくとすぐにアヤが出てきて飛びついてきた。
「お帰り美鶴。学校どうだった?」
奥から美鶴の叔母も現れた。いいというのに転校初日は心配だからとアヤや美鶴の帰宅時間に合わせて仕事を早退して待っていたのだ。
「別にこれと言って・・・普通だったよ。」
「お友達できた?」アヤが言った。
「アヤ、今日通い始めたばかりだろ?そんなにすぐには出来ないよ」「えー?アヤはもういっぱいお友達できたよ?」
美鶴の顔がほころぶ。彼がこんな顔をするのはアヤにだけだ。
「そうか。良かったな。」「まったくアヤの方がよっぽど世渡りが上手ね。」
叔母がわざと大げさにため息をついた。
「あんたはあたしに似て美形なんだからそれをもっと利用しなさいよって、何時も言ってるでしょ。そんなムスッとした顔ばっかりしてないで少しは笑顔をサービスしなさいよ。女の子なんかコロッと参るから。」
「なんだよそれ。」
「まったく先が思いやられるわね。ちょっと!まさか一人の子にも挨拶もされなかったわけじゃないでしょうね?」
軽口でしゃべってはいるが叔母の目が真剣に美鶴を心配しているのがわかる。
「大丈夫だよ」美鶴は言った。
「ちゃんとみんなと会話もしたよ。もう少しすればもっとクラスにも溶け込めるさ」
叔母の目が少し和らぐ。
「友達になれそうな子・・・・いる?」
「・・・・」美鶴が考え込んだ。あら?めずらしい。美鶴がこんな表情するなんて。
「さあ。」
「一人変なやつがいたけど」
え?と聞き返した叔母にもう返事はせずに美鶴は自分の部屋にいってしまった。
次の日の朝。亘は小学校の校門の前にいた。
ここで美鶴を捕まえて謝ろうと思っていた。
今の美鶴の環境を良く知らないけれど、家庭に何らかの問題があるようだ、というのは亘にもわかった。
決してそんなつもりではなかったのだけどそのことで彼を怒らせてしまったのなら、謝らなければならない。
「あ」
通学路の向こうからアヤを連れた美鶴が見えた。
ドキドキドキ・・・・どうしよう緊張する。ちゃんと謝ったら美鶴は許してくれるだろうか。
「あ、アヤにぶつかったお兄ちゃんだ。」
亘を見てアヤは指差した。「あ、お、おはよう」
「おはよう!」元気よくアヤは返事を返す。
美鶴は亘をチラッと見るとゆっくりとアヤの手を引いて校門の中に入っていった。何もいわない。ああやっぱりまだ怒ってるんだ。
でもこれくらいでめげてちゃダメだ。
「芦・・・」亘は美鶴に声をかけようとした。
「よぉ!転校生っておまえか?」
美鶴とアヤの前に6年生の男子が3人壁を作っていた。
幻界前の事件以来、例の問題児の石岡たちはすっかりおとなしくなってしまっていたが、そうなれば世の常と言うものでたいてい次の問題児が現れる。今壁を作っている3人はその新たな問題児だ。
「おい!聞いてんだろ!何とか言えよ。」
アヤがおびえて美鶴のシャツの裾にしがみつく。
美鶴がゆっくりとその手を離すと優しい声で言った。
「アヤ、先に教室にいってな。」
「でも・・・」大きな瞳で心配そうに兄を見る。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんもすぐ行くから。」
アヤは心配そうにしながらも美鶴のいうことを聞き、先に行った。
「何か用ですか?」穏やかに美鶴は言った。
「何か用ですか?だってよ」ギャハハと3人は笑った。
「お前さーずいぶん目立ってるみたいじゃん。」
「そーそーなんかちょっとツラいいからってさー。学校中君の噂で持ちきり、みたいな。」
「そーゆーのって可愛くないよねー」
頭の中身丸出しの会話だな。美鶴は思った。
「用がないなら失礼します。」
3人の中でも特に大柄な6年が自分の肩で美鶴をおっつける。
「だからー面白くないっていってんの俺たち。」
ぐわっと美鶴の胸倉をつかむ。
「生意気な目ぇしやがってよー!」平手が飛んできた。
「やめろよっ!」
声と共に美鶴と6年の間に亘が滑り込んだ。
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