おにいさんといっしょ!
「はい!これつけて!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
現在の場面説明。
亘が真中に可愛らしい鳥のイラストが入って、左右に何を入れるんだろうというくらい大きなポケットのついたエプロンを美鶴、宮原、カッちゃんにニッコリ微笑みながら手渡しているところ。
ここに至るまでの状況説明。
彼らは今、高校生。美鶴と亘以外は別の高校にそれぞれ通っている。
4人は高校にいっても部活動というものは、していなかった。それぞれが家庭の事情などで忙しいからだ。ただ、亘はたまに部活動をやっているクラスメイトに手伝いと称して、休みの日に駆り出されたりしていた。
普段、部活動が出来ない亘としてはその手伝いはまんざらでもないらしく、たまのその活動を楽しんでいるようであった。
で、ソレが何かと言うと。いわゆる「ボランティア部」というやつだった。
老人ホームを慰問したり、小さな子を集めて一緒に遊んであげたり。まあ、いろいろ。
その中でもよく、手伝いに行っている託児所はいつも人手が足りないのかてんてこ舞いしていた。
そしてとある日、事件は起きた。
通常は規定人数以外の子供は、職員の手の数の問題もあり、預かったりしないのが当然なのだがなんの間違いか見習の保育士が今度の土曜日だけ、倍の人数の子供を預かる予定を入れてしまったのである。
気づいた時は後の祭りで、働く親たちにやっぱり預かれませんでした。などと言える訳もなく、託児所の職員は途方にくれて亘達の高校のボランティア部に連絡を寄越したのである。
しかし、こういうときに限って部のメンバーはほとんどが予定があり、空いていなかった。
そこで、一計を案じたボランティア部の部長は亘に連絡を寄越した。
「何人くらい必要なの?」
「うーん・・・やっぱり最低でも4人くらいは・・・俺もその日はちょっと用事があっていけないもんだから」
「4人かぁ・・・うん、わかった。なんとかするよ!」
と、まぁ、そんな訳でその後の展開は皆様、ご想像の通り。
見事、亘に誘われて駆り出された美鶴、カッちゃん、宮原くん、4人の即席保育士の出来上がりとあいなりました。
「ったくよぉー・・・せっかくの休みになんだってガキの面倒見に駆り出されなきゃいけねーんだ?」
「・・・まぁな。俺にしてみれば場所が変わっただけでやってることは変わらないようなもんだけどな・・・」
ブツブツ言いながら、エプロンをつけるカッちゃんの横で苦笑いしながら、宮原が言った。
「いいじゃん!人助けなんだからさ!ホラホラ、美鶴も早くエプロンつけて!子供たち来ちゃうよ?」
おそらくこの場に一番相応しくないであろう、人物に亘が催促の声を掛ける。
美鶴はこの場に現れた時から、明らかに不機嫌全開のオーラを大発散しており、いくら美鶴とはいえそのあまりのダークパワーに宮原は戸惑いを隠せなかった。
テキパキと美鶴にエプロンを取り付けた後の亘の手を引っ張ってくると、小声で尋ねた。
「三谷・・・ちなみに芦川にはなんて言って誘って来たんだ?」
「え?まんまだよ。今度の休み、久しぶりに一緒に過ごそうよって・・・僕、お昼ご飯作るからって。
それで一緒に遊んだり、昼寝したりしようって・・・」
あの、そのことに──場所は託児所で、オプションに小さい子がワラワラついて来て、さらに俺らが一緒って事は入ってたんでしょうか?
「それに僕、新しいすッごく可愛いエプロン買ったんだって言ったら、美鶴、行く!って即答したから・・・・」
─────・・・・・・・・お前ら、どっちもどっちだーーーーーー!!!
せめて、この幼い天使がたくさんいるこの場に悪魔のごとき出来事が起きないようにと、宮原は聖母に祈った。
「わっ?てめっ・・・こら!やったな?!」
自己紹介や挨拶もそこそこに、次々やってきた子供たちは亘以外の初めて見るお兄さん保育士に、興味津々で群がって来た。
カッちゃんはその雰囲気と、勢いのよさであっという間に元気な男の子の戦いごっこの敵役にされ、ホールでどたばたを繰り広げていた。
宮原はその落ち着いた雰囲気と、温和な手際のよさで少し小さい子の絵本読み聞かせ係となり、子供の輪を作っていた。
亘は総じて全体の子の面倒を見ることになり、折り紙で相手をしたり、お母さんから離れて泣いてしまった子を膝に抱いて慰めたりしていた。
そして美鶴はというと・・・。
「オイ!お前、わたるせんせいの何だよ?」
「・・・・・」
最初、子供を預けにやってきたお母様方に一斉に取り囲まれ、嵐のようにきゃあきゃあと黄色い声を上げられていた美鶴はそれが去ったと思ったら、気がつけばどうみても敵意剥き出しの、一人の男の子に思い切り睨まれていた。
美鶴にとって、小さな子供で優しくすべきは自分の妹であるアヤ以外には存在しないので、思い切りその少年を睨み返し頬をつねりながら、ドスの聞いた声で返事を返した。
「人になんだよって聞く前に自分の名前くらい名乗ったらどうだ?しつけがなってないな」
「イテッ?イテテ!!ひゃめろー・・・!!なにふんだよぅっ!!
せんせいっ・・・わたるせんせいーーー!!!」
「え?・・・わっ?!ちょっ・・・何やってんのさっ?!美鶴っ?!」
泣きながら手足をバタバタさせて自分を呼ぶ男の子を、慌てて美鶴から引き離すと亘は怒ったように叫んだ。
「小さい子になんてことするのさ?!・・・・大丈夫?トオルくん?」
「うわぁぁん。わたるせんせーい・・・!!」
トオルと呼ばれた男の子は亘の胸に飛び込むと思い切り抱きついた。
美鶴の眉がピクリと上がる。
「・・・ソイツの態度が悪かったんだ」
「だからって、やっていい事と悪い事があるだろ?相手は子供なんだから!・・・よしよし、大丈夫。怖くないからね」
優しく頭を撫でながら、亘は少年を抱えると立ち上がる。そして美鶴にメッ!と言った感じで目線を投げると少年を抱えたまま、自分が面倒を見ていた子達の方に戻っていく。
涙を流し、抱えられながらも離れる時に、トオルが美鶴に向かって勝ち誇ったように二ヤリと笑ったのを美鶴は見逃さなかった。
そしてその瞬間、齢5歳の幼児と、それより遥かに大人であるはずの高校生男子の美鶴の間に雷のような火花が散ったのを、宮原は思い切り青ざめながら目撃してしまった。
「みんなー!お昼だよ」
亘の掛け声と共に、子供たちはきゃあきゃあ言いながら喜び勇んで、食卓テーブルに着いた。
「いやっほーい!飯だ!」
「わぁい!かわいい。ネコちゃんのオムライスだぁ!」
可愛い子猫の型をあしらったオムライスを前に、賑やかに食べ始める子供たちの横でさすがのカッちゃんもため息をつきながら肩をコキコキとしながらぼやく。
「・・・・ハァァァーーー・・疲れた。ったく・・・こいつら手加減なしだもんなぁ。
まだ後、半日相手しなきゃなんねーのか・・・ウ、眩暈がするゼ」
「まぁまぁ。この後は多分、昼寝タイムに入るから。そうしたら俺らも一息つけるよ。そうだろ?三谷」
「うん。ちょっと後片付けとかあるけど、大抵は子供たちと一緒に休むから。カッちゃんも一緒に寝ていいよ」
「本とかーー?・・・助かるぜ・・・」
「カッちゃん、ノンストップで動かされてるもんね。・・・・あっ!」
笑いながら宮原達としゃべっていた亘が、ふと違う方に視線を向けると怒ったお母さんのような声を出していった。
「こら!トオルくん、美鶴!何、人参だけよけてるんだよ?好き嫌いはダメだろ!」
ふと見ると亘に名指しで呼ばれた二人の皿の上には、細かく調理してあるというのに見事なまでに綺麗に皿の端によけられた人参が同じようにあった。
美鶴もトオルも思わずお互いの顔を見合わせる。
「だってぇ・・・」
「だってじゃないよ。人参は栄養あるんだからちゃんと食べなきゃダメだよって、いっつも言ってるだろ?少しでも食べやすいようにと思って、こんなに小さく切ったのまでしっかり避けちゃうんだもんなぁ・・・やっぱり、トオルくんと美鶴ってそっくりだ。こんなヘンなとこまで同じなんだから」
「そっくり・・・?」
「こんなヤツとなんか、ソックリなんかじゃないもん!!」
トオルはそう叫ぶと、避けていた人参をパクッと次々口に入れた。
顔をしかめながらもそれを全部、飲み込むとカラになった皿を亘に差し出して言った。
「ハイ!!全部食べたよ!ね?わたるせんせい。がんばったからお昼寝は僕と一緒にして?!」
「え、あ・・う、うん。わかった。頑張ったね。偉いよ」
「俺も全部食べた」
微笑みながらトオルの頭を撫でていた亘の目の前に、美鶴がカラになった皿を差し出す。
そしてトオルを睨みながら、キッパリと言った。
「昼寝は俺も一緒だ」
締め切ったカーテンの隙間から差し込む午後の柔らかな日差しの中で、子供たちはあっという間に寝息を立てはじめた。
カッちゃんは寝相の悪い子達に蹴飛ばされながらも、よほど疲れたのか深い寝息を立てながら熟睡している。宮原は小さな女の子に毛布を掛けてやりながら、片手で頬杖をつきながらも自分も舟をこぎ始めていた。
「・・・やっぱり、慣れない事させたから二人とも疲れたんだね・・・」
小さな声で亘が言った。
最初、どっちが亘の横で寝るかの壮絶な睨み合いが、美鶴とトオルの間で巻き起こったのだが「僕が真中に寝るから!!」と、言う亘の言葉で二人は渋々納得し、亘をはさんで左右に美鶴とトオルは陣を取る事となった。それでも初めは亘にしがみついて、美鶴に睨みを利かせていたトオルもさすがに疲れてしまったのかそのうち寝息を立て始めた。
亘は笑いながら、その頭をそっと撫でてやると苦笑しながら美鶴の方を見て呟いた。
「・・・全く。コマッタちゃんなんだからな。本当に美鶴とソックリだよ」
「・・・・どこがソックリなんだよ」
「え?ソックリじゃん!生意気な口の聞き方も。ぶっきらぼうな態度も。相手するのが僕じゃなきゃダメー!!って我がまま言って困らせるとこも、全部。だから僕良く話してたんだ。お兄ちゃんにはトオルくんそっくりのお友達がいるよって美鶴の事。いっつも面白くなさそうに聞いてたけどね」
「・・・・・・・・・」
だから、初対面だったのにトオルには美鶴のことがすぐにわかって突っかかって来たわけか。
それにしても5歳児とそっくりといわれる自分てなんなんだ・・・。美鶴は軽くため息をついた。
「・・・そして、本当は寂しがりやで甘えん坊なとこもさ・・・ソックリだよ」
「・・・コイツはなんだって、そんなに亘にひっつくんだ?」
亘は少し寂しそうに目を伏せると、更に優しくトオルの頭を撫でながら言った。
「・・・何かね。死んじゃったトオルくんのママにね。・・・僕が似てるんだって、・・・さ」
美鶴は目を細めるとそっと手をのばして、亘がトオルにしているように亘の頭を撫でた。
亘は微笑むと、柔らかな声で美鶴にそっと囁いた。
「ごめん・・・美鶴も疲れたろ?慣れない事させちゃったもんね・・・」
「・・・まぁ、いいさ」
「え・・と、あの、明日は・・明日はさ・・・」
まだ、頭にある美鶴の手に亘もそっと手をやりながら、俯いて少しだけ頬を赤らめると恥ずかしそうにポツリと呟いた。
「何でも・・・美鶴の言う事、聞いてあげるから・・・ね?」
ね?と、同時に潤んだ瞳で上目遣いに見つめられて。
ついでに言うと今の亘はエプロン三倍効果で(おおい!!)より可愛さが増してるうえ、コロンと美鶴の横に無防備に寝転がっている状態。
周りの状況も目に入らず、プチン!と美鶴は軽く自分の理性が切れる音を聞いてしまった。
「え・・わっ?美鶴・・?!」
頭を撫でていた手が、いつのまにか後頭部に回され、グイと息がかかるほど間近に美鶴に顔を近づけられた。亘は真っ赤になりながら、小さいけれども慌てた断固とした声を上げる。
「バ、バカッ!!・・・ここどこだと思ってるんだよ・・」
「・・・皆、寝てる。誰も見てない・・・」
「やっ・・ダメ、みつ・・」
ズボォッッ!!!ガンンッッ!!
もう、あと5ミリで唇が触れ合っていたであろうその時。
ものすごい勢いで美鶴と亘の間にトオルが飛び込んできた。──飛び込みざまに思い切り美鶴にひじ鉄を食らわせながら。
「わっ?!ト、トオルくん?!起きてたの?」
「・・・わたるせんせいにヘンな事すんなっっ!!!」
「───こ、の・・ガキ・・・・」
いくら5歳の子供とはいえ、みぞおちにモロにひじ鉄を食らった美鶴はさすがにうずくまる。
トオルの家庭環境を聞いて、多少なりともわき始めていた親近感と同情心はどこへやら。
美鶴はトオルの襟を掴みあげると、暗黒オーラを大発散させながら幼児に対するとは思えない迫力でまくしたてた。
「いいかげんにしろっ!!いいか?良く聞け!ここにいるこの三谷亘はな!
お前の先生でもなければ、ママでもない。お前のものじゃないんだよ!!
───俺のものだっ!俺の亘なんだよ!!」
「ウソつくなーー!違うもん!お前のものなんかじゃないもん!!
だってだって、約束したもん。わたるせんせい、約束してくれたもん!お嫁さんになるって。
僕のお嫁さんになるって約束してくれたもん!!」
トオルの叫びが託児所中に響き渡り、一瞬で全体の空気を凍りつかせた。
騒ぎの大きさに途中から目を覚まし、何事が起きたのかと目を見張っていた宮原とカッちゃんは5歳児と高校生男子が本気で亘を巡って修羅場を繰り広げているところを、目の当たりにして眩暈を起こしていた。
「亘・・・」
「や、あの・・だ、だって小さい子のいうことだしっ・・・。その半分冗談ていうかさ。だ、だってあり得ない事だし。でも、頭ごなしに断るの可哀相だし。あの・・・え、え、えと・・」
しどろもどろになりながら、両手をパタパタとやって言い訳を繰り出す亘に、トオルはキッとした顔で近づくといきなりエプロンの裾を引っ張った。
「わっ?!」
そのはずみで亘はカクンと膝が曲がる。
小さなトオルとほとんど同じ目線に亘の顔が近づいたと思ったら、トオルはすかさずギュッと亘の首にしがみついた。
そして・・・
「あ」
この、事の成り行きをどうすればいいんだと固唾を飲んでいた宮原とカッちゃんは、こんどは大きく目を見開いた。そして瞬間で氷結した芦川美鶴を間近で見ることとなった。なぜなら。
ちゅ・・・!
絶対零度で固められたのではという感じで氷結して動けなくなっている美鶴に、トオルは勝ち誇ったような笑顔を向けると言った。
「きすしたら、こいびとどうしなんでしょ?お嫁さんにしていいんでしょ?そうなんでしょ?
だから、わたるせんせいはもう僕のお嫁さんだよ」
顔を真っ赤にして慌て始めた亘の後ろで明らかにゴゴゴ・・・という、擬音を発して髪を逆立てはじめた美鶴を、宮原とカッちゃんが大慌てで押さえつける。
「わーーーーーっっ!!芦川っ!落ち着け!!相手は子供だっ!!子供のした事だーーーっ!!本気になって犯罪者になるような真似は止めろぉぉぉ!!!!」
その後、託児所内はどこの戦場だという大騒動になり、子供の相手をするより遥かにタチの悪い魔物を相手にしたかのような多大な疲労感を感じた、宮原とカッちゃんはしばらく再起不能になっていたらしい。
そして更にそれからしばらくの間。
とある託児所ではものすごく若くて美形の保育士と、5歳の男の子がもう一人のかわいい保育士をめぐって熾烈な戦いを繰り広げているという、噂が一部地域の保護者の間で囁かれる事となった。
その噂の保育士を、一目見ようとその託児所はしばらく大繁盛のてんてこ舞いだったそうである。
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