叩かれる!とっさに亘は目をつぶった。
けれど覚悟した衝撃は頬に来なかった。
「いいかげんにしてくれよ」
亘が目を開けると美鶴が相手の腕をひねり上げていた。美鶴より頭ひとつは大柄であろうその相手が苦悶の表情を浮かべてる。残りの2人はあっけに取られていた。
「てっ、てめ・・・」
「俺に文句があるなら何時だって相手になってやる。ただしもうちょっと日本語を勉強して
から来いよ。あんたたちの言ってることわけわかんないよ。」
「なっ、なにぃ~」
相手の顔が真っ赤になった。美鶴の手を振り払おうとするがびくともしない。
亘は驚いた。こんなに細いのにどこにそんな力があるんだろう。
「おまえら!何してるんだ!」誰かが呼びにいったのだろう。男性教師がこちらに
向かってくるのが見えた。美鶴が相手の手を離す。
「チッ」舌打ちをすると3人は散っていった。「てめぇ・・・覚えてろよ!」「負け犬の常套句だな。」
どこまでも美鶴はひるまない。心底悔しそうな顔をすると3人は去っていった。
「どうしたんだ。大丈夫か?」向かってきた教師が言った。
「何でもありません。」美鶴は平然と言った。
「ちょっとぶつかって、注意しあってただけです。先生が気にするようなことは何もありません」
「そうなのか?三谷。みてたのか?」教師はそばにいた亘に声をかけた。
「え?あ、はいそうです!そうです!別になんかあったわけじゃありません!」
亘は力をこめていった。「ならいいが・・・」教師がチラッと美鶴を見る。
「芦川くん。わかってるだろうがここで問題は・・・」
「わかっています。」さえぎるように言うと美鶴は学校に向かった。
「あ、芦川くん!まって!」スタスタと足早に行く美鶴を亘は追いかけた。
「あ、あのありがとう。芦川くん、すごいや・・・」
ピタッ。いきなり美鶴が止ったので亘は背中にぶつかってしまった。
「お前、馬鹿か?」振り向きざま美鶴が言った。「え?」
「余計なことするな。俺にかかわるな。迷惑だ。」
怒ったように。いや、どちらかと言うと逃げるように美鶴は去っていった。
「何だよ!あいつ。感じわりぃな。」
「カッちゃん。」亘が振り向くと小村克美がいた。
「あ、ひょっとして先生呼んできてくれたの、カッちゃん?」小村はうなずいた。
「クラスのみんなが窓のぞいてなんか騒いでるからさー、見たら亘と芦川と
例の6年のやつらがなんかやってるじゃん!びっくりしてさー!」
「ありがとう。助かっちゃったよ」
「どうしたんだよ。芦川がどうかしたのか?」
「ううん。なんでもないよ」
「ほんとかー?でもなんかあいつ、あんまり感じよくないぜ。関わんないほうがいいぞ。」
「そんなことないよ!」亘は駆け出した。
「お、おい!亘?」
助けてくれた。また自分を助けてくれた。亘のためではなかったのかも知れない。
結果的にそうなっただけなのかもしれない。でも・・・・
(美鶴・・・)亘はそっと微笑んだ。
一方亘から逃げるように教室に向かいながら美鶴は苦々しい思いをかみ締めていた。
ダメだ。
三谷亘は危険だ。
あいつがそばにいるとダメだ。
美鶴の頭に警報がなる。
なんでだ?
ほうっておけない。
今だって亘が勝手に首を突っ込んできたのだ。ほっておけば良かった。
美鶴にとって見ればあんなやつらの相手はどうでも良かった。
自分が一発殴られてことが済むならその方がいいのだ。わざわざ大げさにする気なんかなかった。
でも亘が殴られると思った瞬間相手の手をひねり上げていた。
なぜ?
それに・・・
何かを思い出しそうになる。亘を見てると何かを思い出しそうになる。
胸の奥でとてつもなく悲しい気持ちと味わったことのない喜びが一変に押し寄せてくるような
そんな美鶴にとっては不可解でしかないはずの感情が湧いてくる。
危険だ。このままでは自分を保てなくなるような気がする。
美鶴は今後一切亘を見ないことに決めた。
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