亘は長い旅から帰ってきた。
その胸の内に収めきれないほどのたくさんのものを抱えて。
「芦川です。よろしく。」
そっけない口調。特に何も見ていない視線。やっぱり美鶴だ。
亘が幻界から帰ってきて一月の後、芦川美鶴は転校生として亘のクラスに現れた。
幻界から帰ってきて女神の言うとおり、亘の周りは何も変わることはなかった。父は家を出て行き、母と二人だけの新しい生活が始まった。・・・・そして学校に行けばカッチヤンがいて、宮原がいて、今までのクラスメイトがいた。それが亘の望んだことだったから・・・・・でも芦川美鶴はいなかった。・・・・美鶴はいなかった・・。
「あ、あの昨日はごめんね・・」中休みの時間、本を読んで一人教室に残っている美鶴に亘は声をかけた。幸い美鶴を取り囲んでいたクラスの女子は飼育係の新しいウサギが来たんだってと言う一言でみなウサギ小屋にいってしまった。なんとなく今しかないような気がして亘は思い切って美鶴に声をかけたのだ。
美鶴が顔を上げる。亘を一目見ただけで、よみかけの本へまた視線を落としてボソッと答える。
「何が?」
「あ、えっと・・その、昨日玄関で君の妹にぶつかっちゃっただろ。」
「その場で謝ってくれただろ。」
「あ、うん。そうなんだけど・・・」
「別に気にしてない。ほかに何か用?」
「いや・・・」
「そう。」
言葉が続かない。
やっぱり覚えてないんだ。そう、昨日亘は幻界から帰ってきたこちらー現世ーで、はじめて美鶴に会ったのだ。その声を聞いたとき、その姿を見た時、亘は思わず美鶴に飛びついてしまいそうになった。
けれどそれは出来なかった。
美鶴の目を見て気づいたから。
・・・・ああ。美鶴は覚えていないんだ。僕のことも。旅人として幻界に行ったことも。
それに気づいてしまった。だけど・・・
「僕、亘っていうんだ。三谷亘。」
自分でもびっくりするほど透った声が出た。
「芦川くん!友達になろう。」
美鶴の顔がゆっくりこちらを向く。明らかに何言ってんだこいつ、という顔をしていた。でも亘は目をそらさなかった。
「友達になりたいんだ。」(もう、離れたくないから)
幻界に行って亘はたくさんのものをその胸に抱いて帰ってきた。
(もう、同じ過ちは繰り返したくないから)
希望、絶望、喜び、悲しみ、悪意、でもその全てを受け入れると決めた。そして新しい一歩を踏み出そうと決めた。
でも後悔もある。
どうして美鶴と共に旅をしなかったのか。
幻界の旅でもし、もし・・・美鶴と共にいてあげていれば・・・
共に笑ったり、泣いたり、相手の痛みを感じてあげていれば・・
・・・あそこで美鶴を失わなかったかもしれない。
今、ここにいる美鶴はかつてのあの美鶴ではないのかもしれない。
どういった女神の気まぐれか、または慈悲によるものか、美鶴は再び亘の目の前にいる。
新しい芦川美鶴の人生に三谷亘はいらないのかもしれない。
だけど、だけど・・・だったら出会わないよね。こんな風にまた会うはずないよね。
もう一度声に力をこめて亘は言った。
「友達になろう。芦川くん。友達になりたいんだ。」
同じ後悔はしたくない。もう失いたくない。
ミツル・・・僕はきみにいってないことがあるよ・・・
伝えてない言葉があるんだ。
美鶴はまっすぐ亘を見ていた。そこにはもう、あきれた表情はなかった。中休みの終わりを告げるチャイムがゆっくりと鳴り響いた。
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